繰り返し持続する音がもたらす“ディスクリート(控えめで思慮深い)”な感覚 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.161

繰り返し持続する音がもたらす“ディスクリート(控えめで思慮深い)”な感覚 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.161

 ブライアン・イーノが1975年に発表した『Discreet Music』は、アンビエント・ミュージックのプロトタイプとなるアルバムと位置づけられている。確かに、アンビエントを掲げて3年後にリリースされた『Ambient 1: Music for Airports』のサウンドにつながるものだったが、ディスクリート(控えめ、思慮深い)という言葉と概念が今はより示唆的に思える。『Discreet Music』のイーノによるセルフ・ライナーノーツには、交通事故で入院中に、病室内に置かれたステレオ・コンポで18世紀のハープの音楽のレコードを聴いた体験がつづられている。アンプのボリュームが極端に低く、スピーカーの片チャンネルが完全に故障していたが、ベッドから起き上がる気力がなくてそのまま聴いた。ほとんど聴き取れないレコードの再生音は、環境のアンビエンスの一部と化していたことに気付いたという話だ。

 

『Discreet Music』Brian Eno(Obscure)
1975年にブライアン・イーノ自らが設立したオブスキュア・レコードからリリースした“アンビエント・シリーズ”よりも前の作品

 

 これはアンビエントが誕生したストーリーとして有名だが、いま音楽的に興味を引くのは2つの短いフレーズの反復のバリエーションである30分に及ぶアンビエントの「Discreet Music」ではなく、残りの「カノン」の変奏曲3曲だ。バロック期のドイツの作曲家/オルガン奏者、ヨハン・パッヘルベルの「カノン」の正式タイトルは「3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調」で、同じ旋律を複数のパートが追随するように進行していくカノンと、複合拍子で書かれた舞曲のジーグで構成されている。「カノン」自体がよく知られた楽曲であり、カノンのコード進行はポップスでも頻繁に使われてきた。

 だが、『Discreet Music』において小編成のアンサンブルで演奏される「カノン」は、旋律が渦巻くドローン・ミュージックだと言っていい。“ルネサンス時代の非常に体系的なカノンを、恥ずかしげもなくロマンティックに演奏したもの”というイーノの言葉通りに主旋律が奏でられるが、演奏家は楽譜の2小節か4小節を出発点に、元の楽譜にはないテンポで音を重ねていく。あるいは、楽譜の他の部分にある音符と旋律のセットが重ねられる。その結果、ロマンティックな演奏を成立させる関係性は崩れていくのだが、それはランダムな崩壊を招くわけではなく、ドローンとして成立している。

 イーノはこれらの変奏曲を“自己調整システムや自己生成システムへの興味を満たす方法“だとするが、その呼び名や定義より、機能的な和声進行から逃れるドローンの生成を明確に音楽化したという意味で重要な作品だ。ドローンとは単に茫漠(ぼうばく)とした音の持続のことではなく、音楽的な構造の維持とそこからのズレや揺らぎから生じる有機的なサウンドなのだ。

 先日、日本を代表するドローン、アンビエントのアーティストであるChihei Hatakeyamaにインタビューする機会があった※1。欧米を中心にこうした分野では珍しく多くのリスナーを獲得しているが、評価は必ずしも音楽的、あるいはアート的な文脈だけではない。その活動は、ドローン、アンビエントが日常的に聴かれ、身体や精神に及ぼす作用や社会の中で機能する可能性にも寄与している。話を伺って、そのことを感じた。

※1https://www.audio-technica.co.jp/always-listening/articles/chihei-hatakeyama-ambient/

 

『Void XXV』Chihei Hatakeyama(White Paddy Mountain)
2017年から2022年に制作された楽曲からセレクトされたVoidシリーズ待望の新作

 

 広義のアンビエント的なサウンドの中でも、特にドローンは持続性があることが特徴で、時間の変化を忘れさせるものでもあるが、彼の音楽もその特性を的確に捉えて、繰り返し聴くことに誘う。どれくらい同じ音を聴いていられるかに面白さを見出し、持続する音の中に音楽を超えた何かがありそうだと思った経験を控えめに語ってもいた。“聴かれつつも無視されるような作品を作ろうとしていた”という『Discreet Music』のイーノとも重なるように、空間を音が埋め尽くしているにも関わらず、間を感じさせる広がりがあって、なおかつ音を忘れさせる瞬間すらあるのだ。そして、睡眠に誘う効果もある。

 ドローンの第一人者である現代音楽の作曲家、ラ・モンテ・ヤングの『The Well​-​Tuned Piano』というソロ・ピアノ作品がある。純正律で調律されたピアノによって、マルチメディア・アーティストのマリアン・ザジーラの光のインスタレーションと共に6時間ほどかけて演奏される。この作品を鑑賞し、理解するには永遠の時間が必要に思えてくるが、曲自体はシンプルな考えに基づき、難解な響きはない。元々ジャズ・サックス奏者だったヤングが和音を持続させているように聴こえる奏法をピアノに応用したものであり、ピアノの上に雲のように宙に浮いた周期的な音響のビートを作り出すというアイディアから来ている。ミニマル・ミュージックの静的な反復とは違い、感情にゆっくりと訴えかける揺らぎを聴き手が発見することになる。

 

『The Well​-​Tuned Piano in the Magenta Lights “87 V 10 6​:​43​:​00 PM — 87 V 11 1​:​07​:​45 AM NYC”』La Monte Young, Marian Zazeela(La Monte Young & Marian Zazeela)
マリアン・ザジーラの光のインスタレーションと共に65回以上にわたって公開ライブを行った即興ソロ作品

 

 こうした持続する音は、まさにディスクリートな、控えめで思慮深い感覚を扱っている。それは聴きようによってはつかみどころがなく、不可解さを与えるものでもある。サム・ゲンデルが今年リリースしたアルバム『Cookup』もその領域にある音楽だった。1990年代から2000年代にかけてのR&Bやソウルのヒット・ソングの輪郭をなぞって空洞化したような音楽を作ったが、レビューの多くは風変わりなアンビエント・ジャズという評価にとどまって、この空洞化されたヒット・ソングの行方については取り立てて気にはされていないようだった。キャッチーなカバー曲ではなく、消え入りそうなくらい弱々しくメロディ・ラインをなぞっているのだから、それも致し方ないだろう。ただ、もはやこれはアンビエント・ジャズではなく、『The Well​-​Tuned Piano』の世界に近い。茫漠とした雰囲気の演出ではなく、多くの人々を魅了してきたヒット・ソングの構造をそぎ落としていった果てにあるものを捉えようとしている。

 

『Cookup』Sam Gendel(Nonesuch)
R&Bやソウルのヒット曲に独自の解釈を施し大胆に再構築した作品

 

 そして、Friday Night Plansのアルバム『Visitors』もここに加えるべきだろう。「プラスティック・ラブ」のカバーで有名となったプロジェクトの新譜だが、音楽的には随分と遠いところに至っている。次第にエクスペリメンタルなサウンドに進み、このアルバムではボーカルも音響の一部と化している。だが、それは突飛な飛躍ではなく、ボーカルのMasumiが影響を受けたという1950、60年代のオールディーズのノイズの乗ったボーカルと古い映画館の音響に見出したものとつながっている音楽でもある。今回オフィシャルのインタビュー※2を担当したので詳しい話を聞くことができたが、“景色を彩ることもあるし、なじんで聴こえてこないこともある。人の生活にそういうふうに曲が存在するのって、個人的に理想”という発言が特に印象に残っている。ここにも、新たなディスクリート・ミュージックを聴くことができる。

※2https://fnmnl.tv/2023/06/30/153330

 

『Visitors』Friday Night Plans(Friday Night Plans)
Masumi(vo)を主体とした音楽プロジェクトの最新作。イントロやスキット、インタールードなど含む全14トラックを収録

 

 強い印象は残さないが繰り返し聴くことに向かわせる音楽が、少なからぬ人々を魅了している状況を興味深く感じている。それらがアートとして理解され、位置付けられるのではなく、日常的に鳴り響くことに可能性も感じるのだ。

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって

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