坂本龍一さんとの音の交信を“演じることができない”人間として存在
ロームシアター京都での高谷史郎さんによる舞台作品『Tangent』、無事終了しました。次は6月4、5日にエストニアの国立劇場で公演です。制作中はこの時間をきっと一生忘れないだろうと思いながら毎日過ごしていました。そういう時間ってなかなかないですね。劇場はただでさえフォトジェニックだから、プロジェクトメンバーの姿を見て何度自分の目がカメラだったらと思ったことか。と言いながらも、写真はたくさん撮りましたが(笑)。
劇中の音楽は発表されたとおり、坂本龍一さんの最後のアルバム『12』から。今回は私の視点から『Tangent』の制作の中で感じたことと、坂本さんの存在について、記録したいと思います。
まず今回の舞台に私は、舞台上に上がるたった一人の人間として参加しました。先に公開した連載の記事や事前の告知では、舞台上に上がることは意図的に言及しませんでした。作品のコンセプトを受けて、私は匿名の私として舞台上に存在するしかなかったからです。
私はプロの演者ではありません。今後もおそらく演者として活動することはありません(誤解のなきよう……今回の舞台で一切押し付けられることはありませんでした)。ではなぜ舞台上に上がることができたか。私がそのままでいれば存在できると思ったから……いやむしろ私のままで上がるしかないと思った舞台だったからです。プロの演者ではない私が、舞台上に上がっていいものか?という葛藤はもちろん当初ありましたが、劇場で坂本さんの音源が再生されたときに、ふと“Ars longa, vita brevis.” Art is long, life is short(芸術は長く、人生は短し)という言葉がよぎり、私は“Ars” - 坂本さんに会っていたかもしれない、などと思ってしまったのです。最初のその瞬間は、舞台の最後のシーンを作っているときでした。そのシーンが一通り終わって舞台上からプロジェクトメンバーがいる客席中央に戻って……でもそう思ったのなんて私だけかも!と思ったので少しふざけながら“泣きそうになっちゃったー‼”と音響の濱さんに話したら、濱さんも同じだったと。その数日後、濱さんから“あの話をしていたとき史郎さんも奥で頷いてたよ”と聞いて、ハッとして。なぜかそのときに私は存在できる、と思ったのでした。
坂本さんと長きに渡り交流があった史郎さんは、舞台上で起こる坂本さんとの音の交信を“演じることができない”人間として私を“存在”させたのではないかというのが、自分による舞台上の自分の考察です。私が坂本さんを感じたというあの瞬間の事実が、演技という作り出された事実を超えて、現象に……なんて終わった後にそれっぽいことを言ってちょっと恥ずかしいかも! まだ公演もあるのでこの辺にします。メンバーにいじられる未来が見えました。
高谷史郎さんにいただいた坂本さんの音源に声を重ねていく時間
もう一つ、これは私だけでは叶えることができなかった、史郎さんに感謝しなければならない印象的なシーンがあります。坂本さんの音源と共に私が声を重ねていくシーンがあるのですが(このシーン、ほとんどの方が録音?と思われていたようなのですが、毎度実際に声を出していました)、それには前談があって……。私の「Orb」という楽曲が、『RADIO SAKAMOTO』のデモテープ・オーディションで放送されたときに、坂本さんとユザーンさんが、私の曲に音を足すならどんな音を足すか?という話をしてくださっていて、それを知った史郎さんが、ここは坂本さんと私の時間でもあると、音を重ねる時間をくれたのだと私は感じています。あのシーン、照明が逆光で客席が見えないので、ゾーンに入ったかのように、今、自分がどこで誰と、いや、何と対峙しているか分からなくなる。私の視点をそのまま体験してほしいくらい、あの時間は舞台なのか、現実なのか……何かとエンカウントする不思議な時間です。
最後に小話を……。今回の舞台は、床が客席側に傾いているので、床が平らなうちの稽古場でも、セットのテーブルなどは本番と同じように斜めに傾けていました。そのテーブルで、舞台序盤で登場するものの一つである青いビンを持って、何やら史郎さんがコソコソ実験しているなと思っていたら、史郎さんが“見て〜〜!”と。呼ばれて見たら、ビンがカタカタ音を立てて揺れている……! 触っていないのに揺れ続けている! そして史郎さんが急に言ったのが“これ、坂本さんにもらったワインのボトル”。エ!じゃあ今坂本さんビンに降りてきてる!?といった珍騒動もあったのでした。テーブルが斜めなのでバランスがうまく取れればビンが左右に歩くように揺れていただけなのですが。人は思い込みと冷静さを失うと判断が鈍りますね。面白かったなあ。カタカタが止まるまで撮り続けていた動画、今、見返したら2分半以上ありました。思ったより長めに憑依されておりました。
今、プロジェクトメンバーのほとんどは『TIME』のために台中にいます。『TIME』は、3月、4月にはいよいよ日本での公演があります。“Ars longa, vita brevis.”ですね。
昨年、私が坂本さんについて書かせていただいた連載の最後に、坂本さんからのメッセージに返答するかたちで、私は“いろいろやってみます。また、音源送ります”と書いていました。そのときには『Tangent』の中で、音を重ねるなんて思っていませんでした。届いていますか? また、送ります。
レパートリーの創造 高谷史郎(ダムタイプ)
『Tangent(タンジェント)』エストニア公演/欧州文化首都タルトゥ 2024
- 日程:6月4日(火)、5日(水)
- 会場:ヴァネムイネ劇場
- 総合ディレクション:高谷史郎
- プロジェクト・メンバー:濱哲史、古舘健、白石晃一、細井美裕、南琢也
- 照明:吉本有輝子
- 舞台監督:大鹿展明
- マネジメント:高谷桜子
- 音楽:坂本龍一
- 特別協力:KAB America Inc.(空里香、アレック・フェルマン)、Kab Inc.(湯田麻衣)
- 製作:ロームシアター京都
- 制作:ダムタイプオフィス、ロームシアター京都
- 共同製作:Kanuti Gildi SAAL、欧州文化首都タルトゥ 2024(エストニア)
細井美裕
【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンドインスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。