アニソンの特徴は、聴き手も作り手も力を入れている点~杉山勇司×佐藤純之介対談 プロのエンジニアが考える、スタジオ知識の重要性(後編)

"杉山勇司×佐藤純之介"対談の後編では、2人がかかわった作品の話を中心に、話題を展開していただいた。アニメ・ソングは、どのような過程を経て作られているのか。また、どのようなポイントが存在するのか。いま最も勢いがあると言われているこの世界の一端を、ぜひ覗いてみていただきたい。

アニメの人たちはいま、すごく音楽に力を入れている印象があります(杉山)

杉山氏と佐藤氏の出会い

――前回の対談で、佐藤さんが杉山さんのファンだったことは分かったのですが、実際にお仕事を一緒にされるようになったのは最近なんですよね?

佐藤 紆余曲折がありまして......。実は2000年ごろに上京した段階では、僕は杉山さんの弟子になろうと思っていました。それで、当時杉山さんが所属されていたスタジオに履歴書を送ったんですけど、あっさり落とされてしまった(笑)。

杉山 当時、履歴書に「杉山さんの作品が大好きで......」みたいに書いている人は、ことごとく落としていたんですよ。

佐藤 その中の1人だったんですね。でも、杉山さんの活動はずっと気になっていて、その後はネットでつながって、連絡を取り合えるようにはなった。その間に僕はエンジニアになって、ランティスに入って、ある程度制作を任される立場になったわけです。それで、満を持して杉山さんに「頼みたいです!」ってお願いをした。ディレクターとエンジニアという関係でお仕事をさせていただくようになったのが、2010年のことですね。

杉山 最初にネットでやり取りをしたときは、「ライブのPAミキサーをやるから、見に来る?」みたいな感じで誘ったら、本当に来てくれたんですよね。

佐藤 CUBE JUICEのライブですね。そこで、初めて名刺交換をさせていただきました。

杉山 そうしたら、共通の知り合いがいることも話に出たりしてね。

佐藤 僕と同世代で、いつも一緒に機材の話をしている仲間がいたんですけど、彼が杉山さんのスタジオにアシスタントで入ったんです。さっきのスタジオとは、また別のところなんですけど。それで羨ましくて、「杉山さんってミックスではどういうことをやってるの?」「マイクはどうやって立ててるの?」と、まるでスパイのように彼から聞き出していたことを覚えています(笑)。

130308-taidan-studio1.jpg ▲対談現場となったランティスのマジックガーデンスタジオ1stの全景。エンジニア席上方のルーム・チューニング用のアクセサリーは、佐藤氏の要望により取り付けられたもの

初仕事は麻生夏子

――では、佐藤さんが杉山さんにオファーされた記念すべき作品第1弾は、何になるのでしょう?

佐藤 麻生夏子というアーティストの4枚目のシングル『Everyday sunshine line!』(2010年)ですね。彼女は僕がデビューから担当しているアーティストで、作品に関しては、僕が音作りも含めて全部仕切っています。で、『Everyday sunshine line!』のときは編曲がArte Refactの矢鴇つかさ君で、トランス系でキックがキモの曲だったので、ダンス・ミュージック系で骨のあるものと言えば、やっぱり杉山さんだろうと思ってお願いしました。僕からすると、杉山さんにはソフトバレエのイメージも大きかったので、ということですね。基本的な流れとしては、データの方は僕の方で全部作って、それをサーバー経由で杉山さんにお送りして、最終確認はここで行なうという感じでした。その時に初めてこのスタジオに来ていただいたんですけど、まずはレーザーでスピーカーのセッティングをされて、そこからCDをセッティングして、流したのがピーター・ガブリエルの『So』だったので、「これは、本に書いてある通りだ!」って思いました。

杉山 僕が印象的だったのは、チェックのときに佐藤君に「うん、このキックの音は知っています」って言われたこと。当たり前ですけど、キックを使い回しているわけではないのにね。

佐藤 それはそうなんですけど(笑)。グッとくる感じの処理、アタックの強い感じが、いちファンからすると「聴いたことある!」ということだったんですよね。

杉山 麻生さんは、アルバムでも参加させてもらっていますよね?

佐藤 ニルギリスのアッチュさんが曲を作ってくれた「Daylight」ですね。彼らと仕事をするに当たって、普通のアーティストが歌うアルバムの中の1曲にはしたくない、何かトガッたものを作りたいという思いがありまして。ニルギリス自体がトガッた集団なので、この人達と一緒に納得ができる音を作れる人はだれだろうと考えたときに、「ああ、これはもう杉山さんにお願いするしかないな」という感じでした。

杉山 他にも、中西さんのセッションで呼んでくれたり......。だんだん思い出してきた(笑)。

佐藤 はい。中西亮輔さんのアレンジで、美郷あきさんの「Can you feel me」でもミックスをお願いしていますね。また、アーティストとしてのニルギリスの作品もアイウィルで制作しているのですが、そこでも杉山さんにお願いしたり......。あとは麻生夏子のセカンド・アルバム『Precious tone』は、杉山さんとニルギリスでやった曲もあれば、ミトさんとagraphさんのアニソンDJユニット、2ANIMEny DJsやoverrocketに作ってもらった曲もあったりして、実はかなりサンレコっぽい作品でもあるんですよ(笑)。僕は、サンレコを創刊号から全号コレクションしているほど、サンレコマニアなんですよねぇ。実は、祐天寺浩美さんの"お部屋一刀両断"というコーナーにも出たことがあるほどです(2000年1月号)。地元の大阪で、友だちとのユニットで音楽活動をしていた時期ですね。

130312-taidan-oheya.jpg130308-taidan-booth.jpg

▲歌録りが行なわれるスタジオ1のブース

130308-taidan-mic.jpg

▲ブース内のデシケーターに用意されていたマイクの中から、ごくごく一部をご紹介。左上の黒いマイクがSONY C800Gで、その下段右からNEUMANN U87、U87AI、U67、SOUNDELUX 250、E47、U99、TELEFUNKEN AK70、BRAUNER VM1と、貴重なマイクが並ぶ。最下段は右からBLUE Bottle、FLEA M49、NEUMANN M149、AKG The Tube、TELEFUNKEN R-F-T、AKG C414-ULS、C414 LTDというセレクション。「やっぱり歌が大事なので、声が映えるマイクを集めるようにしています。中でも活躍しているのが、M149ですね」(佐藤氏)とのことである

アニメ・ソングのミキシングの実際

――ところで佐藤さんの中では、どういう時に杉山さんにオファーするという基準は何かあるのでしょうか?

佐藤 やっぱり杉山さんの音ってすごく個性があって、僕の中ではすごく洋楽チックな音だという認識なんですよね。あんまりJ-POPっぽくないというか......。それで、「この曲は杉山さんにお願いしたい!」という曲が出てくるんだと思います。

杉山 個人的にはミックスしている曲がJ-POPかどうかを気にしたことが無いので、そういう区別をしてほしくはないんですけどね(笑)。でも確かに、ラフ・ミックスやセッション・ファイルから方向性を読み取るときに、「僕を呼んだのはこういうことなのかな?」というのは、汲み取る一因にはなっていますね。

佐藤 でも、いまだに杉山さんと仕事をするときは緊張するんですよ。ミトさんはそれを知ってか知らずか、Pro Toolsのエディットを「純之介さん、やってくださいよ!」って言うんですけど......。でもそれって、「杉山さんのPro Toolsで俺がやるのかよ?」っていうことじゃないですか(笑)。だから、「そのハードルの上げ方は止めてもらえません?」って言うんですけど。

杉山 ああ、コーラスのエディットの時だね。

佐藤 はい。コーラスのグリッジノイズ・エディットみたいなところですね。

杉山 それでいて、「2人とも出て行ってもらえます?」なんて言って、佐藤君は1人で完成させていたじゃない(笑)。

佐藤 「ちょっと時間もらえます?」、みたいな感じで言ったりして(笑)。――佐藤さんはエンジニアとしての経験もおありなので、ご自分で音をいじることもできる。そうなると、かなり明確に出来上がりのビジョンがあるのでしょうか?

佐藤 そうですね。でも、そのビジョンに対してプラス・アルファしていただけるエンジニアさんは、やっぱり数が少ないです。そういう中で、そのベクトルが杉山さんの作る音にあると考えた楽曲を、杉山さんにお願いするという形なんだと思います。――杉山さんとしては、アニメ系の音楽のエンジニアリングで特に気を付けている部分は何かありますか?

杉山 基本的なアプローチはどんな音楽でも一緒なんですけど、ボーカルの大きさに関しては、アニメの世界ならではの部分があるかもしれないですね。これはアニソンというジャンルで必要とされるバランスで、だからといって一律何dB上げるとかいう話でもない。そういう意味では、作品として存在するためのバランスだから、大きな意味ではどんな音楽でも一緒と言えます。ちょっと禅問答が入ってしまいましたが(笑)、そういう感じで考えていますね。

佐藤 ミックスの最終確認って、杉山さんとの場合はアレンジャーさんも同席する場合が多いのですが、実は大半の現場では僕1人だけが立ち会っているんです。やっぱり、声優が演じるキャラクターをメインにした作品の場合、アレンジャーさんのTD確認とは方向性がマッチしないことが多いわけです。オケは良くなったけど、オケと歌のバランスが悪くなったりする、ということですね。その辺は、確かにこのジャンルの特徴と言えると思います。

アニメ・ソングに特徴的なこと

杉山 アニメ系の特徴ということで言えば、アニメの人たちはいま、すごく音楽に力を入れている印象があります。生楽器も贅沢に使いますし、求められるクオリティも上がっている。そういう意味でのやりがいも、とても感じています。

佐藤 アニメのサウンドトラックだと、9割くらいは弦が入っている感じですからね。さらに壮大なスケールのものだと、ブラスや特殊楽器も入ってくることもありますし。

杉山 大規模編成の生を録る機会は、僕の場合、アニメの音楽をやるようになってからの方がはるかに多いです。それこそアニメの創世記にはオーケストラで演奏していたわけですけど、ある時期からはどんどん打ち込みになっていって、簡単な音楽になってしまった。それがいま、戻りつつあるということでしょうね。

佐藤 やっぱり音源としてしっかりしたものを作らないと、ユーザーが満足してくれないですよね。僕はもともとJ-POP畑で仕事をしていて、いまはアニメ畑で仕事をしていますが、アニメのユーザーの方が音楽に対する要求のハードルが高い気がします。

杉山 ユーザーのニーズなのか、作っている方の思い入れなのか、それともその両方なのか(笑)。

佐藤 もちろん予算のめぐりもありますけど、ファンがすごく大事に聴いてくださるので、その分、細かい部分まで気を遣います。ニュアンスの1つまで聴き逃さないで聴いてくれますから、そこは詳細に細かく作っていますね。もちろん歌詞も大事だし、曲も大事ですけど、素材としての声をいかにちゃんと録るかというところから始まって、ミックスであまりに生とかけ離れてしまわないかとか、気にするところはたくさんあります。

杉山 そういうこともあって、スタジオにはいろいろ手を加えたんだよね?

佐藤 入社して2週間目で、ちょっと定在波が気になったので、コントロール・ルームに吸音材の屋根を足したり、壁の吸音材を全部抜いて入れ直したりしました。

杉山 スタジオは2つありますが、そのおかげか、ミックスのチェックはどちらもやりやすいですよ。

佐藤 ありがとうございます。

杉山 ミックス・チェックのたびに自分のコンピューターやハードウェア、電源ケーブルなんかを持ち込んで裏の配線を変えているから、このスタジオを一から組み立てられるくらいには慣れてきたかな(笑)。

佐藤 モニターは、杉山さんの場合はYAMAHA MSP7 Studioですよね。これは、スタジオのものをお使いいただいています。僕が仕事をする上では、GENELEC 1031と6010の2台が聴きやすいのでよく使いますね。

改訂版はクリエイター志向の人に最適?

杉山 しかし、今日はゆっくり話せて良かったです。佐藤君が本当に『レコーディング/ミキシングの全知識』を読んでくれていたのも分かったし。

佐藤 まあ、僕は相当読み込みましたよ。でも、読むだけではダメだと思うんです。読んで実践する、読んで使ってみる。僕がアシスタントの段階をショートカットできたのは、まさに本で読んだことを実践した積み重ねがあったからこそだと思います。

杉山 試すのはやっぱり大事だよね。でも、そういうショートカットの役に立つことは想像していなかったので、ちょっと驚きです。

佐藤 でも旧版の初版が出た2004年当時と比べて、今の方が自分の作りたい音楽を明確に持っている人が多いと思うんですよ。初音ミク等のツールがあるおかげで、目指す音楽がとても明確になっている。もちろん没個性化も進んでいますが、クリエイティビティの底上げにもつながっている。だから旧版と改訂版では、読み方が変わってくるとは思います。そもそも旧版は、スタジオに入ってエンジニアになろうっていう人への参考書的な位置付けだったと思うんです。でも今の人の多くは、DAWでだれよりもクオリティの高い音楽を作りたいとか、コンプとかEQの使い方をもっと知りたいっていうところで、自分の音楽のクオリティを上げたいと思っているわけです。そういうクリエイター志向の人たちが読むべき本として、改訂版はあるんじゃないかなと思っています。

杉山 旧版を書いていたころは、録音がパーソナルなものになっていく時期ではあったんですけど、僕自身はそういう読者層は想定していなかった。むしろDAWの話は陳腐化も速いから、なるべく載せない方向で考えていたくらいです。そして、機材やレコーディング、ミキシングのベーシックなところだけを解説していることが、逆に今のDAWやDTMユーザーにとって役に立つならとてもうれしいですね。

佐藤純之介×杉山勇司
SONG LIST(2013年2月現在)

  • 麻生夏子
    「EVERYDAY SUNSHINE LINE!」 「starry-eyed future」
    「Daylight」
  • 美郷あき
    「Can you feel me」
  • ニルギリス
    「ユビキタス(ムルムルのテーマ)」 「Crazy for you(西島&みねねのテーマ)」
  • Choucho
    「かみつれを手に」
    etc...

杉山勇司(すぎやま・ゆうじ)

1964年生まれ、大阪府出身。1988年、SRエンジニアからキャリアをスタート。くじら、原マスミ、近田春夫&ビブラストーン、東京スカパラダイス オーケストラなどを担当。その後レコーディング・エンジニア、サウンド・プロデューサーとして多数のアーティストを手がける。主な担当アーティストは、 Soft Ballet、ナーヴカッツェ、東京スカパラダイスオーケストラ、Schaft、Raymond Watts、Pizzicato Five、藤原ヒロシ、UA、NIGO、Dub Master X、X JAPAN、L'Arc~en~Ciel、44 Magnum、Jungle Smile、Super Soul Sonics、濱田マリ、Core of Soul、斎藤蘭、cloudchair、Cube Juice、櫻井敦司、School Girl '69、睡蓮、Heavenstampなど。また、1995年にはLogik Freaks名義で、アルバム 『Temptations of Logik Freaks』(ビクター)をリリース。

佐藤純之介(さとう・じゅんのすけ)

1975年大阪生まれ。YMOに憧れ90年代後期よりテレビや演劇の音楽制作の仕事を始め、2001年に上京。レコーディング・エンジニアとして市川由衣、上戸彩、玉置成実、Sowelu等J-POPの制作に参加し、2006年、アニソンレーベル株式会社ランティスに入社。ディレクター兼A&Rとして10組以上のアーティストの発掘、デビューまでを手がける。2011年ランティスの音楽制作部が独立し株式会社アイウィルを設立。アイウィル制作部のプロデューサー、ディレクター、エンジニアとして、アニソンのみならず、他のレーベル作品やインディーズ作品、劇伴等を含め年間約300曲弱の制作に携わっている。

 

関連記事

関連リンク