360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、ソニーの360立体音響技術を活用し、全方位から音に包み込まれるようなリスニング体験をもたらす。今回は、羊文学が2023年に実施したツアー『If i were an angel,』のZepp Haneda公演でのライブ音源を紹介。メンバーの塩塚モエカ(vo、写真中央)、河西ゆりか(b、同左)、フクダヒロア(ds、同右)とエンジニアの櫻井繁郎に話を聞く。
Photo:大森宏樹(OTUS)、小原啓樹(※エンジニア写真) 取材協力:ソニー
今月の360 Reality Audio:羊文学 Tour 2023 “if i were an angel,”
羊文学 Tour 2023 “if i were an angel,” 2023.10.03
(ソニー) 1月31日配信開始
Amazon Music Unlimited配信曲:
more than words(*)/FOOL/永遠のブルー/光るとき(*)/夜を超えて/マヨイガ/1999/OOPARTS(*)/あいまいでいいよ
*360 Reality Audio Live/YouTubeで360 Reality Audio版のライブ映像を配信
配信サービス/配信リンク
●360 Reality Audio Liveアプリ(無料)
●YouTube 羊文学オフィシャルチャンネル
●Amazon Music Unlimited
羊文学 インタビュー 〜私たちの音楽がラウドに鳴っているのを感じられて自信が付きました
後ろへ回り込むリバーブや腹に響くベースを感じた
1月31日から配信される羊文学 Tour 2023『If i were an angel,』の360 Reality Audio。これは、昨年12月の『クリスマスマーケット in 西武渋谷店』でお披露目されたものだ。
「西武渋谷店でのクリスマスイベントの一環で、Zepp Hanedaのライブ映像9曲を360 Reality Audioでお届けしました。シアターのような空間でスピーカーを使った体験と、通路に置いたヘッドホンで試聴できるようになっていました」
そう話す塩塚をはじめ、羊文学のメンバーはこれが初めての360 Reality Audio制作であったという。続けて、塩塚にその感想を尋ねると「空間の広がりがリアルで、歌やギターが立体的に聴こえて没入できました。特に「FOOL」を聴いたときに“すごい!自分たちかっこいいじゃん!”と思いました。私たちの音楽はこうやってラウドに鳴っているんだ、と感じられて自信が付きました」とうれしそうに話してくれた。
「Zepp Hanedaでライブを見たときの感じがそのまま出ていました」と話すのはベーシストの河西だ。
「ギターやボーカルの後ろへ回り込んで聴こえるリバーブを感じられたり、キックやベースが腹に響く感じがして“体感型だな”と思いました。お客さんの声が周りから聴こえるのも本当に会場にいるみたいでした」
フクダはドラマーの視点で「ドラム3点(キック、スネア、ハイハット)の聴き心地が良く、エモーショナルなサウンドで聴けて良かったです。ライブを客観的に見られて、セッティングの美しさも再確認できました。そういう視覚的な楽しみ方もできますし、いろいろな発見があって新鮮ですね」と話した。
ぜひ音楽ファン全員に体験してほしい
リスナーへ向けて聴きどころや楽しみ方を尋ねると、河西はライブ音源ならではの楽しみ方を挙げる。
「私たちの曲はライブと音源作品で結構違う所があるのですが、360 Reality Audioだとその違いもはっきりするし、ライブの雰囲気が分かってもらえると思います」
続けて塩塚はその試聴環境についてこう提案する。
「テレビなどの大画面に携帯をつないでヘッドホンで聴いたら、本当のライブみたいになって面白いと思います。配信で見られる世界中のフェスが360 Reality Audioでリアルに楽しめたら、ミュージシャンのプロモーションにもすごく良いですよね。オンラインゲームの『フォートナイト』みたいに、実際の会場以外にライブできる場所が増えて、それが生のライブと変わらない感じで届けられたら面白そうです」
フクダは「360 Reality Audioはオルタナティブロックやシューゲイザーポストロック、ドリームポップなど、浮遊感や陶酔感、多幸感のある音楽と合うので、羊文学の楽曲もまた違う楽しみ方ができると思います。実験的な音楽とも相性が良さそうですし、ドローンミュージックのような、トリガーを駆使したスネアのサウンドなどを取り入れてみたくなりました。ぜひ音楽ファン全員に体験してほしいです」と話す。
そして最後に塩塚は今後の制作にも意欲を見せた。
「360 Reality Audioはリバーブ感とかコーラス感が面白いので、その前提で曲を作ったらまた違いそうですね。羊文学にはコーラスが点在して聴こえるような曲もあるので、回るように聴かせたりしたらもっと面白くなると思いました」
Engineer|櫻井繁郎 インタビュー
【Profile】1992年に音響ハウスへ入社。レコーディング・スタジオのエンジニアとしてスタジオ録音に携わりながら、フィールド、アフレコ、イベントなど、音に関係する多種多様な録音に参加している。
観客が前後左右にいる5列目くらいで聴くイメージ
ここからは、360 Reality Audioの制作を行った音響ハウスの櫻井に話を伺う。まずは当日のライブ収録でのオーディエンスマイクの立て方とマイク選びについて尋ねた。
「天吊りができないので、両サイドのバルコニーとバルコニー下のケーブルフックに2本ずつ立てました。ステージ前の下方には、歓声を録るためのマイクを客席に向けて4本立てていて、中央2カ所はソニーのECM-100U、両サイドはAKG C 451 Bを採用しました。FOHの左右にはECM-100U、FOH前にはAmbisonicsマイクのSENNHEISER AMBEO VR MIC(以下AMBEO)を立て、ステージのPAスピーカー横に採用したのはDPA Microphones 4011Aでした。立て方にもよりますが、これまでの経験上ラージダイヤフラムのマイクだと音像が近すぎることがあったので、今回は狙った距離感を出しやすいペンシルマイクを多用しました」
その後、別で制作された2ミックスのステムを受け取り、360 Reality Audioを制作したという。
「メリハリがあってアグレッシブな2ミックスだったので、それを損なわないように360 Reality Audioを作りました」
続けて櫻井はリスニングポイントの設定について解説。
「2ミックスに入っていたオーディエンスが前方から聴こえるので、最前列ではなく、観客が前後左右にいる5列目くらいの座席で聴くようなイメージで作りました。2ミックスをアップミックスして後ろにも送ったり、オーディエンスをマイキング位置に合わせて置くことで空間のバランスを取っています。さらにAMBEOで収音した4ch(ステレオ2系統)を7.1.2chにアップミックスして配置して臨場感を出しました」
ディレイが前から後ろに流れて聴こえるように配置
楽器やボーカルなどの実音についても2ミックスの音像を意識したという櫻井。
「楽器とボーカルの実音は、基本的に正面の耳の高さに配置して、2ミックスに近づけました。今回の場合は音源のみでも配信されるので、ライブ映像に合わせて位置を動かしたりはしませんでした」
リバーブやディレイなどの空間系エフェクトによる空間作りの手法も尋ねよう。
「2ミックスのエフェクトを生かしつつ広がりを持たせました。空間を強調するディレイとリバーブを追加したほか、2ミックスで使われていたエフェクト成分をアップミックスして空間全体に散らしています。使用したリバーブプラグインはLiquidSonics Seventh Heavenで、会場のイメージから基準となるプリセットを選びます。Zepp Hanedaはホールより無機質な響きなので、少し冷たい感じのプリセットを選びました。リバーブはほかのオブジェクトの間を埋める感じで配置して、空間のつながりが良くなるようにしています。ディレイに関しては、2ミックスの段階で入っているディレイが正面から聴こえるので、後ろにもオブジェクトを追加して流れて聴こえるようにして、ライブハウスらしさを出しました。ディレイが後ろから大きく返ってくると違和感を覚える人もいるので、前後の加減を考えてレベル調整をし、後ろに配置したオブジェクトに耳が引っ張られすぎないような自然な感じを狙いました」
最後には、「AMBEOを3本くらい使って収録できたら楽しそうです」と今後のライブ収録の展望を語ってくれた。
360 Reality Audioミックス・テクニック
羊文学 Tour 2023『If i were an angel,』の360 WalkMix Creator™画面。櫻井は、できるだけ2ミックスと音像が変わらないような工夫を施したといい、ギター、ベース、ドラムとボーカルの実音は、それぞれステレオオブジェクトとして正面に配置。エフェクトは2ミックスを生かしつつ広げる方向性で設定を行い、南半球には、2ミックスのエフェクト成分をアップミックスしたものやすべてのオーディエンスマイクを送るオブジェクトを用意し、全体を包む感じを出した。
Point:オーディエンスマイクの配置
画面上で、色が付いているのはすべてオーディエンスマイク関連のオブジェクト。❶の暗褐色のオブジェクトは、FOH正面に立てられたAmbisonicsマイクSENNHEISER AMBEO VR MICで収音した4chのデータを元にしたもので、NUGEN Audio HALO UPMIXを使って7.1.2chにアップミックスした後にオブジェクトとして配置している。
そのほかのオーディエンスマイクは、実際のマイキング位置に近づけてオブジェクト配置をすることで、前後左右から歓声に包まれるような臨場感を目指したという。ステージ両脇のPAスピーカー横に立てたマイクは前方の左右(青)、会場後方に設置されたFOH横のオーディエンスマイク(黄緑)はリスナーの斜め後ろに配置。❷のステージ下中央(緑)やステージ下サイド(黄)は正面の目線よりやや下、後方のバルコニーに配置したマイク(水色)は後方上部に配置されている。