“演奏すること”は“深く聴くこと” アンドレ3000やシャバカ・ハッチングスらが向かう表現 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.163

“演奏すること”は“深く聴くこと” アンドレ3000やシャバカ・ハッチングスらが向かう表現 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.163

 もう随分前のことだが、アトランタで育ちサウスのラッパーのプロデュースも手掛けたスコット・ヘレン(またの名をプレピューズ73)にインタビューした際、自身の音楽形成に影響を及ぼしたアトランタの音楽シーンの話になった。いかにクロスオーバーなシーンであったかを語ってくれたのだが、よく遊びに行ったクラブにアウトキャストのアンドレ3000も一人で頻繁にやってきては踊り疲れて床に座り込む姿を幾度も見たと話した。ほほ笑ましい出来事として語っていたのだが、それを聞いて以来、アンドレ3000はそのエピソードと共に思い出す存在となった。

 アウトキャストは事実上解散状態のまま、目立ったソロ活動はせずに俳優業を主にこなしてきたアンドレ3000だが、数年前からダブル・フルートを路上で演奏している姿が話題になっている。ネイティブ・アメリカンの縦笛(インディアン・フルートとも呼ばれる)を2本束ねたのがダブル・フルートで、片方でメロディを奏で、もう片方でドローン音を持続的に出すような使い方をする。突如、各地で目撃されはじめた彼のフルート演奏の様子は動画でシェアされ、マッドリブはフルートを全編にフィーチャーしたアルバムを作りたいと語っていた。

 実際にアンドレ3000の吹くフルートが初めて録音作品にフィーチャーされたのは、サン・ラックスが作曲した映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2022年)のサウンドトラックだった。ライアン・ロットを中心にジャズを出自とするギタリストのラフィーク・バーティアとドラマーのイアン・チャンが組んだエクスペリメンタルなポップ・ユニットのサン・ラックスは、デヴィッド・バーンからyMusicまでをゲストに招く中、フルート奏者としてアンドレ3000も迎えた。短い楽曲が多いがそれぞれ完成度が高く、4曲でフルートのバリエーションのある演奏が聴ける。そして、カルロス・ニーニョ&フレンズの最新作『(I'm just) Chillin', on Fire』にも、アンドレ3000のフルートをフィーチャーした1曲が収められている。

 

『Everything Everywhere All at Once (Original Motion Picture Soundtrack)』Son Lux(A24 Music)
監督デュオ“ダニエルズ”による2022年作のサウンド・トラック。フルート奏者としてアンドレ3000が参加

 

『(I'm just) Chillin', on Fire』Carlos Niño & Friends(rings / International Anthem)
LAジャズのメッカでありヒップホップとの結節点でもあったラマート・パークなどで録音されたライブ/セッション

 

 アンドレ3000は音楽を作ることに自信を失い、世の中の音楽の流れに逆らうようにフルートを手にしたという話がある。そして、フルートを使った演奏活動や録音に本格的に取り掛かり始めているという噂も聞かれるが、詳しいことは分からない。ただ、彼のフルートへの取り組みは、サックス奏者のシャバカ・ハッチングスが尺八の演奏にシフトしていった姿とどこか重なって見える。以前、この連載でハッチングスについて触れたが※1、彼は2023年いっぱいでサックスの演奏を休止すると自身のInstagramで声明を出した※2。その中で、ステージでサックスを吹くという肉体的にも感情的にも激しい行為に対して、率直にこう述べている。

 「精神的な修行である演奏を、繰り返し販売される商品として扱うことができるのは、自分がやっていることへの熱意があるからだ。この熱意が少しでも冷めた瞬間が、芸術の方向性を見直すときだ。これが僕が今居るポイントだ」

※1https://www.snrec.jp/entry/column/tciy150

※2https://www.instagram.com/p/CuNiaeFKiUZ/

 そして、サックスを使うギグを減らすのが安全な選択肢だという結論に至った。サックスとの関係を完全に終わらせないためにも、その選択をしたのだ。以前の連載で“緊張せずにエネルギーを生み出すにはどうしたらいいか”を尺八の演奏から学んだという話を紹介した。サックスに限らず、多くのジャズの演奏では技術的なレベルで身体の緊張を強いられる。だが、“身体が緊張していると楽器は響かない”とハッチングスは指摘する。“リラックスして木を振動させるだけのエネルギーを生み出す”ことを尺八の演奏から学んでいるというのだ。

 それは身体論の話であり、テクニックの単なる蓄積から離れようとする意志の話でもある。ハッチングスが尺八のほかにもさまざまな楽器を演奏した初のソロのフル・アルバムの制作はほぼ終了し、2024年早々にリリースされることも表明している。その一方で、彼は先頃自身のレーベルNative Rebelから、コフィ・フレックスの名義でアルバム『Flowers In The Dark』をリリースした。正式にはハッチングスの別名義と明かされてはいないが、これまでもカルロス・ニーニョとのコラボレーションでこの名義を使っている。アルバムには、ニューヨークのヒップホップ・デュオ、アーマンド・ハマーの二人(ビリー・ウッズとエルシド)やイギリス系トリニダード人の詩人でシンガーのアンソニー・ジョセフ、Native Rebelからもリリースのある南インド出身のシンガーのナヴィヤなどがゲスト参加し、ミュージシャンも交えたジャズ・ヒップホップ・アンサンブルというべき作品だ。

 

『Flowers In The Dark』Kofi Flexxx(Native Rebel)
シャバカ・ハッチングスが自身のレーベルからリリースした別名義での作品

 

 また、ハッチングスが率いるサンズ・オブ・ケメットのデビュー・アルバム『Burn』(2013年)の10周年記念リマスタリング盤も同レーベルからリリースとなった。チューバのオーレン・マーシャル、ドラムのトム・スキナーとセバスチャン・ロックフォードと結成したサンズ・オブ・ケメットはUKジャズのムーブメントを牽引(けんいん)した先駆的なグループだが、スキナーはザ・スマイルで活動し、ロックフォードはECMからソロ・デビューするなど、おのおのが異なる活動を始めている。UKジャズというくくりで紹介される音楽の外に、彼らはもはやいるのだ。ハッチングスもサックスとそれを吹きこなすテクニックを一旦手放すことで、別の表現へと向かおうとしている。『Flowers In The Dark』ではまだダイナミックなサックスのブロウを断片的に聴くことはできるが、尺八がドラム・ビートとピアノの中で空間をうまく作り出す役割を果たしているのを聴くこともできる。

 

『Burn[10th Anniversary Remaster]』Sons Of Kemet(rings/International Anthem)
UK出身のジャズ・グループ、サンズ・オブ・ケメットによるデビュー作の10周年リマスター盤

 

 コフィ・フレックス名義でニーニョと作った『In the Moment Part3』(2022年)は、メディアによる制約を受けない没入型のリスニング体験を提示するコンセプトでデジタル・リリースを続けるオーストラリアのユニークなレーベルLongform Editionsの提案で実現した。コンセプトに共感して意気投合した二人は、パーカッションとテナー・サックスを中心にスタジオで2時間かけて曲作りを行った。この録音にハッチングスは確かな手応えを覚え、ニーニョはリリースの際、“レコードの片面、あるいは両面に簡単に収まらないような作品に乾杯。ラジオでフルで演奏されることはめったにないような録音に乾杯”とコメントを寄せた。カルロス・ニーニョ&フレンズというコレクティヴにおける“演奏すること”は“深く聴くこと”であり“楽器、環境、他者とつながり交感すること”というニーニョの音楽的な実践に、ハッチングスもアンドレ3000も関心を寄せている。そこには、人と楽器の相互作用についての考察が表れているからだ。こういった表現はスピリチュアルな共感として語られがちだが、それだけでは収まらないものがあることを彼らの音楽は示しはじめている。

 

『In the Moment Part3』Carlos Niño & Kofi Flexxx(Longform Editions)
カルロス・ニーニョとコフィ・フレックスによるデュエット。ベニス・ビーチのStudio 4 Westにて録音が行われた

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって

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