「僕はPro Tools触れます!」でどんどんステップアップできた~杉山勇司×佐藤純之介(アイウィル)対談 プロのエンジニアが考える、スタジオ知識の重要性(前編)

2004年に初版が刊行された書籍『レコーディング/ミキシングの全知識』は、エンジニアの杉山勇司氏が機材・レコーディング・ミキシングについて詳しく解説した貴重な書として評価も高く、順調に版を重ねてきた。しかしレコーディング環境の変化等を受け、記述内容の加筆や見直しを行ない、このたび新たに『レコーディング/ミキシングの全知識(改訂版)』として生まれ変わることとなった。これを記念して、RandoMでは杉山氏の対談記事を企画した。お相手は、"日本一多忙なディレクター/プロデューサー"の異名を持つランティスの制作会社アイウィル所属の佐藤純之介氏。アニメ・ソングを中心に、なんと年間300曲以上を生み出しているという人物だが、旧版の『レコーディング/ミキシングの全知識』を発売日に購入、熟読したという杉山氏のファンでもある。そしていまや、エンジニアとディレクターという関係で2人は数々の作品を世に送り出している。いったいどんな話が飛び出すのだろうか?
前編後編の2回に分けて、お届けしよう。

この本には、必要なこと、実践的なことしか書かれていない(佐藤)

旧版刊行当時の状況

――佐藤さんは『レコーディング/ミキシングの全知識』旧版の初版を、発売日に購入されているそうですね。

佐藤 ええ。僕はもともとプロデューサー志望で、89年末くらいから『サウンド&レコーディング・マガジン』を読み始めていたんです。で、プロデューサーになるにはどうしたら良いかと思いながらサンレコを読んでいたら、"海外のプロデューサーはエンジニアリングができる場合が多い。音を分かっている人間が、すべてを仕切っている"と書いてあって、「なるほど!」と。それで、まずはエンジニアになろうと思うようになって。そういう中でサンレコのPEOPLE & TOOLSというコーナーに杉山さんが登場されて(95年10月号:下図)、エンジニア/プロデューサーなのに、ソロ・アルバムを出している、と。しかもエンジニアとしてかかわられているアーティストは、ソフトバレエや東京スカパラダイスオーケストラなど好きなアーティストばっかりだったので、「あ、この人を目指そう!」と思ったんです(笑)。そういう流れで、杉山さんがエンジニアリングを担当したCD、サンレコでレビューしていたCDを聴きまくっていたので、著書が出た時も当然のように発売日に買っていたんですよね。

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杉山 本を読んで、少しは役には立った?

佐藤 職業としてエンジニアを名乗るか名乗らないかの時期に旧版の初版が出たんですけど、「なるほど!」ということがすごく多かったのを覚えていますね。なにしろ、必要なことというか、実践的なことしか書かれていないんですよ。僕自身は卓を触ったことが無い人間だったんですけど、本では基本的に卓でのミックスやレコーディングが解説されていて、それは全部DAWに置き換えることが可能なわけです。そういう意味では、卓に関する知識を自分の中でディスプレイ上に置き換える、という形で実践的に使うことができました。

杉山 それを聞いてほっとしました。だけど、旧版の初版の時点でもはやそういう段階になっていたということが驚きですけど。僕自身はDAWを仕事で使いはじめるのは早かったけど、2004年では全スタジオにPro Toolsが完備されていたわけではなかったからね。

佐藤 僕が業界に入った2002年ごろで、SONY PCM-3348のマルチを運ぶ仕事がギリギリあったくらいでした。マルチを運ぶか、ハード・ディスクを運ぶかっていう感じでしたから。

杉山 そのころは、アニソンじゃなくてJ-POP系の現場にいたんだよね?

佐藤 最初はJ-POPで著名な音楽プロデューサーの個人事務所に、マネージャーとして入ったんです。とにかく、何でも良いから音楽業界に入らなければ、ということで。そこで1年くらいマネージャーをやっていたんですけど、そもそもエンジニア/プロデューサーになりたくて大阪から上京したので、「エンジニアをやりたいんだ!」っていう話を会社とやり合っていたら、スタジオを作ることになったんです(笑)。それでできたのが乃木坂のStudio Loopで、僕は設立初日にチーフ・エンジニアになりました。そこから業務を始めて、2年でメジャー作品のTD(トラック・ダウン)をやっていたんだから、かなり強引だったと思います。

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▲対談現場となったランティスのマジックガーデンスタジオ1stの全景。奥にはボーカル用のブースが見える

"横入り理論"とは?

杉山 話を聞いていると、佐藤君はアシスタントの経験も無く、いきなりエンジニアになったということですね。

佐藤 ええ。Pro Toolsを使えたから、エンジニアになれたという面があったと思います。ただDAW化がどんどん進む中でも、『レコーディング/ミキシングの全知識』に書かれていたことの根幹には変化が無いわけですから、非常に勉強にはなりました。プラグイン・エフェクトはシミュレートものが多いので、ハードウェアに関する情報が書かれていたのも、大きかったですね。当時のスタジオには卓が無くて、アウトボードもUREI 1176とHA(ヘッド・アンプ)くらいだったんですけど、クライアントのオーダーとしては「○○っぽい音にしてよ」となるわけです。そういうことに全部プラグインで対応していく場合に、例えばFAIRCHILD 670のこととか、1176のことが書かれていたのは、とても参考になったんですよ。具体的に言えば、その機材がよく使われた年代や生産国などの情報ですね。そういう意味では、現場で身に付けていくべきことがたくさん書かれているので、アシスタントの時期をこの本のおかげで過ごせたと言えるかもしれません。でも、確か杉山さんもアシスタント経験は無いんですよね?

杉山 いや、実はちょっとだけある。でも、アシスタント・エンジニアでクレジットされた作品は2枚だけかな。期間としては半年とちょっとくらいでしたね。当時は、ミュージシャンに「もう修行終わったの?」ってよく言われましたね。それで、「はい。よろしくお願いします!」って返していました。

佐藤 僕はアシスタント・エンジニアをやっていた人に対して、すごくコンプレックスがあったんですよ。「俺はSSLの使い方が分からない~」みたいな。それでアシスタントに絶対勝とうと思って、とにかくPro Toolsを極めることにしました。ショートカットをひたすら覚えて、いかにタイムロス無くダブルを録れるか、とか(笑)。そこは頑張った記憶がありますね。

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杉山 僕も、卓の使い方はよく分かっていないままアシスタントを卒業したんですけど、スタジオのアシスタントさんには助けてもらおうという姿勢でしたね。それでウソをついて、SSLのスタジオに行ったら「僕はNEVEのスタジオで育ったから、SSLのことは分からないんです。教えてもらえます?」って言う。実際は、もともとSSLのスタジオにいたんですけどね。で、NEVEのスタジオに行ったら反対のことを言うわけ。たまに間違えてNEVEには無いSSLの機能をパッと押しちゃったりして、「よくあの機能をご存じでしたね?」なんて言われてバレかけて、「勉強してきたんですよ」なんて言ったりして。

佐藤 それはすごい(笑)。

杉山 そうやってバレないようにしつつ、理解の速度と深さを人より上げることで「まあ何とかなるな」って開き直るのも早かった。でも、エンジニア席に座らない限り触れないものでしたから、やっぱり卓ってスタジオにおいては重要だったんですよね。それがいまや、マウスになってしまったということで......。

佐藤 ちなみにPro Toolsが出てきたばっかりのころは、アシスタントエンジニアでもまだ使い方が分からない人が多かったんですよね。そこで、「あ、僕は触れます!」って言って、いかに現場に入っていくかという勝負でした。プロデューサーのマネージャーとして来ているのに、「Pro Toolsを使えますよ」と言ってどんどん入っていく。

杉山 まさに、僕とDub Master Xで唱えている"横入り理論"ですね(笑)。実際それくらいじゃないと、独り立ちは難しいと思いますよ。

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▲向かって左のラックには、EMPILICAL LABS Distressor、TUBE-TECH CL1B、UREI 1176LN、1176AE、1176LN、NEVE 33609/Jを、向かって右のラックにはTASCAM AV-P25R MKII、BRENT AVERIL 1073、SSL XLogic SuperAnalogue Channel Strip、FOCUSRITE ISA430、BOUTIQUE AUDIO & DESIGN NEVE 1073、VINTECH AUDIO Dual72を収納。また、デスクの上にはDIGIDESIGN Command8コントローラーやSSL XLogic X-Rackのほか、JMX XBase999、QUASI MIDI PlyMorphなども見える。「社長が機材好きで、世界中の808/909クローンをコレクトすると言っているんですよね」と佐藤氏。モニターは多くの選択肢が用意されているが、この日はGENELEC 1031、6010のほか、ミニコンポのVICTOR Deus EX-AK1が設置されていた

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▲スタジオ右手には、コンピューター本体やPro Tools I/O、パッチ・ベイなどが収められたラックが。上からSYNC I/O、192 I/O、APOGEE Rosetta800、GLYPH GT-103、CURRENT Studio Cue System PS6014、ACCUPHASE Pro-15が並ぶ

センスがより重視される世界へ

杉山 佐藤君が駆け出しのころは、Pro Toolsを使えることが武器になって横入りができた。でも今は、アシスタント君はみんなPro Toolsの操作に習熟しているから、横入りするには別の何かが必要でしょうね。

佐藤 そうなると、音そのものじゃないですかね、やっぱり。かっこいい音を作れる人が、横入りできる。

杉山 それは、むしろハードルが上がっているかもしれないね。

佐藤 Pro Toolsの操作って、訓練すればだれでもできるようになるじゃないですか? ただ、それをどう使ってどういう音を作るのか......。どういうプラグインを使うのかというセレクトのセンスだったり、どのタイミングでハードウェアを使うかの見極めだったり、もはやそういう世界だと思うんですよ。操作はすごく速いのに、ラフ・ミックスがダメなエンジニアってたくさんいますからね(笑)。「うわー、カッコ悪い~」っていうラフ・ミックスは、本当に残念だと思います。いまはツールが行き渡っているわけですから、音作りのセンスが必要なんだと思いますよ。

杉山 みんなが道具を持ってフラット化している分、センスがより重視される世界になったということですね。

――そういう中で、お2人は日常的にデモ音源やラフ・ミックスを聴かれているわけですが、クオリティの部分で問題を感じることってありますか?

佐藤 デモ音源に関しては、これまでは音圧が問題になることが多かったんですけど、最近は落ち着いてきたかもしれないですね。これには理由が2つ考えられて、1つはマキシマイザーに関してみんなが言いまくったから、変な使い方が減ったというもの。もう1つは、優秀なプラグインが増えたから、相当突っ込んでいるはずなのに、クリアに聞こえるというもの。センスが良くなったのではなく、プラグインが良くなったから、クオリティが上がっているということですね(笑)。

杉山 ミックス用のデータをもらう場合は、だいぶ余計なものが入っていない状態になってきましたね。プラグインで作りこんだオケが、ミックスに来るようなことは少なくなりました。前までは、プラグインを1個1個外すのが面倒なんだけど......っていう感じだったんですけど。でもこれは、それこそ「ミックスの時には外してきてね」って僕らが言っているからかもしれませんが。

佐藤 これに関しては、エンジニアさんが口をそろえて言っていると思うので、ルールが出来上がっているような感じはしますね。

杉山 プロの世界ではそうかもしれないですね。でもアマチュアのデータを見たりすると、やっぱりプラグインがいっぱい挿さっていたりします。まあ、簡単に手に入るから楽しくて使ってしまうのは分かるんですけど、その時期をひと通り過ごした後で、職業として携わっている人たちは、何が大事かを分かっている気はしますね。これは例えば、プラグインで何とか処理をするのではなく、むしろ音源の段階で対処しなければいけなかったんだよね、というようなことです。今では全部のトラックのレベルがそろっていて、「もうできているじゃん!」というような状態で、ミックス前のデータが来ることもありますから。昔は、ボーカルのオートメーションも入っていたりして大変だったのに。

佐藤 そういう意味では、クオリティは上がってきている気がします。

杉山 DAWで作業を始めたころから比べたら、確かにクオリティは上がっています。でも、さっきの音圧の話に戻ってしまいますけど、相変わらずレベルはでかいですよね?

佐藤 確かに、突っ込んでくる傾向はありますよね。

杉山 僕が言うなって感じかもしれませんけど(笑)。

佐藤 いやいやいや(笑)。でも1つ気になるのは、ブームが起きると、みんながそのプラグインの音になってしまうということがありますね。いまだと、みんなiZOTOPE Ozone5の音になっていますから(笑)。WAVES L2の時代があり、L3になり、IK MULTIMEDIA T-Racksの時代もあり、今はOzoneの時代です。あとはSLATE FG-Xかな。しかもみんな、プリセットそのままっていう(笑)。

杉山 特定のプラグインのキャラクターがそのまま出ているから、聴けば分かってしまうということですね。しかもそれが基準になってしまうから、持っていないといけないということにもなる。

佐藤 それはありますね。

杉山 コンペ的なところではどうなのか分かりませんけど、作品づくりにおいては、「持ってないとやばい」という意識が大きくなってしまう。そういう風潮に対しては、僕は個性を持つことの方がよほど大切だと思ってしまうんですけどね。

杉山勇司(すぎやま・ゆうじ)

1964年生まれ、大阪府出身。1988年、SRエンジニアからキャリアをスタート。くじら、原マスミ、近田春夫&ビブラストーン、東京スカパラダイス オーケストラなどを担当。その後レコーディング・エンジニア、サウンド・プロデューサーとして多数のアーティストを手がける。主な担当アーティストは、 Soft Ballet、ナーヴカッツェ、東京スカパラダイスオーケストラ、Schaft、Raymond Watts、Pizzicato Five、藤原ヒロシ、UA、NIGO、Dub Master X、X JAPAN、L'Arc~en~Ciel、44 Magnum、Jungle Smile、Super Soul Sonics、濱田マリ、Core of Soul、斎藤蘭、cloudchair、Cube Juice、櫻井敦司、School Girl '69、睡蓮、Heavenstampなど。また、1995年にはLogik Freaks名義で、アルバム 『Temptations of Logik Freaks』(ビクター)をリリース。

佐藤純之介(さとう・じゅんのすけ)

1975年大阪生まれ。YMOに憧れ90年代後期よりテレビや演劇の音楽制作の仕事を始め、2001年に上京。レコーディング・エンジニアとして市川由衣、上戸彩、玉置成実、Sowelu等J-POPの制作に参加し、2006年、アニソンレーベル株式会社ランティスに入社。ディレクター兼A&Rとして10組以上のアーティストの発掘、デビューまでを手がける。2011年ランティスの音楽制作部が独立し株式会社アイウィルを設立。アイウィル制作部のプロデューサー、ディレクター、エンジニアとして、アニソンのみならず、他のレーベル作品やインディーズ作品、劇伴等を含め年間約300曲弱の制作に携わっている。

 

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