約40年ぶりに復活する伝説的ジャズ系レーベル、フライング・ダッチマン・レコードとビリー・ヴァレンタイン 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.159

約40年ぶりに復活する伝説的ジャズ系レーベル、フライング・ダッチマン・レコードとビリー・ヴァレンタイン 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.159

 プロデューサーのボブ・シールは、1961〜69年まで代表を務めたImpulse!において、ジョン・コルトレーンを筆頭にジャズの新たな潮流を積極的に紹介し、旧世代のジャズ・ジャイアントたちの録音の数々も手掛けた。ほとんどの作品のプロデュースを担当し、Impulse!=ボブ・シールのイメージは今も強い。フリージャズの真っただ中にいたアルバート・アイラーにロックやR&Bのサウンドをぶつけて物議を醸したり、親会社のABCパラマウントの反対を押し切ってルイ・アームストロングの「What A Wonderful World」の録音を敢行した。アームストロングはそれによってキャリア最高となるヒットを生んだが、この件で会社とあつれきが生じたシールはImpulse!を辞めてインディペンデント・レーベルのフライング・ダッチマン(以下、FD)を立ち上げた。

 FDといえば、ジャズ・ポエット/シンガーのギル・スコット・ヘロンの一連の作品がまず思い出される。1960年代のカウンター・カルチャーとブラック・パワーの影響を色濃く反映したタイトルは、初期のレーベル・カラーを印象付けた。他にも、レオン・トーマス、オーネット・コールマン、ジョン・アップルトン&ドン・チェリー、ホレス・タプスコットといったジャズ・ミュージシャンを中心とした演奏や、ブラック・パンサーの活動家だったアンジェラ・デイヴィスなどのスポークン・ワードが先鋭的なイメージを与えた。シールは、良質なスタジオ録音、光沢のあるゲートフォールド(見開き)のジャケットと掲載する写真の質にこだわった。それらはImpulse!時代から大切にしてきたことだったが、インディペンデントゆえの資金不足には常に悩まされていた。それでも、ロニー・リストン・スミスやガトー・バルビエリのヒット作を生み出し、RCAと提携することで乗り切った。しかし、1984年にレーベルは消滅した。

 

『Pieces of a Man』Gil Scott-Heron(Flying Dutchman)
ギル・スコット・ヘロンの1971年のアルバム。ユニークなボーカル・スタイルは後のヒップホップ・アーティストにも大きく影響を与えた

 

『Spirits Known and Unknown』Leon Thomas(Flying Dutchman)
ファラオ・サンダースとの共演を経たレオン・トーマスの独特なヨーデル唱法が味わえるデビュー作

 

『Friends and Neighbors: Live at Prince Street』Ornette Coleman(Flying Dutchman)
デューイ・レッドマンらが参加したオーネット・コールマンのあまり知られていないセッションの一つを収録

 

『The Giant Is Awakened』Horace Tapscott(Flying Dutchman)
アメリカのジャズピアニスト/作曲家ホレス・タプスコットが1969年に発売したデビュー・アルバムであり、スピリチュアル・ジャズの名作

 

 そのFDが、2023年にAcid Jazzの協力のもと新譜をリリースした。シンガーでピアニストでもあるビリー・ヴァレンタインのカムバック・アルバム『Billy Valentine and The Universal Truth』だ。兄のジョンと共にソウル・デュオのヴァレンタイン・ブラザーズとして1970年代後半〜80年代にかけて4枚のアルバムをリリースし、ヒット曲も生んだが、その後は仮歌を歌うデモ・シンガーとして活動するなど、表舞台からは長らく姿を消した存在だった。現在73歳のヴァレンタインがレーベルのカムバックでもあるリリースに選ばれた理由を、このアルバムのプロデュースを担当したシールの息子、ボブ・シールJr.は簡潔に説明している※1

※1https://www.theguardian.com/music/2023/mar/27/im-a-messenger-thats-my-calling-80s-hitmaker-billy-valentine-on-his-socially-conscious-comeback

 「ビリーは最も素晴らしい声の持ち主だ。彼はユニコーンだ。あのような声はもう存在しない。彼はR&Bから離れ、(ミュージカルの)キャメロットやグレート・アメリカン・ソングブックの曲を歌っていた。しかし、2020年、ブラック・ライブス・マターが起こった。私はビリーに、グレート・ブラック・アメリカン・ソングブックを歌うべきだと言ったんだ」

 作曲家のシールJr.は、80年代にヴァレンタインと出会って以来、仕事のパートナーシップを結んできた。シールJr.は自分が制作した楽曲のデモにヴァレンタインの歌を使い、アーティストに売り込んだ。そして、ボニー・レイットからアル・グリーンやネヴィル・ブラザーズまで多くのメジャーのアーティストがその楽曲を取り上げ、リリースした。もちろん、ヴァレンタインのボーカルはなく、クレジットもない。ただ、ヴァレンタインも作曲を担当したレイ・チャールズの「My World」のようにクレジットが残っているものもある(チャールズはこの楽曲を気に入り、アルバム・タイトルにも使った)。ヴァレンタインは、ワーナー・チャペルと出版契約を結んで他の作曲家のデモも歌うようになった。“15年ほど前、ビリーが歌っていた頃、彼はデモ・シンガーの金字塔だった”とシールJr.は言う※2。その後、シールJr.がTV番組などの音楽監督の仕事にシフトすると、ヴァレンタインもその専任ボーカリストのような立場になっていった。

※2https://downbeat.com/news/detail/flying-dutchman-reborn-with-new-billy-valentine-release

 だが、2020年に大きな転機が訪れる。BLMとパンデミックが再びヴァレンタインを表舞台に上げた。シンプリー・レッドのカヴァーでも有名なヴァレンタイン・ブラザーズの「Money's Too Tight (To Mention)」は、レーガン政権時代の所謂レーガノミクスに対するプロテストであり、身近にある貧困の光景を歌ったものだった。1960年代のラスト・ポエッツやダニー・ハサウェイにインスパイアされたこの曲が作られた状況と、2020年の状況はヴァレンタインにとって重なるものがあった。そして、シールJr.が父のレーベルの再始動について相談に訪れたタイミングが重なった。“40年来の友人が、自分のレーベルの最初のアーティストになってほしいと言うのはとても光栄なことだった”とヴァレンタインは言う※3

※2https://insheepsclothinghifi.com/in-conversation-billy-valentine/

 シールJr.は、かつてFDがリリースしたギル・スコット・ヘロンの「Home Is Where the Hatred Is」とレオン・トーマスとファラオ・サンダースの「The Creator Has a Master Plan」のカバーをやりたいとまず提案し、ヴァレンタインを本気にさせた。さらに、ピノ・パラディーノ、ジェフ・パーカー、ジェームス・ギャドソン、ラリー・ゴールディングス、アレックス・アクーニャ、シオ・クローカー、ジョエル・ロス、イマニュエル・ウィルキンス、リンダ・メイ・ハン・オー、エイブ・ラウンズといった一線級のミュージシャンたちを集めた。熟練のグルーブ・マスターもいれば、現在のジャズを代表する精鋭もいる。ネーム・バリューだけで集められた面々ではないのは明らかな、非常に興味深い取り合わせのバンドが準備された。

 例えば、普段はシリアスなインプロビゼーションや複雑な楽曲を演奏するベースのリンダ・メイ・ハン・オーやサックスのイマニュエル・ウィルキンスが、カーティス・メイフィールドの「We The People Who Are Darker Than Blue」を歌うヴァレンタインの広く豊かな音域に沿いながら、自分たちのジャズにアレンジしていく様はとてもスリリングだ。また、録音とミックスはグラミーを幾度も受賞しているデイヴ・ウェイが、マスタリングはロンドンのSound Masteringのニック・ロビンスが担当している、デジタルとレコードの両方でこのアルバムを聴いたが、自然で深みのある本当に素晴らしいサウンドに仕上がっている。

 

『Billy Valentine and The Universal Truth』Billy Valentine(Flying Dutchman / Acid Jazz)
ボブ・シールのレーベルFlying DutchmanがAcid Jazz協力のもと約40年ぶりにリリースした作品

 

 『Billy Valentine and The Universal Truth』は作品としてのクオリティの高さはもちろんだが、FDとヴァレンタインが再発見されるストーリーにも惹きつけられる。今後はレコードでの再発や新録も予定されているそうだが、新たなアーティストが招かれ、そのポテンシャルを最大限に発揮できるプラットフォームとして機能していくことも期待したい。

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって

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