マイクを足すことで空間が作れる。録音に遊びを入れるのが好きなんです
ドイツに拠点を置き、エンジニアのほか、レーベル運営や川口貴大、矢代諭史との“夏の大△”としてパフォーマンスを行うなど、アーティストとしても活動する大城真。エンジニアとしては、テニスコーツ、折坂悠太、池間由布子、イ・ラン、Joyulなど、レコーディングからミックス、マスタリングまで、多岐にわたる作品を手掛けている。『Contact』には、帰国中にレコーディングエンジニアとして関わり、ミックスは都内に構える自身のスタジオと、ドイツに戻ってからも作業を行い完成させたとのことだ。角銅とは長い付き合いという彼の手腕がいかに発揮されたのか。詳しく話を聞いた。
頭の片隅にあった『Mark Hollis』の音像
——角銅さんの1stアルバム『時間の上に夢が飛んでいる』は大城さんが運営するレーベル、Basic Functionからリリースされています。最初に角銅さんにお声がけしたきっかけは何だったのでしょうか?
大城 僕は2016年に自分の作品制作で3カ月ほど台北に滞在していて、その際に角ちゃんが共通の友人と共に台湾に遊びに来たついでにやった、小さなレコ屋でのライブで共演したのが初めましてでした。ソロでのライブはまだ2~3回目だったそうで、何か感じるものがあったので後で“音源作ってないの?”と声をかけたところ、デモを作っているという返答で、その後東京に戻った際に同席した飲み会で進捗具合を確認したら“まだやってます”とのことだったので、“デモが完成したらうちのレーベルから出すよ”と言ってみました。売れっ子になりそうな気がしたんで、そんな人が作った荒削りな宅録がその前夜にリリースされて後世に残ったらめっちゃ良さそうって妄想で(笑)。いろいろあって結局は僕が録音することになったけど、違う形で角ちゃんの“はじまり”を捉えることができた良い作品になったと思ってます。
——今作は複数のスタジオで録っていますが、その辺りも角銅さんと話しながら決めていったのですか?
大城 そうですね。角ちゃんからは、みんなで同じ部屋で演奏したいという希望があって。2ndの『Ya Chaika』に入っている「Dance」という曲は、西荻窪にあるリハスタの1室でドラム、ギター、コントラバスやその他の楽器も含めて同録してて、その雰囲気でやりたいと。さすがに狭いリハスタで今回のアルバム全部を録るのは厳しいということで、そこそこ広くて同じ部屋でバンドが録音しても響きやカブりが良い感じで収まるスタジオをいろいろ検討したところ、個人的に交流がある久保田麻琴さんからaLIVEを提案されました。Aスタジオの構造を知ってる人なら分かると思うんですが、ブースの扉は全開にしてました。東京滞在中に録れなかった曲やリテイクは原(真人)さんが担当しましたが、そちらは原さんと角ちゃんで話し合ってSOUND CREWとなりました。
——aLIVEでは何曲録ったのでしょうか?
大城 7~8曲くらいですね。ただ同じ曲でも制作が進む中でアレンジが少し変わったり、リテイクもあったりで。角ちゃんも大枠は決めつつ、録りながらアレンジも考えているし、一発録りをやる中でのグルーブの微調整という感じだったんじゃないかと。そうやってスタジオで録ったものにプラスして、角ちゃんが自宅で録った音がかなり入っています。
——自宅でボーカルを録る際には、大城さんのNEUMANN U 87とsanken CU-51を借りたと伺いました。
大城 あとSEVENTH CIRCLE AUDIOというアメリカのガレージメーカーのN72というマイクプリも一緒に貸しました。Neve 1272のクローンですが、その組み合わせでいい感じに録れてましたね。僕が持ってる中だと角ちゃんの声に合うのはNEUMANN U 67あたりかと思っているんですが、真空管マイクはなかなか扱いが難しくて。ソリッドステートのマイクなら電源を入れるだけでOKなので、“湿度管理だけちゃんとしてね”と伝えました(笑)。
——角銅さんの歌声の特徴をどう捉えていますか?
大城 張り上げる感じの歌い方じゃないので、それをちゃんと聴こえるようにする。静かな声なので、ある程度マイクのSNが良くないと、コンプをかけたときにノイズも一緒に持ち上がっちゃうんですよね。あと重心が少し低めの、コシのあるマイクの方が合うんじゃないかなと。上はキラッとさせた方がいいけど、高域が強いマイクで録っちゃうとブレスやリップなどが痛くなるので。念のためU 67をaLIVEに持って行ったんですけど、スタジオにあったSoundelux E47がつるっとした音で良かったのでそのまま使いました。
——今作にはマリンバが収録されている楽曲もありますが、録音はどのように行いましたか?
大城 マリンバが入っている曲のうち、僕がaLIVEで録ったのは「kujira no niwa」です。AKG C 414 B-ULSをステレオで立てていたんですが、前半の方で定期的に鳴る低い方の音板にも別でもう1本マイクを立てて、それはパンで真ん中に振っています。リアルなマリンバのステレオの音像に、ちょっとフィクションを足してる感じです。あと角ちゃんから希望があったのが、一つ一つの音の分離が良すぎるんじゃないかと。部屋の中で鳴っているような響きがあって、それぞれの音が干渉し合う感じにしてほしいということで、さらに上の位置からMBHO MBP 603というモジュラー式のマイクをORTF方式で立てています。
——確かに角銅さんも、今作では部屋の空気感、場所性を大事にしたいと話されていました。
大城 そういう雰囲気を反映するようにしました。個人的には……全然録音方法が違うんですけど、トーク・トークというバンドのフロントマンだったマーク・ホリスのソロアルバム(1998年作の『Mark Hollis』)の音像が頭の片隅にありました。NEUMANN M 49のペアだけで、全部同じ部屋で録っているそうで。例えばドラムはこの位置で録って、ホーンを足すときにはここに配置して、というようなプロセスらしく、スタジオの響きが聴こえるような録音で。
——角銅さんの目指す方向性と合致していたんですね。
大城 録音になるべく遊びを入れるのが好きです。余分な空間があるならそこにマイクを立てて録ってますし。そういう音を混ぜたら、奥行きが出せるかもしれない。ステレオでの奥行きや横の広がり、空間の作リ方っていろいろあるけど、マイクを足すことでもそれができる。ちまちまといじったりするのは結構好きですね。
オートメーションで自然な歌の雰囲気を作る
——さまざまなスタジオで録った素材と、角銅さんの宅録もあるとなると、ミックスは大変ではなかったですか?
大城 超大変でした(笑)。なんせスタジオも含めて録音が違うし、アレンジも1曲1曲全然違うから、アルバムで共通して使えるテンプレートも作れない。曲ごとにレシピを組み直すみたいな感じでした。「長崎ぶらぶら節」は、ボーカル以外は1テイクなんですよ。前半は音がめっちゃ小さくて、後半はレベルが大きくなるじゃないですか。あのダイナミクスに角ちゃんの声を合わせてバランスを取るのが、最後まで苦労した記憶があります。僕が下手くそなのでそれはプラグインではできなくて、曲のダイナミクスに合わせてボリュームに細かくオートメーションを書いています。コンプもかけているけど、かけすぎるとナチュラルな感じがなくなってしまいますから。
——ボーカルのコンプには何を?
大城 ACUSTICA AUDIOのEl ReyというVari-Mu方式のコンプをエミュレートしたプラグインを、パラレルコンプにしています。Vari-Mu方式のコンプはそもそも自然なかかり方だけど、その上でドライとウェットを6:4くらいにしていて。ボーカルのダイナミクスを生かして、なるべく自然に歌っている雰囲気にする。となると、オートメーションで頑張るしかないんです(笑)。
——「長崎ぶらぶら節」前半のエコーは、The Space Ladyをイメージされているそうですね。
大城 出だしをそうしてほしいという希望があったんで、VALHALLA DSP Valhalla Delayのベタベタなプリセットです。本家はおそらくペダルエフェクターのデジタルディレイとかだと思うんですけど、意外とプラグインであの音を作るのは難しかったです。
——ミックスも角銅さんと話しながら進めていた?
大城 そうですね。何日かミックスに立ち会ってくれて、ある程度方向性のすり合わせをしました。それからベルリンに持って帰って作業をしていて、そのときも1度オンラインで画面と音を共有して話し合ったりもしました。録音はAvid Pro Toolsですが、ミックスはPreSonus Studio Oneです。
——ミックスにStudio Oneを使う理由は何でしょうか?
大城 Pro Toolsの音が自分的にあまり良くないと感じた時期があって、10年くらい前にStudio Oneを試してみたら使いやすかったんです。今はPro Toolsの音もあまり変わらないと思っているけど、ワークフロー的に慣れてしまっているので。あと、“Mix Engine FX”という、ミックスバスにプラグインを挿せる機能はかなり使ってます。よく使うのはSoftube Tapeで、昔のテープの隣のチャンネルにちょっと漏れているような具合を調整できるCROSSTALKというつまみが付いていて、ほんのり足すとミックスに一体感が出てくる。すごく重要というわけじゃないけれど、意外と効いています。
——大城さんの中では、『Contact』のどこに注目して聴いてほしいというのはありますか?
大城 細かいところでいろいろいたずらはしてるので、そういうのを発見していくのも楽しいと思いますが、大前提として、音楽の良さを感じてほしいです。エンジニアの役割はあくまでもその余剰なので。録音の良し悪し関係なくいい音楽はいっぱいあって、The Space Ladyなんてその極みじゃないですか。ローファイとかハイファイだから良いってことはなくて、音楽が良い中の要素の一つに質感があったりする。まずは音楽が良いと思ってもらって、そこに空間作り、空気感が貢献できていたらいいですね。
◎こちらもチェック…角銅真実 インタビュー 〜4年ぶりのアルバム『Contact』の制作を語る
Release
『Contact』
角銅真実
ユニバーサル UCCJ-2233
Musician:角銅真実(vo、marimba、k、fl、他)、古川麦(g、cho)、秋田ゴールドマン(b、cho)、光永渉(ds、cho)、巌裕美子(vc)、サム・アミドン(fiddle、vo)、石若駿(p)、中村大史(g、accord、banjo、musical saw)、竹内理恵(fl、b.cl、sax)、幸洋子(voice)、きりん(cho)、奥貫史子(vln)、日比彩湖(p、cho)、楳田愛(cho)、Pablo Amilcar Alvarez(cl)、葛城梢(mandolin)
Producer:角銅真実
Engineer:大城真、原真人、佐藤鈴佳、髙島隼人、Nancy、角銅真実
Studio:SOUND CREW、aLIVE、プライベート、他