アヴィシャイ・コーエンとキップ・ハンラハンをつなぐアフロ・カリビアン音楽 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.160

アヴィシャイ・コーエンとキップ・ハンラハンをつなぐアフロ・カリビアン音楽 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.160

 アヴィシャイ・コーエンはイスラエルのジャズをけん引してきた存在であり、現代ジャズを代表するベーシストの一人だ。ジャズを離れてルーツに根ざした音楽や歌にも取り組んできたが、新たにIrokoというアフロ・カリビアンのプロジェクトをスタートさせた。なぜアフロ・カリビアンなのかと当初は思ったが、音と詳しい情報が届いて興味深い背景が見えてきた。Irokoは、プエルトリコをルーツに持ち、NYのラテン・シーンで活動を続けてきたシンガー/コンガ奏者のアブラハム・ロドリゲスJrと立ち上げたものだった。Irokoのライブ・バンドには、キューバ出身のドラマー/パーカッション奏者のオラシオ・“エル・ネグロ”・エルナンデスも参加していた。

 

『Iroko』Avishai Cohen, Abraham Rodriguez Jr.(Naïve / King International)
アヴィシャイ・コーエンがアブラハム・ロドリゲスJrと組んだ2022年リリースのアルバム。フランク・シナトラなどのカバーを収録

 

 コーエンとロドリゲスは、90年代初頭のNY、ダウンタウンの小さなクラブで出会った。Irokoはその時から温めていたプロジェクトだという。アフロ・カリビアン、アフロ・キューバンのコミュニティの中心的な存在の一人であるロドリゲスの演奏は、コミュニティの外にいる者も魅了した。当時、イスラエルからニューヨークのジャズ・シーンに飛び込んでいったばかりの若きコーエンもその一人だった。そして、同じように彼の演奏に魅了されたのが、ブロンクスのプエルトリコ人が多く住む地域でアイルランド系ユダヤ人の家庭で育ったプロデューサーのキップ・ハンラハンだった。

 ロドリゲスやエルナンデスの名前は、二人が関係していたハンラハンのレーベルAmerican Clavéのことを思い出させた。アルゼンチン・タンゴの変革者アストル・ピアソラや奇想天外なジャズ小説『マンボ・ジャンボ』で知られるイシュマエル・リードから、ノーウェイヴを象徴するアート・リンゼイとイクエ・モリらのDNAまで多様な作品を残したレーベルだが、特に異なる文化と人種、ジャンルが入り混じったハンラハン自身の作品の軸にはアフロ・カリビアン、アフロ・キューバンのリズムがあった。

 American Clavéの最初のリリースは、プエルトリコをルーツに持つトランペット/パーカッション奏者、ジェリー・ゴンザレスの『Ya Yo Me Curé』だった。弟のベーシスト、アンディ・ゴンザレスと作ったアルバムは、同時代のジャズとアフロ・カリビアンの融合で、ニューヨリカン(ニューヨーク生まれのプエルトリコ人)の新しいサウンドを提示した。それはジャズ・ミュージシャンにも影響を与え、コーエンはアンディを師と仰いだ。そして、『Iroko』は既に亡くなったゴンザレス兄弟に捧げられている。ここで、まったく無関係に思われたコーエンとハンラハンがつながる。

 

『Ya Yo Me Curé』Jerry Gonzalez(American Clavé)
ジェリー・ゴンサレスが1980年に発表したアルバムであり、レーベルAmerican Clavéのカタログ1番目となる作品

 

 プエルトリコとキューバの伝統的な音楽とポピュラー音楽の探求を重ねていたゴンザレス兄弟らが1970年代半ばに結成したのが、ラテン音楽実験集団と言われたグルーポ・フォルクロリコ・イ・エクスペリメンタル・ヌエバヨルキーノだった。ロドリゲスもそれに関わり、自らもニューヨリカン・サウンドをさらに発展させていった。

 

Concepts in Unity

Concepts in Unity

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『Concepts In Unity』Grupo Folklorico Y Experimental Nuevayorquino(Salsoul)
ゴンザレス兄弟らが結成したユニットが1975年にリリースしたアルバム。実験的なニューヨリカン・サウンドが味わえる一作

 

 American Clavéではハンラハンの『A Thousand Nights and a Night』シリーズやディープ・ルンバ名義の録音に参加し、アフロ・カリビアン、アフロ・キューバンのサウンドをモダンにアップデートした。近年もオコンコロというプロジェクトに関わっている。西アフリカのヨルバ族に由来するバタドラムを使うアフロ・キューバンのルーツ音楽であるサンテリアを、オコンコロはギターやベース、ストリングスも導入して演奏する。これも、American Clavéのエクレクティックなアプローチの延長にあると言えるだろう。

 

『A Calm In The Fire Of Dances』Deep Rumba(American Clavé)
American Clavéの主宰ハンラハンによるユニット、ディープ・ルンバの2000年の作

 

『Cantos』Okonkolo(Big Crown)
アブラハム・ロドリゲスJrとジェイコブ・プラッセによるプロジェクト、オコンコロの2018年の作品

 

 2000年代にハンラハンは幾度か来日公演を行った。2009年にディープ・ルンバとして来日した際に、彼にインタビューする機会があった。その時のライブにはアンディ・ゴンザレスが参加していて、バンドの要となっていたのが印象に残っている。インタビューでハンラハンはこんな発言をしていた。

 「ピアソラは好きだ。創造性があって、フォルムを可能な限り変化させていったから。でも、タンゴ自体は僕にとっては死んでしまった音楽だ。何とかして延命させようとしているだけに思えるんだ。同じような理由でロックも大嫌いだけど、ジャック・ブルースのことはとても好きだ。ジャズもあまり好きじゃない。でも、コルトレーンやアルバート・アイラーだったらOKだ」

 ピアソラやジャック・ブルースといった、ハンラハンが一緒にプロジェクトを進めてきた個人への信頼やその音楽への賛辞は口にしても、決してジャンルへの愛というものは語らなかった。それ故に、ジャンルを横断するように作られたエクレクティックで、エッジと陰りがあるハンラハンの音楽はジャンルを愛する人からは好まれないこともあった。

 「ラテン・ミュージックに近づいたことには深い理由がある。喧嘩しながらも音楽をやっていくのが楽しい、というのがラテンのミュージシャンたちだったんだ。それは、いわば自分の言葉のアクセントのようなものだ。自分が戦いやすい言語というものがラテン・ミュージックだったからね。自分の中でそのイメージを変えようと戦えるような音楽が、ラテンとも言えるだろう」

 ディープ・ルンバのライブは緊張感はあれど、ダンサブルなリズムによる盛り上がりもある素晴らしいステージだったが、ハンラハンはパーティ・ミュージックであることを否定し、“ルンバには怒りの要素が不可欠だ”と強調した。自腹を切ってレーベルを運営し、スティングのようなメジャーなアーティストをフィーチャーさせることも実現したが、失うものもあった。ハンラハンとビジョンを共有したジェリー・ゴンザレスは当初American Clavéのプロデューサーとして長期的なプロジェクトを進めることを考えていたが、結局二人は仲違いをする。それでも、American Clavéという自由なフィールドがあったからこそ、彼にしても、ロドリゲスにしても、音楽性を広げることができたのは事実だ。

 一方、コーエンは、ずっと活動を見守ってきたロドリゲスのことを親しみを込めて“アビ”と呼び、“アビはR&B、ブルース、ドゥーワップ、ジャズ、モータウンから自分自身の言語を作り出していた。その世界でベースを弾きたいと思った”と語る。『Iroko』には、ハンラハンの言う“怒り”はなく、ダンスに誘う“融和”がある。その解釈において2人は相容れないであろう。だが、興味深いのは、最終的なアウトプットの表現の違いではなく、ディアスポラの音楽が異なる文化圏にいる人を惹き付ける魅力についてだ。メインストリームのジャズも、ヘブライ語の伝統歌も演奏するコーエンが、それでもアフロ・カリビアンの音楽に惹かれ続けてきた理由は、ロドリゲスの取り組みとその音楽への関心に他ならない。それはハンラハンが惹かれた理由と何ら変わらない。極めて個人的な動機が何よりも尊重され、優先されている。それがジャンルやコンセプトに先立つことがあるというのは、今の音楽において一つの希望に思えるのだ。

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって

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