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Tzadikの近年リリース作品から見る作曲家/プロデューサーとしてのジョン・ゾーンの手腕 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.154

Tzadikの近年リリース作品から見る作曲家/プロデューサーとしてのジョン・ゾーンの手腕 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.154

 ジョン・ゾーンが主宰するTzadik※1は、営利を追求しないこと(not-for-profit)を掲げたレーベルである。1995年の設立以来、膨大なタイトルをCDメインでリリースし続けて、サブスクの配信はごく一部を除いて行われていない。デジタル音源についても、日本からはUKのオンライン・レコード・ストアBoomkat※2のみでダウンロード購入が可能なようだ。ネットで気軽に聴くことはできないが、現在も続々とリリースがある状況だ。新しいタイトルを追うのがたやすくないことに加え、ゾーンの音楽に対する特定のイメージも敷居の高さをもたらしているのかもしれない。2020年にゾーンの活動を総括する長いインタビュー記事を掲載したRolling Stone誌は、そのタイトルに「ジョン・ゾーンのジャズ−メタルの多元的な世界」と付けた※3。ゾーンが率いたバンド、ネイキッド・シティで、ジャズや即興演奏とスラッシュ・メタルやハードコア・パンクを結びつけた活動が彼を有名にしたのは確かだが、今もそのイメージが強く残っている。

※1Welcome to Tzadik
※2Tzadik - Boomkat
※3Inside John Zorn’s Jazz-Metal Multiverse: Naked City and Beyond – Rolling Stone

 しかし、Tzadikでリリースしてきた音楽は、ゾーンのルーツにある東欧系ユダヤ人のクレズマー音楽のプロジェクトから、クラシックや現代音楽の作曲家、即興の演奏家にフォーカスしたシリーズまで多岐にわたる。室内楽やオペラもあれば、ギターだけのアンサンブルもある。中でも多くのリリースを実現したのが、ゾーンの作曲した楽曲をさまざまなミュージシャンが解釈して演奏するバンド名であり作品(ソングブック)名でもあるマサダのプロジェクトだ。マサダでの作曲と演奏活動は、他に類を見ない独自のアプローチでNYのジャズや即興演奏のシーンを中心に波及し、影響力を及ぼしていった。その広がりは、パット・メセニーからジュリアン・ラージまでマサダに参加した人脈からも見て取れる。マサダによって、作曲家としてのゾーンの評価は確固たるものとなった。

 25年間のマサダのプロジェクトの集大成として、ゾーンが作曲した全92曲を収めた11枚組のCDボックス・セット『The Book Beri'ah』が、2018年にリリースされた。このリリースの制作資金の調達をしたクラウド・ファンディング・サイトが倒産したことで、ゾーンとTzadikは多大な損失を被ることになってしまったのだが※4、この頃からTzadikに新しい流れが現れてきたように感じている。それは、ジュリアン・ラージやギャン・ライリー、メアリー・ハルヴォーソン、それにビル・フリゼールといったギタリストたちと、彼/彼女らに関係するミュージシャンたちの演奏に特に顕著だった。それらの作品は、Tzadik以外からリリースしているおのおのの作品と勝るとも劣らないものばかりだったが、メディアではレビューはおろか情報の掲載さえ充分にされてはいない。上述のインタビューでも、ネイキッド・シティに参加した当時のフリゼールがゾーンから日本のハードコア・バンドを聴かされて心を揺さぶられた昔話は出てくるが、フリゼールが現在ゾーンの楽曲とどう向き合って演奏しているのかには全く触れられていない。

※4John Zorn's Rebound From PledgeMusic's Implosion : NPR

 ここでは、2020年以降にリリースされたTzadikの新しい作品の中から、特に興味深いものを幾つか取り上げたい。それらは、マサダの流れをくむものもあれば、単独の作品もあるが、いずれも作曲家、プロデューサーとしてのゾーンの手腕を改めて知らしめるものばかりだ。フリゼールとの共演で知られるシンガー、ペトラ・ヘイデンのボーカル・アルバム『Songs For Petra』は、ゾーンの作曲とジェシー・ハリスの作詞による楽曲を、ジュリアン・ラージ、ホルヘ・ローダー、ケニー・ウォルセンのトリオが演奏している。ヘイデンがハリスやフリゼールと共にメジャーからリリースしてきた作品以上に、ポップなメロディ・ラインを伴った深みのある演奏が素晴らしい。

Songs For Petra

Songs For Petra
Petra Haden - Vocals
Jesse Harris - Acoustic Guitar、Keys、Background Vocals
Kenny Wollesen -  Drums
Julian Lage - Guitar
Jorge Roeder - Bass

 

 『Gnosis: The Inner Light』は、フリゼールのギターとジョン・メデスキーのオルガンにハープやビブラフォンが加わった編成による、エンニオ・モリコーネのトリビュート作だ。従来のフリゼールやメデスキーの演奏とは異なるスピリチュアルなムードが全編に漂っている。ゾーンが1986年にリリースしたモリコーネのカバー・アルバム『The Big Gundown』は、オーケストレーションとオーバーダビングのミックスによるポストモダンな音楽だった。それとは対照的に、『Gnosis: The Inner Light』は少人数のアンサンブルで、モリコーネのオーケストレーションをリリカルに展開している。これは本当に美しい演奏だ。

Gnosis: The Inner Light

Gnosis: The Inner Light
Bill Frisell - Guitar
John Medeski - Organ、Piano、FENDER Rhodes
Carol Emanuel - Harp
Kenny Wollesen - Vibraphone

 

 ゾーンとラージのトリオが組んだ新生マサダ・カルテットの『New Masada Quartet』は、現代ジャズとユダヤ旋法の新たな出会いを聴くことができる。ラージのBlue Noteからのリリース作にも通じるギター・トリオの絶妙な演奏に呼応するゾーンの伸びやかなアルト・サックスも聴ければ、ゾーンとラージの双方が引かれてきたオーネット・コールマンをほうふつさせる演奏もある。マサダに続くバガテルというソングブックのプロジェクトにもラージは参加してきたが、ゲイリー・バートン、ジム・ホールと並んでゾーンの名を恩師として挙げている。ゾーンやネルス・クラインとのつながりから、若い頃にはなじめなかったアバンギャルドな音楽の世界に新たな可能性を発見したという。ラージは、オーネットやドン・チェリーの演奏が伝統的な曲の形からいかに抽象化していったかを冷静に分析して、これまでも自身の作品に反映させてきたが、Tzadikでの参加作にはそれがよりストレートに表現されていて、聴き応えがある。

New Masada Quartet

New Masada Quartet
John Zorn - Alto Sax
Julian Lage - Guitar
Jorge Roeder - Bass
Kenny Wollesen - Drums

 

 テリー・ライリーの息子でクラシック・ギターを出自とするギャン・ライリーと、ラージ、フリゼールとのギタリストのみのトリオも、ゾーンが実現させたプロジェクトだ。その5作目となる最新作『A Garden of Forking Paths』は、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編小説から着想を得た、クラシックからフォークロアまでが混じり合うゾーンの楽曲を演奏している。“楽曲それ自体がミニチュアの世界”と案内されている通り、ギターだけで完結した音楽的な小宇宙を形成している。今年EACH STORYという野外イベントでライリーとデヴェンドラ・バンハート、ノア・ジョージソンのギター・トリオを見る機会があったが、これもTzadikのトリオが刺激となって実現したのではと思わせる演奏だった。また、ゾーンと長年演奏してきたピアニストのブライアン・マルセラのトリオにラージが加わった『Incerto』は、今年リリースされたジャズのアルバムの中でも最もモダンなアンサンブルを作り出した作品の一つに挙げられる。

A Garden of Forking Paths

A Garden of Forking Paths
Bill Frisell - Guitar
Julian Lage - Guitar
Gyan Riley - Guitar

 

Incerto

Incerto
Julian Lage - Guitar
Brian Marsella - Piano
Jorge Roeder - Bass
Ches Smith - Drums、Tanbou

 

 これらのリリースは、現在のTzadikがほかのレーベルではなし得ない、自由でスリリングな組み合わせのプラットフォームとなっていることを示している。それはネイキッド・シティの頃にゾーンが実現したことが、形を変えて継続しているのだとも言えるだろう。それだけに、よりオープンに聴かれるサブスクの解禁を願ってもいる。

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって

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