Text:Mizuki Sikano Photo:Chika Suzuki Illustration:Hiromi Mizoguchi
こんにちは。羊文学のギター・ボーカル、塩塚モエカです。ついに始まりました! 半年間にわたる連載で、6つのボーカル用ハンドヘルド・マイクを歌ってチェックしていきます。これから、どうぞよろしくお願いします。最近はハンドヘルド型を宅録に使うこともあるので、さまざまな用途を視野に入れて試していきたいです。この連載を通して、私も音楽人生を共にする最高のマイクに出会えたらいいなと思っているので、毎回真剣にレビューします〜。楽しみ!
今回は、不動のスタンダードSHURE SM58を基準に、私も愛用しているSHURE Beta 58Aを深掘りしました。ダイナミック・マイクの録り音を比べるのは初めてだったけど、こんなにも違うものか!と終始驚きっぱなしです。
Beta 58Aとの出会いはライブ・ハウスのPAエンジニアの方の紹介。それまでは例に漏れずSM58を使っていました。ただ羊文学は楽器隊の音量が大きいので、比較的声量がある私でも抜ける声を出すのは難しかったんです。それが初めてBeta 58Aに変えたとき“グッとモニターしやすくなった”と感じたのを覚えています。モニターしやすいということは、歌う上で自分の技量の次に大切なことだと思うんです。私はバンド・サウンドとの兼ね合いで中域がしっかり出ていて、少し空間を感じられるのが好み。今回私の声をBeta 58Aを通して聴いてみて、そういった好みの音が作りやすいマイクだなーと感じました。逆に、SM58がスタジオに基準として置いてあるのは、手に取りやすい価格でありながら、平均的で、どんな人でも使いやすいからなのかなと思います。
まとめるとSM58が“模範となる優等生”なら、Beta 58Aは少し派手で包容力のある“心優しいギャル”って感じかな。そんなあれこれを、羊文学が公私共に愛する敏腕ライブPA、ナンシーこと溝口紘美さんと一緒にお送りしていきます!
塩塚モエカ:3人組オルタナティブ・ロック・バンド=羊文学のボーカル/ギター。同バンドの作詞/作曲を担当。
今回のエンジニア
溝口紘美(ナンシー)
羊文学、シャムキャッツ、DEERHOOF、DMBQのツアーPAや、DOMMUNEやBLACK OPERA、Asian Meeting Festival、MultipleTapの音響など国内外で幅広く活動中。2020年からはオウンド・レーベルkazakami recordsをスタート!
SHURE SM58とはどう違うの?
✔ 形は似ているけど別モノ!
✔ 指向角がSM58よりも鋭い
✔ グリルの素材が異なる
✔ 高域と中域に音質の特徴がある
Beta 58AはSM58よりも焦点が定まった音
スタンダードと名高いSHURE SM58と同じくライブ・ハウスなどで普及率の高いBeta 58Aの歌唱比較を行った。
エンジニアの溝口紘美氏は「初めて買ったマイクはBeta 58A!」と気合十分! 塩塚モエカは、録音したボーカルの試聴を行うと「SM58よりも音像が広く感じられて、音量も違うと感じる。いつも使っていることもあって歌いやすい」と語る。それに対して溝口氏は「モエカちゃんの声に合っているよね。Beta 58Aの方が聴き取りやすい高域の部分に焦点が当てられているから、合っているとすごく抜けて聴こえてくる。比較的レスポンスが速いのもBeta 58Aの利点かなって思います」
指向性は、SM58がカーディオイド、Beta 58Aがスーパー・カーディオイドだ。どちらも正面の音をメインに収音するが、スーパー・カーディオイドは横から入る音をより多くカットする。これについて溝口氏はこう語る。
「SM58は近接効果(編注:マイクに声を近付けるにつれて低域が膨らむ現象)が自然なんです。Beta 58Aは指向性が狭い分、近接効果が不自然な面もあります。モエカちゃんはちゃんと動かず固定して歌えていて使いこなしているから問題ありません。でも中には、顔とかぶんぶん動かして歌いたい人も居るかもしれないので、そういう人はSM58くらい近接効果がナチュラルなものの方がいいかもしれません。あとはステージ上で“周りがうるさくてボーカルの返しが聴こえない”と言う人に、Beta 58Aを渡すと解決することがあります。SM58よりも指向性が狭いから周りの不要な音を拾わないので、結果的にモニターもしやすくなっているんじゃないかなと思いますね」
Beta 58Aは中域が少し出て抜けが良い
両機ではカプセルやその中に収められたマグネットなどの違いがあり、グリルの素材も異なる。これが音質的に影響する部分もあるのではないかと溝口氏は続ける。
「SM58のグリル・ボールはBetaシリーズのものよりも柔らかいみたいで、凹んでしまうけど安全性には優れていて、SM58の良さとしては“全部録れていること”なのですが、このグリルの柔らかい感じが音の全帯域が若干平らに感じられる理由の一つかもしれませんね。Betaシリーズは高域だけでなく中域もちょっと強いチューニングがされているので、それがボーカリストが裏声とかで気持ち良く歌える秘密なんじゃないかと思っています」
最後に溝口氏は「SM58はほかのマイクに比べて癖が無いフラットとされているマイクだから、この音を知るのはとても大事なこと」と語る。
「まずエンジニアにとってSM58は“一生付き合うマイク”なんです。でもマイクはボーカリストの音質や楽器の組み合わせによって最適なものが変わるから、アーティストはSM58を基準に音質の違いを考えられるようになるといいと思います。羊文学はバンドなので、Beta 58Aを使うと中域が少し出て抜けが良くなり、ほかの楽器とのアンサンブルでバランスを取りやすいです。もし読者のバンドマンでSM58以外のマイ・マイクが欲しいなら、Beta 58Aは試す価値があると思います」
SPECIFICATIONS
Beta 58A-X 19,580円(参考価格)
■指向性:スーパー・カーディオイド ■周波数特性:50Hz~16kHz ■出力インピーダンス:290Ω(実効値) ■感度:-51.5dBV/Pa@1kHz(2.6mV) ■質量:0.278kg
SM58-LCE 14,080円(参考価格)
■指向性:カーディオイド ■周波数特性:50Hz~15kHz ■出力インピーダンス:300Ω(実効値) ■感度:-54.5dBV/Pa@1kHz(1.85mV) ■質量:0.298kg