サントラを全編制作するのは初めてだったからこそ、自分の手の内だけでどれだけできるのか試してみた
2023年5月から配信されているNetflixオリジナル・シリーズのアニメ『ヤキトリ』(英題:『Yakitori: Soldiers of Misfortune』)。本作は“東洋のテクノ・ゴッド”ことKEN ISHIIが初めて全編劇伴を担当したことでも話題を呼んでいる。本稿では、その劇伴制作について、ざっくばらんに語っていただいたインタビューをお届けしよう。
About『ヤキトリ』
原作は『幼女戦記』のカルロ・ゼンによる完全新作のミリタリーSFノベル。巨大星間国家“商連”に支配/隷属されている未来の地球で暮らす青年、伊保津 明。閉鎖的な社会と反りが合わず反抗的な日々を過ごしていたある日、商連の“調理師”パプキンにスカウトされ、惑星軌道歩兵部隊“ヤキトリ”に志願する。さまざまな国から集まったはみ出し者たちと共に、明は自らの定められた運命に立ち向かっていく。
クラシックのカバーで自分の色をどう出すか
——『ヤキトリ』の劇伴を手掛けることになった経緯を教えてください。
ISHII アニメの制作会社の方と監督の安保(英樹)さん、あと僕とマネージャーが全員札幌出身なんです。で、あるとき札幌国際短編映画祭の方経由でオファーをいただき、“全員札幌でなんかいいね”というところからスタートしました。監督は僕の作品をいろいろ聴いていてくれていたみたいで。
——監督もテクノ好きな方だったんですね。
ISHII そうなんです。それで2020年の頭くらいに初めてミーティングをして、人生初のZoom会議だったんですけど。イタリアのレーベルRibbon Recordingsから出した「Landslide」という曲を監督が覚えていてくれて、“ああいう感じのものが頭にあるんだ”と。
——劇伴には、モーツァルトのカバー「Rage Fist」「Play That Little Night Music」が含まれていますよね。
ISHII はい。基本的にはテクノしかできないよ、というのは最初から伝えていて、監督も“もちろん、それでお願いします”ということでした。ただ“モーツァルトの曲をISHIIのカバーで使ってみたい”という要望はがっつりあって、難しいなと思いながらも挑戦したんです。クラシックのカバーで自分の色をどうやったら出せるのか、結構課題でしたね。
——いずれもクラシックとテクノの良さが共存した、かっこいいカバーだと思いました!
ISHII だとしたら良かったです(笑)。実は幾つかバージョン違いを作ったんですよ、アシッド風味のものとか。クラシックとアシッドの組み合わせは面白いかなと思ったんですけど、最終的には現在のバージョンが採用されることになりました。
——カバーは、どのように制作を進めたのですか?
ISHII 正直クラシックの耳コピは難しいので、パブリック・ドメインとなっているMIDIファイルを探しまして。そこからちょっと拝借しつつ、あとは自分の音を加えたり、それぞれのノートに対して音色を決めて、レイヤーしていくみたいな感じで進めていきました。
——今回のカバーのために、何か新しく導入したツールはありましたか?
ISHII 足りなければ買い足そうかと思っていたんですけど、大丈夫でした。SPECTRASONICS Omnisphereでほとんどの音を制作しています。今回サントラを作る上で、あらためて底力を感じました。ストリングス感がしっかりあるものをいろいろ探した中で良かったのが、AVID Pro Tools付属のXpand!2。久々に聴いたらいいのがたくさんあって、今回は結構使いました。そこにKAZROG True Ironとかのサチュレーター系プラグインを都度、挿したりしています。
——音をレイヤーする上でどのようなEQ処理を?
ISHII ダンス・ミュージックやテクノの要素が入っているので、EQに関しては今のテクノの方法論に寄せました。“この音はこの辺の帯域”みたいにして、ストリングスとかも主要な帯域以外を結構ばっさりとカットした上でレイヤーしています。
——EQはどのようなプラグインを?
ISHII 結構使ってるのがACON DIGITAL Equalize 2。かなり細かく設定できるので。あとはダイナミックEQのWAVES F6-RTA(F6 Floating Band Dynamic EQのスペクトラム・アナライザー付属モード)とかですね。
曲のオーダーに素早く応えるためツアー先でも制作
——メインで使っている音源は、例えば目下最新のオリジナル・アルバム『Möbius Strip』のときから、何か変化はありましたか?
ISHII 変わっていないんです。サントラを全編制作するのが初めてなので、そこでさらにツールを増やしていくと、収拾がつかなくなるかなと。まずは自分の手の内でどれだけできるのか試してみたら、普段から使っているものがベストだったという感じです。
——サントラの曲作りは、コンピューターの内部で完結させたのでしょうか?
ISHII はい。その都度、曲へのリクエストがくるので、ツアー先で作ることも多かったんですけど、トラック数の多い曲で作業していたとき、前のマシンが全然動かなくなっちゃって。その頃M1チップ搭載のAPPLE MacBook Proが出はじめて、みんながパワフルだと言うので試しに買ってみたら実際にすごいパワーで、結局その中で全部作ってしまったんです。
——サントラの壮大なサウンドが、旅先でも作られていたとは驚きです。
ISHII 旅先ではミックス・バランスの確認とかはできないので、基本的な部分は勘でやるしかないんですけど。持ち帰ったものを大きい音で鳴らしてチェックしました。
——現在使用されているオーディオ・インターフェースは?
ISHII MOTU M4です。小さいものなんですけど、旅先でも使えるようにと思って。当初すごい人気で日本では全然手に入らなかったので、アメリカから輸入して買いました。
——モニター機器は、何を使ったのでしょう?
ISHII 以前から気に入っているPHONON SMB-02を使っています。
テクノらしいテクノも入れたかった
——最初に会議をして、初めて映像と音楽を合わせるまでに、どのくらいの期間をかけたのでしょう?
ISHII 2年半ぐらいですね。与えられたテーマに向けて少しずつやっていきました。監督からのオーダーは感覚的なものではなく具体的で、例えば“BPMをもうちょっと下げてみてもらえますか”とか。あとは監督自らエディットしてくれたり。作業する上でとてもやりやすかったです。
——重要なシーンに使う楽曲から制作していったのですか?
ISHII そうですね。特に戦闘シーンがメインで、それにクラシックのカバーとエンディング曲、あとは感傷的なシーンで流れるものとか。戦闘シーンはシンセの音が立っているものや、よりビートに重きを置いたものだったり、幾つかのバリエーションを作りました。あとは、せっかくなので本当にテクノらしいテクノも入れたいなと思って、ほかの映画だったら絶対使われないようなものも渡したところ、それも使っていただけました。「Onslaught」はその内の1曲です。
——フロア向けトラックさながらのブレイクダウンも随所に聴かれます。音作りのポイントを教えていただけますか?
ISHII ブレイク部分の展開とかはフィルターを活用して作ってますね。例えばベースとキックをまとめてローカットするか、どっちかだけ生かすかなど、どうグルーブをキープするかの目的によって変えてます。
クラブでもしっかりと鳴るようにミックス
——オープニング・テーマでもある「Yakitori」はどのように作っていったのでしょう?
ISHII やっぱり、インダストリアルな感じが必要だろうと思って、まず最初にそこを作りました。あとは、監督の頭にあった「Landslide」という曲を思い浮かべることもありました。その曲はDJ向けの曲でメロディとかがないので、“この曲の感じに視聴者の頭に残るフレーズを自然な形で足すとしたら……”といろいろ試してできたのがあの形です。メインで鳴ってるようなリフとか、シンセの音はARTURIA Pigmentsで作りました。
——「Yakitori」は迫力ある低音も印象的でした。
ISHII やっぱりその辺はここ10年ぐらい、DJ用の曲を作り続けてきて培ったものですね。クラブとか、いろいろな場所のサウンド・システムが良くなって、再生能力がすごく高まってるので、一番下から体が躍る部分のアタックまで含めて、いろんな周波数がしっかり、全体的にがっつり出てるということがテクノでは結構重要だったりします。ミキシングとかをこの10年間ぐらい結構こだわってやってきた部分が、「Yakitori」に関してはモロに出ている感じです。だから仮にあの曲がクラブでかかっても、しっかりと迫力ある音でちゃんと鳴るようなミキシングにしてますね。
——キックやベースの周波数帯域で大事なポイントは?
ISHII 僕の場合、キックだと一番出てるのは大体50Hzくらいで。サブベースとかはキックとかぶっている部分もあるんですけど、100Hzから200Hzぐらいの間を一番出すようにすると聴こえやすいんですよね。ただ“ブオン”って聴こえるだけじゃなくて、フレーズの輪郭も聴こえるというか。もっと下だと、大きく鳴らしたときだけブーって聴こえるだけなんだけど、グルーブを作る上では100Hz台がある程度立っていた方が出やすいんです。あと、サブベースの200Hzより上を全部カットして、別の音色のベースを重ねるような手法も用いました。
海外のフォーラムでTipsをチェック
——1話の冒頭でかかる「Onslaught」も印象的でした。
ISHII あれは最初の方に作ったものです。いわゆるシンセ的な音はほとんどOmnisphereかPigmentsで作っているのですが、この曲ではARTURIA V CollectionのDX7Vも使ってます。ガシャンガシャンみたいな音もFM音源で作ったものです。
——空間系のエフェクトは何を使っていますか?
ISHII これを必ず使うっていうのはそんなになくて。海外のフォーラムを見ていいなと思ったものを使ってみたり、そういうことが多いですね。結構見ているんですよ。ちゃんと勉強しなきゃなっていう感じで。ミキシングのTipsとかもそのときのトレンドだったりが日々更新されてるので、こまめにチェックするようにしてますね。
——本作では随所でホワイト・ノイズも効果的に使われていますが、どのように音作りをしていますか?
ISHII シマー系のエフェクトをよく使っていて。特にAUDIORITY Xenoverbを多用しています。
——初の劇伴制作を終えてみていかがでしたか?
ISHII すごく楽しくできたし、課題も含めて学びにもなったので、またお話があればぜひという感じです。
——自身の制作に何か還元できるものはありましたか?
ISHII やっぱりありましたね。例えば、音楽監督の方から戦闘シーン以外の平場のシーン用に不安をあおるような曲をオーダーされたときがあって。不安に聴こえるにはどうすればいいのか、音楽理論的なことも勉強したんですけど、そういうのも含めて、手数が増えた感じがします。
——サントラが終わってからも引き続き制作を?
ISHII そうですね。コロナ禍になって最初の頃、この先パーティが全部なくなるかもしれないなと思ったりもして、制作に集中したんです。そこであらためて、自分は制作というところから出てきたんだなと再確認しました。やっぱり音楽作りは楽しいな、と。あといまだにテクノ楽しいなと思って。ずっと制作モードが続いてますね。
Release
『Yakitori: Soldiers of Misfortune (Soundtrack from the Netflix Series)』
KEN ISHII
Netflix Music, LLC
Musician:KEN ISHI(prog)
Producer:KEN ISHII
Engineer:KEN ISHII、Reuben Cohen
Studio:Lurssen Mastering