機材やプラグインといった制作ツールを固定観念にとらわれずクリエイティブに使ってほしい
今回登場するのは、音楽プロデューサーとして西野カナや倉木麻衣などの楽曲を手掛けるGIORGIO CANCEMIだ。ラップ・アーティストとしてNERDHEAD名義でも活動している。ここでは彼のスタジオにてアーティストのTANAKA ALICEを迎え、GIORGIO CANCEMIがフル・プロデュースしたという彼女の最新アルバム『東京女神』の話も交えながら、機材や制作のこだわりなどをインタビューした。
【Profile】イタリア人の父と日本人の母との間に生まれ育つ。19歳でメジャー・デビューし、2002年には@LAS RECORDS(現ATLASMUSIC ENTERTAINMENT)を設立。蔦谷好位置とDUMMEEZや、ボーカリストTOKOとSo'Flyといったユニットを結成。これまでに数多くの楽曲を手掛けている。
Release
『東京女神』
TANAKA ALICE
(ATLASMUSIC ENTERTAINMENT/Village Again Association)
SONY C-100で録るとボーカルが目の前で歌っているように聴こえる
■DAW
CANCEMI コンピューターはAPPLE MacBook Proで、メインのDAWはSTEINBERG Nuendoを愛用しています。もともとはSTEINBERG Cubaseから入ったんですが、当時はNuendoの方がオーディオ処理に特化していたので途中から乗り換えました。バージョン1のころからユーザーです。
■オーディオ・インターフェース
CANCEMI オーディオ・インターフェースは何台か所持していて、メインはRME Fireface UFX+です。海外で音楽を作ることも好きなので、そのときはUNIVERSAL AUDIO Apollo TwinやSOLID STATE LOGIC SSL 2+を持っていきます。あとUNIVERSAL AUDIO Volt 276も持っていて、これは同社の1176コンプを再現した76 COMPRESSORという機能が気になったので購入しました。今はALICEが使っています。
TANAKA デモ録りするときに自宅でVolt 276を使用しています。VOC/GTR/FASTという、アタック/リリース・タイムが違う3つのプリセットをボタン一つで切り替えられるのがすごく簡単で気に入っていますね。
CANCEMI SSL 2+に関しては、SOLID STATE LOGICがデスクトップ型のUSBオーディオ・インターフェースを出したということで、とても気になったので購入したんです。同社SL4000シリーズ・コンソールのサウンド・キャラクターを再現できる4Kスイッチがポイントですね。普段、オーディオ・インターフェースではボーカルをレコーディングするくらいなので、インプットは1〜2chあれば十分なんですよ。
■マイク
CANCEMI メインはSONY C-800Gです。ただALICEの『東京女神』では、恐らく半分くらいの曲でSONY C-100も使いました。
TANAKA SONYのマイクは自分の声と相性が良く、ボーカルを奇麗に録ってくれる印象です。
CANCEMI 当然ですが、C-800Gは真空管を内蔵しているので温かみのある質感が出るんです。一方のC-100は真空管を搭載していませんが、C-800Gと似たサウンド・キャラクターを持っていると思います。人によっては“違う”と言う人もいるので個人的な感想ですが。僕がC-100を気に入っている理由は情報量が多いから。C-100で録ると、ボーカルが本当に目の前で歌っているように聴こえるんです。
■マイクからのシグナル・パス
CANCEMI 以前はビンテージのNEVE 1272やMILLENNIA STT-1 Originといったマイクプリを使っていましたが、最近はRUPERT NEVE DESIGNS Shelford Channelに通し、UNIVERSAL AUDIO 1176AEで音を軽く整えてからFireface UFX+に入力しています。Shelford Channelに通すと解像度が高く、色付けのない音で録れるんです。つまり、DAW上でエフェクト処理しやすい音になるので気に入っているんですよ。C-100との相性が良いのもポイントです。
■モニター・スピーカー
CANCEMI メイン・モニターはBAREFOOT SOUND MicroMain27で、普段の制作からミックスまで活躍しています。あとADAM AUDIO S3Hも置いています。これは以前ニューヨークにあるプラチナム・サウンドというレコーディング・スタジオでミックスしたとき、ハウス・エンジニアのセルジ・ツァイさんからADAM AUDIOを薦められたのがきっかけです。MicroMain27は特にミックスに向いている印象で、S3Hは音のパンチ感や空気感に優れている感じがします。スタジオではMicroMain27とS3Hのスウィート・スポットをあえてずらしていて、MicroMain27は自分が座る位置に、S3Hはスタジオ後方に座るアーティストへ向けて定めているんです。
125Hz以上にだけマスター・コンプがかかるように設定しています
■曲作りの手順
CANCEMI コライトは一切せず、一人で歌詞とトラックを一気に8割くらいまで作ります。ALICEの曲を作るときは、事前にどういう曲をやりたいかディスカッションしたり、幾つかのトラックの中から一つを選んでもらって歌詞をお願いしたりもしますね。トラックにおいては、先に曲のフックとなる上モノを作り、最後にビートを構築する流れが多いです。
■ビート・メイキングのこだわり
CANCEMI 僕はアメリカのヒップホップが大好きなんですが、そのまままねしてもしょうがないと思うので、日本っぽいサウンドを取り入れるようにしているんです。『東京女神』の収録曲の幾つかには、三味線や筝といった和楽器をさりげなく取り入れています。
■低域へのこだわり
CANCEMI 例えば『東京女神』の収録曲「ハエタタキ」は、ほぼドラムとシンセだけのシンプルなトラックなんですが、ドラムのキックにピッチ感が出るようにサステインやリリース・タイムを工夫しています。こうすることで、ベースが無くてもキックにベースの役割を持たせることができるんです。また、マスターに挿したRUPERT NEVE DESIGNS Portico II Master Buss Processorでは、125Hz以上にだけコンプがかかるように設定しています。こうすると上モノはまとめられますが、低域楽器はつぶされないので本来のダイナミクスをキープすることができ、意図した音像を作れるんです。ちなみにPortico II Master Buss Processorに搭載のSilk機能がお気に入りで、ボーカルの抜けが良くなる“Silk:Red”モードをよく使っていますね。
■お気に入りのソフト音源/プラグイン・エフェクト
CANCEMI SPECTRASONICS Omnisphereはシンセ・パッドやベース、リードなどによく用います。OUTPUTのサブスク型ソフト音源、Arcadeも好きです。
■読者へのメッセージ
CANCEMI 他人の曲作りを見て、技を盗むことが成長につながると思います。固定観念にとらわれず、機材やプラグインといったツールをクリエイティブに使ってほしいですね!
GIORGIO CANCEMIを形成する3枚
『Doggystyle』
スヌープ・ドッグ
(DEATH ROW)
「発売から30年近くたった今でも一切廃れることのないスヌープ・ドッグのラップと、ドクター・ドレーのサウンド。一つ一つの音がとにかくかっこいいです」
『ピンク・フライデー』
ニッキー・ミナージュ
(ユニバーサル)
「TANAKA ALICEを長年プロデュースしていますが、ニッキーは女性ラップ・アーティストが目指すところの頂点にいると感じます。毎回彼女のスキルには脱帽です」
『ザ・カレッジ・ドロップアウト』
カニエ・ウェスト
(ユニバーサル)
「プロデューサーとしても、パフォーマンス・アーティストとしても、彼の作るすべてが芸術。特にこの作品はサンプリングとオーケストラを融合したクラシックな一枚!」