AI『DREAM TOUR2022』〜今月の360 Reality Audio【Vol.13】

AI『DREAM TOUR2022』〜今月の360 Reality Audio【Vol.13】

ソニーの360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、360立体音響技術を使用した音楽体験で、全方位から音に包み込まれるようなリスニングをもたらす。今回は、昨年12月に東京国際フォーラムで開催されたAIのライブ『DREAM TOUR2022』ファイナル公演をピックアップ。アプリ“360 Reality Audio Live(サンロクマル・リアリティオーディオ・ライブ)”で3曲が無料配信され、ライブ映像とともに楽しめる臨場感たっぷりの作品となっている。そのミックスについて、エンジニアの奥田泰次氏にソニー・ミュージックスタジオにて話を伺った。

Photo:cherry chill will.(メイン写真)、上飯坂一(ライブ写真)、小原啓樹(スタジオ/製品写真) 取材協力:ソニー

今月の360 Reality Audio:AI『DREAM TOUR2022』

AI『DREAM TOUR2022』

AI『DREAM TOUR2022』

AI『DREAM TOUR2022』
2022年12月9日@東京国際フォーラム|ホールA

360 Reality Audio Live配信楽曲:
「Opening~Not So Different Remix feat. Awich」
「アルデバラン」
「WE HAVE A DREAM」

 配信サービス 
360 Reality Audio Live
※スマートフォンアプリ“360 Reality Audio Live”にて視聴可能です

会場で聴くようなブーミーな音の質感も入れる

 以前からAIのライブ作品を手掛けてきた奥田泰次氏。今作での360 Reality Audio制作のオファーをこう振り返る。

 「AIさんのライブ作品にはこれまでも関わっていて、イマーシブ・ミックスも経験や興味がありましたが、360 Reality Audioは今回が初めてでした。録音で入ったSCIさんと相談しつつ、360 Reality Audio想定で録音が行われました」

 マイクの選定や配置において、今回の大きなトピックの一つが、Ambisonicsマイクの活用だ。

 「僕が360 Reality Audioのデモ音源を聴いたときにシンパシーを感じた作品が、ざわざわした雑味のある音の空間にポツッと主役のリード・ボーカルがいるような音像で、それを目指したいというところから始まりました。国際フォーラムはPA音が大きめなので、会場で聴くようなブーミーな音の質感も入れる想定をしてマイクを置いたんです。テスト・ミックスで低音をよく拾っていた舞台袖のマイク配置を生かし、天井にも6本ぐらい吊りました。FOH付近にはAmbisonicsマイクを立てていて、リバーブだと出せないような雑味のある音が狙った以上に入っていましたね。リバーブで空間を広げて歓声の部分だけアンビエンスを上げるのがライブ作品でよくある手法なのですが、リバーブだけで広げてみたら物足りなかったので、今回はAmbisonicsマイクの音を7.1.2chで配置して、アンビエンスを初めから多めに出しました」

Engineer|奥田泰次

Engineer 奥田泰次

【Profile】studio MSRを拠点とするエンジニア。近年はTempalay、Mono No Aware、中村佳穂、ハナレグミ、原田郁子、AJICO、七尾旅人、SOIL & "PIMP" SESSIONS、細井美裕、アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』などを手掛ける

リスナーとして聴いてどう思うかをフィードバック

 360 Reality Audio制作はソニー・ミュージックスタジオにて実施。作業はスピーカーとヘッドホンを使って進行した。

 「制作ソフトウェアの360 WalkMix Creator™の構造を含めてアドバイスも欲しかったので、作業はスタジオのスピーカー環境で始めました。オブジェクトの配置場所によってかなり音色が変わるので、ヘッドホンでも聴きながら試行錯誤しましたね。ヘッドホンは普段使っているものも持ち込みましたが、ソニーのMDR-MV1はパンニングの感じが分かりやすく、スムーズな音だったので一番作業に合いました」

奥田氏が使用したソニー製のヘッドホン/イヤホン。ヘッドホンは、左が作業に使用したMDR-MV1、右が主に確認用に使用されたWH-1000XM5。手前に置かれているのは、イヤホンのWF-1000XM4

奥田氏が使用したソニー製のヘッドホン/イヤホン。ヘッドホンは、左が作業に使用したMDR-MV1、右が主に確認用に使用されたWH-1000XM5。手前に置かれているのは、イヤホンのWF-1000XM4

 会場全体の空気を感じさせつつ、AIのパワフルなボーカルを聴かせる音作りについては、こんな工夫があるそうだ。

 「ボーカルはステレオのオブジェクト同士の間隔を狭めて、スピーカーの中心を狙って配置しました。AIさんのボーカルは正面のスピーカー、男性コーラスは正面左、女性コーラスは正面右のスピーカー上に置いています。ボーカルが“点”に近い状態で聴こえることで、相対的に空間が広がって感じるのは、デモを聴いたときに気付きました。やっぱり“聴く”行為ってすごく大事ですね。まずはリスナーとして360 Reality Audio作品を聴いて、自分がどう思うかをフィードバックして“こう聴かせたい”って発想になるので。自分が360 Reality Audio初心者なので、感覚的に立ち返ることが多かったのですが、でもそれが面白いんですよね」

曲の個性を出す要素の“シーケンス”を聴かせる

 『DREAM TOUR2022』では、生演奏のバンドに加え、各楽曲でシーケンスも駆使しながら、激しいダンス・チューンから「アルデバラン」のようなバラードまで、さまざまな楽曲が展開された。その中で、奥田氏は「今回はシーケンスが曲の個性を出す大事な要素だと捉えた」と振り返る。

 「生演奏のバンド・スタイルから少し浮いてもいいからシーケンスを聴かせることを目指しました。シーケンスを少し後ろに回したり、楽器がないところに置くことで独立して聴こえるようにしています。例えば「WE HAVE A DREAM」では、リズムが倍になるパーカッションのシーケンスを正面下と真横に配置して聴かせ、少し跳ねたアッパーな感じを出しました。生楽器は割と自然な状態で、ベースはボーカルより少し下、ギターは少し上に置きました。ドラムはキック、スネア、タム、オーバーヘッドのオブジェクトを立て、シーケンス強めのダンス・チューン「Not So Different Remix feat. Awich」では、キックの低音部分だけをさらに分けて下方に置いています」

そのライブをどういう質感で聴かせるかが大事

 360 Reality Audio Liveアプリでライブ映像として配信される『DREAM TOUR2022』。奥田氏は「アンビのモワッとした音が映像とリンクしたらいいな」と話す。

 「コーラスを例に挙げると、音自体は先述の通りコーラス2人の位置を正面左と右ではっきり分けたのですが、実際はステージの左に2人が並んでいたので、映像のカットによってはリンクしづらい部分もあります。そこは迷いどころなのですが、具体的な配置より、そのライブをどういう質感で聴かせるかが大事だと思うんです」

 映像が付いていることの効果は、音圧と空間の広さの関係にも影響してくるようだ。

 「空間を最大限に感じさせるには、あまり音圧を上げすぎない方がいいですが、低すぎると物足りなくなってしまいます。ライブ映像では、音圧が上がり空間的な要素が減っても、映像で視覚的に補塡(ほてん)されるようにも思います」

 最後に奥田氏に今後の展望を尋ねたところ、「360 Reality Audioに根ざした作品を一から作ってみたい」と話す。

 「360 Reality Audioは表現の自由があって、今回のように雑味を感じさせるようなラウドなサウンドを作る表現にもいろいろやり方があると学びました。全球中で音が滑らかに動くので、感覚的に制作を行うアーティストと組むのも面白そうです。映像との親和性がとても高いことは分かったので、逆に映像がない真っ暗な中でファンタジーや現実味を表現するとか、360 Reality Audioのフォーマットを生かす音だけの作品や、インスタレーションとしてその場で体験する作品もやってみたいですね。手を動かすのはエンジニアでもアーティストでもいいので、アーティストがもっと介入して積極的に楽しんでもらうことがすごく大事だと思います」

360 Reality Audio ミックス・テクニック

奥田氏が制作したAI『DREAM TOUR2022』の360 WalkMix Creator画面

 奥田氏が制作したAI『DREAM TOUR2022』の360 WalkMix Creator™画面。全73個のオブジェクトで構成され、約20個のアンビエンス・オブジェクトで東京国際フォーラム ホールAの会場全体の音の鳴りを捉えた。生演奏のドラム(キック/スネア/タム/オーバーヘッド)、ギター、ベースのほか、楽器と重ならないようにシーケンスのオブジェクトを配置し、シーケンスの鳴りを重視。ボーカル・オブジェクトはメインのAI、ゲストのAwich、コーラス2名分をそれぞれステレオで配置した。

 

Point 1:アンビエンスで空間の雰囲気を出す

アンビエンスで空間の雰囲気を出す

 今回は、全部で20個近いアンビエンス・オブジェクトを配置することで、“ざわざわとした雑味のような質感”でラウドな表現を目指した奥田氏。特に大きな役割を果たしたのがAmbisonicsマイクで収音したサウンドで、7.1.2chの配置になっている(ピンク)。そのほか、舞台袖や天吊りなど会場全体に設置された複数のアンビエンス・マイクは、会場での設置場所を元にオブジェクト配置が行われたという。

 

Point 2:ボーカルは点に近くなるよう配置

ボーカルは点に近くなるよう配置

 ボーカル/コーラスは2個のオブジェクトを使い、それぞれステレオで配置。正面にAI(オレンジ)と「Not So Different Remix」ゲストのAwich(茶色)、向かって左(黄色)に男性コーラス(黄色)、右に女性コーラス(緑)を配置し、それぞれの立ち位置を明確に分けている。ステレオ幅を狭めてスピーカーの中心を狙うことで、点に近い表現となるように調整し、相対的に空間の広がりを感じさせる工夫を施している。

360 Reality Audio 公式Webサイト

ソニー製品情報

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