エンジニア髙山徹が語るコーネリアス『夢中夢 -Dream In Dream-』のミックス

エンジニア髙山徹が語るコーネリアス『夢中夢 -Dream In Dream-』のミックス

どこにでも音を配置して空間を作れる。表現の自由度がまるで違います

スピッツ、indigo la end、D.A.N.など、エンジニアとして多数のアーティスト作品を手掛ける髙山徹氏。コーネリアス作品にはデビュー時から携わり、『夢中夢 -Dream in Dream-』でもミックスとマスタリングにおいて、その手腕を発揮している。氏の制作拠点であるSwitchback Studioにて行ったインタビューで、今作が内包する魅力へと迫っていく。

“これでOK”を8回繰り返した「火花」

——髙山さんはいつ頃から小山田さんの作品のエンジニアリングを手掛けているのでしょうか?

髙山 代々木にあったSTUDIO TWO TWO ONEというスタジオでアシスタントをしていたときに、フリッパーズ・ギターが『CAMERA TALK』のレコーディングに来たのが最初です。もう30年以上前ですね。TV用の音源など、美島さんがミックスまで行っているものもありますけど、アルバムとしてリリースされている作品はほとんど手掛けています。

——『夢中夢 -Dream in Dream-』の作業期間は?

髙山 昨年10月に「変わる消える」のデータをもらってから、今年の2月にマスタリングを終えるまでの約5カ月です。その間ずっとではなく、飛び飛びで作業していました。

——コロナ禍などもありましたが、やり取りする上で何か変化はありましたか?

髙山 全然変わっていないですね。データをもらって自分なりにミックスしたのを送って、ここ(Switchback Studio)に小山田君が来て微調整を繰り返すという感じです。強いて言えば、ある程度時間を空けてまた聴いてみて修正する、というのが多かったかな。そのときはOKと思っても1週間後に聴いてみたら、“やっぱりもうちょっと……”ということがよくありました。

——修正はどういった点を?

髙山 例えば歌だったら、“ここのハモのボリュームを0.1dB下げよう”とか、すごく微妙なところですね。前回上げたのに今回は下げるの?ということも多かったです(笑)。

——特に時間がかかった曲はありますか?

髙山 「火花」は小山田君が最後の最後までこだわっていましたね。“これでOK”を8回繰り返しています。出来上がった曲を全部並べて聴くと、“やっぱりこの曲のあそこを直そう”みたいなのが出てくるんですよ。

——スタジオにはアウトボードも数多くありますが、これらは今作で使っているのでしょうか?

髙山 アウトボードは使用せず、プラグインのみですね。

——全体的にアナログな質感の印象もあります。

髙山 それは割とPLUGIN ALLIANCEやSOFTUBEの製品を多く使用しているからかなと。シミュレート具合がかなり近く、アナログ感のあるサウンドになってくれます。

——プラグインのみで作業を行った理由は何なのでしょうか?

髙山 いつでも呼び出して修正できるというのが一番大事ですからね。1週間後に0.1dB上げ下げするみたいなやり方はプラグインでないとできない。すごく緻密に組み立てる小山田君だからこそです。再現性重視ですね。

髙山氏が制作の拠点にしているSwitchback Studio

髙山氏が制作の拠点にしているSwitchback Studio。コンピューターはAPPLE Mac Studio M1 Ultraで、AVID Pro Tools|HDXをシステムの核としている。モニター・スピーカーのMUSIKELECTRONIC GEITHAIN RL901やGENELEC 1030Aのほか、小山田はヘッドフォンのSONY MDR-CD900STでモニタリングすることも多いとのこと
https://www.switchback-studio.com

年齢を重ねて情緒的になった

——歌ものとしての魅力もある今作ですが、エンジニア目線からの変化を感じた部分はありますか?

髙山 一番は、声が若返っているなと。ライブを見ていてもそれは感じますね。なぜなのかは分からないですが。

——ボーカルの処理にはどのようなプラグインを?

髙山 PLUGIN ALLIANCE Noveltech Vocal Enhancer、WAVES Renaissance Equalizer、SOFTUBE Tube-Tech CL 1B、SONNOX Oxford Supresser DSというセットをほかのアーティストの作品でも使用していて、今作でも使いました。もちろん人によって設定は変えています。最近はEQに、マスタリングでも使ったTHREE-BODY TECHNOLOGY Kirchhoff EQを使うことが多いですね。コーラスにはIZOTOPE Vocal Doublerをかけたりもしています。

マスタリングにはTHREE-BODY TECHNOLOGY Kirchhoff EQをかけている

マスタリングにはTHREE-BODY TECHNOLOGY Kirchhoff EQをかけている。髙山氏は「マスタリングに使う際は、リニア・フェーズ・モードで使用します。トラックごとに使う際はレイテンシーが発生してしまいますが、マスタリングでは位相を優先させたいですからね。多機能でEQカーブも豊富。画面が大きくて見やすいのもポイントです」と語る

——ボーカルのひずみ具合はどのように?

髙山 Noveltech Vocal Enhancerの効果が出ているのかなと。もともと小山田君はサラサラとした倍音が多めの声なので、それを強調しているんだと思います。

——先ほど「火花」にこだわっていたと伺いましたが、プラグインは何を使いましたか?

髙山 シンセのパッドはPLUGIN ALLIANCE Brainworx Bx_Console AMEK 9099ですね。Stereo WidthとMono Makerをセクションごとに変えて広がりを調節しています。ギターはBrainworx Bx_Console SSL 4000 Gのほかに、ディレイでMCDSP EC-300を使いました。ディレイやリバーブは美島さんの方で書き出したものを使うときもあれば、小山田君とミックスを進める中で変えることもあります。

「火花」のパッド・シンセで使用した、PLUGIN ALLIANCE Brainworx Bx_Console AMEK 9099

「火花」のパッド・シンセで使用した、PLUGIN ALLIANCE Brainworx Bx_Console AMEK 9099。画面右下のMono MakerとStereo W idthの2つのノブを使い、セクションによって使い分けることで、左右の空間作りを行っている

——「霧中夢」のように、歌のないアンビエント作品をミックスする際はどういった点を意識しているのでしょうか?

髙山 実はそういう曲って意外と難しくて。一部分だけを聴いても意味がなくて、頭から聴いてどのくらい時間がたったかで起承転結的な波を作る必要があります。A、B、Cといったセクションがある曲は頭の中である程度想像できるんですが、ドローン的な音楽はその日の体調によっても聴こえ方が変わってくるので、判断するのに時間がかかります。

——具体的なワークフローとしては?

髙山 頭から聴いてきて、変化がほしくなったときに何かを変えるかなと。もちろん小山田君と美島さんの方で作った流れがあるので、その流れの中で強調するのか、しすぎないのか。「霧中夢」後半の“Dream”というボイスで驚くような仕掛けになっていて、そこに行くまでの間にどう心地よく波を作っていくかを意識しています。

——小山田さん、美島さんから、“音が重ならないように配置している”と伺っていますが、そういった素材ゆえにミックスで音場が作りやすい、といったことはあるのでしょうか?

髙山 それはものすごくありますね。ミックスでは前後、左右、上下の配置を時間軸で変化させて空間を作ります。音数が多い曲だと、それぞれを共存させるために仕方なくそこに配置するといったことが多いのですが、小山田君の曲はどこにでも置けるので、表現の自由度がまるで違う。少し脱線しますが、“重ならないように”というのは、昔のゲーム音楽作家の方が同時発音数や容量が限られた中で作っていたのが実はすごく良かった、というのと近いかもしれません。

——制限を設けることが作品の良さにつながると。

髙山 音数を増やせば豪華になると思いがちですけど、人間が認識できる音って限られている。その中でいかにうまく聴かせるかを考える方が良くなるんじゃないかと思います。

——今作を経て、今後のコーネリアス作品はどのような展開を見せていくと思いますか?

髙山 毎回予想外なので正直分からないですね。次も同じような感じってことはないだろうと。ただ年齢を重ねて音が情緒的というか、どこか深みのある表現が追加された感じはします。使っている音色は結構同じものが多かったりもしますが、今回は風情のある“和”なイメージもある。前に三波春夫の「赤とんぼ」をリミックス(『CM4』収録)したのを聴いて、“こういう側面もあるんだな”とビックリして。今作はその方向もより濃くなっていると思いますね。


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Release

『夢中夢 -Dream In Dream-』
コーネリアス
ワーナーミュージック・ジャパン

Musician:小山田圭吾(vo、g)、美島豊明(prog)
Producer:コーネリアス
Engineer:髙山徹、美島豊明
Studio:3-D、Switchback

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