ポップでキャッチーだけど、聴く人によっては“あれ?”みたいになると思う
高木祥太(b、vo/写真中央)、サトウカツシロ(g/同左から2番目)、いけだゆうた(k/同右から2番目)、ジョージ林(sax/同左)、So Kanno(ds/上同右)の5人組=BREIMEN(ブレイメン)がメジャー1stアルバム『AVEANTIN』をリリース。通算4作目のアルバムとなる本作は、2nd『Play time isn't over』からタッグを組む佐々木優に加え、アレックス・クルス、鈴木健太の2人をミックスエンジニアとして新たに迎えている。前作『FICTION』で設けられた“クリックを使わない”“5人以外の音を入れない”といったさまざまな制約をすべて取っ払い、自由な発想でフレキシブルに作られたという本作について、BREIMENの高木、エンジニアの佐々木とアレックスの3人に話を聞いた。
Engineer’s Profile
佐々木優
NK SOUND TOKYO、Studio Tantaの所属を経て、2021年よりフリーランスのレコーディング/ミキシングエンジニアとして活動する。これまでにBREIMEN、millennium parade、大橋トリオ、Friday Night Plans、kitri、なとり、離婚伝説、KIRINJI、EVE、The First Takeなどの作品に参加。アシスタント募集中。
アレックス・クルス(Fader Crafters)
音楽への旅路は母国コロンビアのEMMATから始まり、日本の洗足学園音楽大学へ続き、2019年にその門を優秀な成績で卒業。スキルセットは多岐にわたり、ミキシングからエンジニアリング、作曲、編曲、DJ、そして楽器演奏にまで及ぶ。オルタナティブポップからヒップホップ、エレクトロニカまで、アーティストのビジョンの現実化に向け専門知識と才能を提供。2023年、ソニックシナジーのFader Craftersの一員となり、現在もなお、新たな音楽のフロンティアを開拓し続ける。
ルームマイクの録り音にさらにルームリバーブをかける
——『AVEANTIN』は、以前からタッグを組む佐々木優さんに加えて、2人のミックスエンジニアを新たに迎えています。これはどういった経緯で?
高木 優さん一人だとスケジュール的に間に合わなくて、“別のエンジニアとやってみるのもいいんじゃない?”と優さんともちょうど話していたので、いい機会だなと。アレックスに関しては、僕らのマネージャーが担当していたシンガー、Nao Kawamuraさんのトラックメイクを彼が担当していたことがきっかけで紹介してもらいました。
佐々木 鈴木君は、僕がStudio Tantaに所属していたときの後輩で、僕から紹介しました。
——「ラッキーストライク」を担当した鈴木さんのミックスの印象は、佐々木さんから見ていかがでしたか。
佐々木 どんな曲でも、ドラムとベースの音作りがすごく上手だと感じます。レンジも結構、広い仕上がりで。声のウェットめな空間の作り方や、飛び道具のセレクトも面白くて好きです。僕の一押しのエンジニアですね。
——アレックスさんは「a veantin」「寿限無」「魔法がとけるまで」の3曲のミックスを担当されています。
高木 トラック系が得意だと聞いていたので、まず「魔法がとけるまで」を一緒に作りました。アレックスの使用するAbleton Live上で、みんなでプリプロのデータを再構築していく感じでトラックメイク的に作っていきましたね。「a veantin」は、生音ものだけどリッチな感じの音像ではなくて、むしろタイトにしたいと思っていたので、アレックスに向いている曲だと思って頼みました。
アレックス 「寿限無」は、ジャズの雰囲気と初めて聴く落語の掛け合わせがとても面白くて、僕から希望しました。
——各曲で具体的なリファレンスはありましたか?
高木 “この曲のサックスのコンプ感が面白いよね”みたいに、ポイントで挙げることが多かったです。「a veantin」はルイス・コールやヴルフペック、「寿限無」はジョシュア・レッドマンの「Jazz Crimes」やRHファクター、「魔法がとけるまで」はTennysonの音作りがよく話に挙がりました。
アレックス 「Jazz Crimes」をそのままリファレンスにしたら生っぽい感じになりますが、「寿限無」はローファイな音像にし過ぎず、低域感も現代的になるように注力しました。
——新しいエンジニアとの作業は新鮮だったのではないでしょうか。
高木 普段の優さんとのセッションはAvid Pro Toolsで行っているんです。だから、いつもとは違うLiveということで、制作の考え方が大きく変わって面白かったですね。プラグインのチョイスも優さんと違うから新鮮で。伝えたイメージの音をLive付属のシンセ、Granulator IIで作ってもらったりもしています。例えば「魔法がとけるまで」の2番のAメロでは、サックスの録り音をGranulator IIで引き伸ばして鳴らしています。
——「魔法がとけるまで」のホーンセクションの独特な部屋鳴りは、どのようにして付けたのですか?
アレックス ルームマイクを遠めに設置し、演奏者の立ち位置をテイクごとに変えながら録って、重ねて使っています。そのレイヤー音にUniversal Audio Sound City Studioのリバーブをかけることで、よりルーム感を強調しています。ホーンセクションの展開に切り替わるタイミングだけ、何も鳴っていない部屋のノイズを重ねたりもしました。
——アウトロのキックが連打される部分の音作りは?
アレックス So(Kanno)君の持っているSEQUENTIAL Tempestで作りました。めちゃくちゃ音が良くて、「a veantin」のハンドクラップでも使っています
——「寿限無」は古典落語を話す声の質感が独特ですね。
高木 プロデューサー/アレンジャーの田辺恵二さんが教えてくれたプラグインで、Nembrini Audio Doubler Real-Time Trackerというのがあって、それをよく使いました。ほかのダブラーを使うより、広がりの質感が不思議で、現代っぽい音色なのが良くて。
——佐々木さんから見て、アレックスさんのミックスはいかがでしたか?
佐々木 僕には出せない良さがたくさんあって、特にリズムにかかっているコンプ感がかっこいいなと思います。
——リズムのコンプレッションはどのように?
アレックス 最近よく使うのはPLUGINS THAT KNOCK KNOCK。リズムセクションのバスチャンネルにはWAVES NLSをサチュレーターの用途で何個か重ねて挿しています。あとはPLUGIN ALLIANCE Shadow Hills Mastering Compressorでアナログっぽいパンチ感を出しています。
——ほかに制作でよく使ったツールを教えてください。
アレックス サイドチェインコンプとして、Cableguys ShaperBoxをよく使いました。思い描いたサウンドイメージを簡単にデザインできるので気に入っています。
——本作への参加はアレックスさんにとっても、フレッシュな刺激のあるものだったのではないでしょうか。
アレックス 一緒に作業してすぐにお互いの相性が良いことが分かりました。細部までこだわって、どんどん良いイメージに仕上げていく作業がとても楽しかったですね。
Alex's plugins
エフェクターのような役割でテープレコーダーを使用
——本作は前作『FICTION』で設けていた“クリックを使わない”“5人以外の音を入れない”といった制約なしに作られたそうですね。
高木 制約のある制作を経たことで、ぼんやりと持っていた自分たちの手札が明確に見えたのは大きかったです。制約のない中で限界まで理想の音像を目指したのですが、“ダンスアルバム”がテーマだったので、特にドラムの音へのこだわりは今まで以上に強かったと思います。
——ドラムを筆頭に、曲によってガラッと表情を変える各パートの繊細な音作りが印象深いです。
佐々木 録りのスタジオは曲やパートごとに合わせて変えています。余韻や音像の広さが変わってきますから。ほかにも、“サックスだけテープに通したい”となったときは、テープレコーダーを所有するSTUDIO Dedeをわざわざ別日で押さえてもらったり……。マネージャーの藤井純平さんやA&Rの仲田彩乃さんを筆頭に、そういったレーベルのサポートや、BREIMENが築いてきたスタッフとの信頼関係が本作の音には色濃く表れていると思います。
——テープレコーダーは何を使用されたのですか?
佐々木 Telefunken M15です。レコーディング中、テープを通った音はレイテンシーがあってモニターできないので、いったんテープレコーダーのラインアンプを通った音をモニターするんですけど、その時点で音がだいぶ変わるんですよ。その音もかっこいいので、Dedeで録る曲は“テープを通さずにPro Toolsに録った音”“テープレコーダーのラインアンプから取り出した音”“テープで録った音をPro Toolsに流し込んだ音”の3つを聴き比べて取捨選択していました。
高木 いわゆる“テープっぽさ”みたいなローファイ感を出すわけではなく、音の密度を上げるために一種のエフェクター的な役割としても使っています。最も多用したのは「眼差し」で、ボーカル以外はほぼテープです。ちなみに、この曲のテープストップは実機でやっています。
——全体を通して、ハイファイな質感とナチュラルで温かみのあるサウンドが見事にミックスされていると感じました。
高木 古き良きものも新しいものも好きで、温故知新的な部分がこのバンドにはあるんです。アナログとデジタルの領域が入り組んで混ざっているので、ポップでキャッチーだけど、聴くによっては“あれ?”みたいになると思う。
佐々木 前作では、どういう風に音を重ねるとレンジ感的にうまく仕上がるか、プリプロからメンバーと会話しながらアレンジしていきました。その作業をガッツリやったおかげで、今回は僕が何も言わなくても、アレンジのイメージが最初から共有されていたのは大きかったですね。今後も引き続き一緒にやっていきたいと思いつつ、次作も数曲ほかのエンジニアに参加してもらうのは面白そうだなと思っています。
高木 アレックスや鈴木君とやってみて思ったのは、触ったことのないDAWや機材で適当に遊んでいて生まれるアイディアがたくさんあるということ。狙って生まれるものよりも、そういうアクシデントのほうが面白かったりするので、次作は何か新しい機材を導入して制作してみようかな、と。
エンジニア佐々木優が手掛けたM②「ブレイクスルー」のセッティング・リスト
——制約をなくして作られたこのアルバムがライブでどのような形式で披露されるのか、とても楽しみです。
高木 ボーカル面だと、今回はボーカルエフェクターのBOSS VE-500と、Antares Auto-Tune Evoを搭載したマイクプリアンプのTASCAM TA-1VPを導入予定です。BOSSとアンブレラカンパニーの方にシステムを組んでもらって、Morningstar EngineeringのMIDIコントローラーで両方をコントロールできるようなシステムを画策しています。“ライブでは同期を使わない”という制約は今まで通りあるので、いろいろと工夫を凝らして準備しています。
Release
『AVEANTIN』
BREIMEN
Ariola Japan/ソニー
初回生産限定盤:BVCL-1370~1
通常盤:BVCL-1372
Musician:高木祥太(b、vo、compose、lyric)、サトウカツシロ(g)、So Kanno(ds)、ジョージ林(sax)、いけだゆうた(k)、三原万里子(tb)、真砂陽地(tp)、Pecori(vo)、寺久保伶矢(tp)、林田順平(vc)、中瀬香寿子(flute)、Alex Cruz G(vo)、Azumi Takahashi、Lyn Inaizumi、Yosuke Uematsu、Yuho Yoshioka(以上、choir)
Producer:BREIMEN
Engineer:佐々木優、鈴木健太、Alex Cruz G、Tomomi Ogata、You Inoue、Ryuto Suzuki、功吉、Ranko Manda、Uchan、Tomomi Ogata、Yuki Ishida、Musashi Maruyama
Studio:STUDIO Dede、Studio Tanta、伊豆スタジオ、What’s Zay Studio、SOUND CREW、Studio8、MAKE HITS LAB、Hidden Place Recording Studio