360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、ソニーの360立体音響技術を使用し、全方位から音に包み込まれるようなリスニング体験をもたらす。ここでは、シンガーソングライターのさかいゆうが10月にニューヨークのパワー・ステーションから配信したオンラインライブをピックアップ。さかいゆう本人へのインタビューに加え、レコーディングから360 Reality Audio制作まで手掛けたニューヨーク在住のエンジニア、Akihiro Nishimuraのインタビューとテクニック解説を通し、2人が感じる360 Reality Audioならではの魅力や表現方法に迫る。
Photo:小原啓樹、渡辺忠敏(Power Station at Berklee NYC) 取材協力:ソニー
今月の360 Reality Audio:Movie『Yu Sakai YouTube Live “Story” from New York』
2023年10月7日に、ニューヨークに位置するレコーディングスタジオ、パワー・ステーションのスタジオAで行われたさかいゆうのオンラインライブ『Yu Sakai YouTube Live “Story” from NewYork』。レコーディング、ミックス、360 Reality Audio制作はエンジニアのAkihiro Nishimuraが手掛けた。360 Reality Audioに生まれ変わった「まなざし☆デイドリーム」「ストーリー」「薔薇とローズ」「よさこい鳴子踊り」がさかいゆう Official YouTube Channelにて公開中。他楽曲も順次公開予定。
配信サービス
・さかいゆう Official YouTube Channel
配信リンク
・YouTube LIVE “Story” from New York powered by 360 Reality Audio
さかいゆう × Akihiro Nishimura 〜倍音がステレオより何倍も感じられていきなり情報量が増えた
【さかいゆう/写真右】高知県土佐清水市出身。唯一無二の歌声と、ソウル、R&B、ジャズ、ゴスペル、ロックなど幅広い音楽的バックグラウンドをポップスへと昇華させるシンガーソングライター。12月13日にはキャリア初のベストアルバム『さかいゆうのプレイリスト [白と黒]』をリリース、2024年3月には全国4カ所を巡るホールツアーも決定している。
【Akihiro Nishimura/写真左】ニューヨークを拠点とするグラミー賞、ラテングラミー受賞経験のあるレコーディング・ミキシングエンジニア。2006年アバタースタジオ(現&旧パワー・ステーション)に入社し、2016年に独立。世界的に著名なプロデューサー、エンジニア、ミュージシャンと共に、ジャンルや国境を越えて音楽制作に励む。
弾くだけでその場所が幸せに共鳴する
さかいゆうが自身のデビュー記念日である10月7日に開催したオンラインライブ『Yu Sakai YouTube Live “Story” from New York』。ニューヨークの老舗レコーディングスタジオであるパワー・ステーションを会場として、国境を越えた総勢14名のミュージシャンによるバンド編成で行われた。このライブがどのようなものだったか、さかいに話を聞こう。
「始まるまですごく待ち遠しかったんですよ。ニューヨークまで来てこれは外せないぞと。しかも1回しかチャンスがないから、いい緊張感でできてよかったですね。2日間のリハーサルでバンドがどんどん固まっていくのが楽しくて、最終的にはあの日しかないサウンドやグルーブ、緊張感が出せて楽しかったです」
当日のレコーディングとミックスに加え、11月からYouTubeで配信開始したライブ音源の360 Reality Audio制作を担ったのは、ニューヨークを拠点に活躍するエンジニアのAkihiro Nishimuraだ。Nishimuraはこう振り返る。
「あのライブで感じたのは、お互いがお互いの音をすごく聴いて反応していて、それぞれの強弱やノリがグルーブになって、ゆうさんもガンガン行くし、バンドもガンガン行くし、ずっとバトルしてるけどリスペクトしあって一つのものをみんなで作るような空間でした。パワー・ステーションのスタジオAはドーム型に包まれたスタジオで、そのど真ん中にグランドピアノがあるんです。ピアノのボディが共鳴して倍音が出るのに加えて、部屋で反響した倍音も鳴っているので、スタジオの音響とピアノの相性の良さをすごく感じました」
さかいも演奏していてその魅力に引き込まれたようだ。
「パワー・ステーションのピアノはとにかく素晴らしくて、ずっと触りたくなるような音でした。サッと弾いただけで曲になるような倍音が出て、良いシンガーがずっと歌ってくれるような感じで、弾くだけでその場所が幸せに共鳴するんです」
Studio|Power Station at Berklee NYC
面白い発見と音楽的にこうあるべきというものの両立
今回が初の360 Reality Audio制作となったNishimura。
「ステレオでもイマーシブでも、アーティストの頭の中にある音楽と、音楽そのものが持つ“この音はこう行きたいだろうな”というものを自分の中で関連付けます。360 Reality Audioも、何でもかんでも動かすのではなく、面白い発見と音楽的にこうあるべきというものの両立を考えて作りました」
ライブ2カ月前の8月には同じくパワー・ステーションでさかいのレコーディングを敢行。Nishimuraはそのエンジニアリング、360 Reality Audio制作も手掛けた。
「8月のレコーディングでも、ミュージシャンがすごくリスペクトを持ってセッションに臨んでいて。デモを聴き込んでそれに合う音作りをしてくれていたり、セッティングを決めて“よしやろう”って言ったらバチバチに良いテイクだったりしたので、オフマイクを録って彼らの出したい音が音楽としてちゃんと当てはまるようにすごく意識していましたね。オンラインライブも基本は一緒ですけど、より自然なものを作りたいと思っていました。ゆうさんの声は力があるからみんなを率いてくれるんですよね。歌がちゃんと強くて、音楽的にみんなうまいしアレンジも良くて変に干渉し合わないから、凝ったことをしないで素材の味はそのままに、あえて作り込みすぎないことが大事かなと思いました」
さかいも「配信はすごく現場に近い音になりました。Akiさんが言うようにあまりいじらないのが良かったかも」と話す。
ピアノが手元で聴こえるように帯域を分けて配置
オンラインライブのコンセプトについて「ゆうさんの位置で聴いているイメージで、ピアノは手元、歌は正面から聴こえて、バンドみんなに囲まれてるような音作りをしたいと思っていました」と話すNishimura。その具体的な手法はこうだ。
「ボーカルや楽器単体のオブジェクトだけでなく、実音をまとめたバスやエフェクトをまとめたバスをトップ、水平、ボトムにそれぞれ作って、そこにいろいろな音を送りました。ボーカルは9個のオブジェクトに分散していて、水平の高さにステレオで配置したもののほか、頭上と後方下でもステレオで実音を鳴らしています。さらに、実音に包まれた先でエフェクトにも包まれるような二重構造にしています」
ピアノが手元で聴こえるような音作りにも注目してみよう。
「アンビエンスマイクはステレオ3系統で、メインはソニーのECM-100NをAB方式で、ホーン、クワイア付近にはそれぞれECM-100UをXY方式で立てました。ピアノは手元で鳴るのを再現するために、同じピアノの音を3個のオブジェクトに複製してEQで帯域を分けて配置しています。当日はピアノのふたを閉めていたので、もう少し響きを出すために高域の成分とアンビエンスを足したものを後ろ2個のバスオブジェクトから出して、下には低域のオブジェクトを置いて下から包まれる感じを出しました。それを合わせることで、ピアノが聴く人の手元で鳴る感じを出しました」
ライブに出向いて聴きに行く感じで体験してほしい
最後にさかいは360 Reality Audioの体験を振り返りつつ、リスナーへのメッセージをこう寄せた。
「360 Reality Audioだと包み込まれるようにいろんなところから音が来るので、スタジオに招いてもらって自分の周りでミュージシャンに演奏を聴かせてもらっているような体感があります。倍音がステレオより何倍も感じられて、いきなり情報量が増えた感じがしました。ぜひ、ライブに出向いて聴きに行く感じでヘッドホンをかけて360 Reality Audioを体験してみてください。やみつきになってもう戻れないですよ」
360 Reality Audioミックス・テクニック
Point:コーラスをバスに送り全体で鳴らす
360 Reality Audioの球体全体の鳴りを出すための工夫として、実音を送るバスのオブジェクトを用意していることがAkihiro Nishimuraの特徴的な手法だ。コーラスを例に挙げると、v1、v2に女性ボーカル、v3、v4に男性ボーカルのオブジェクトを配置。その4名によるコーラスの実音すべてを上方のR5(Room5)と名付けた5個のオブジェクトに送ることで、上からの鳴りも補強している。