屏風岩を舞台にした未知の映像&音楽体験 〜MIND TRAIL MUSIC SONII【Cervus Concordia】

屏風岩を舞台にした未知の映像&音楽体験 〜MIND TRAIL MUSIC SONII【Cervus Concordia】

2022年9月17日〜11月13日の間、奈良県南部・東部で開催された『MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館』(以下MIND TRAIL)。奥大和地域を5時間以上かけて歩き、雄大な自然を作品を通して体験する芸術祭だ。今回編集部は、会期中の10月22日に行われた音楽イベント『MIND TRAIL MUSIC SONI 【Cervus Concordia】』(以下【Cervus Concordia】)に密着。天然記念物に指定される奈良県宇陀郡曽爾村の屏風岩公苑を舞台に、映像と音楽、そして自然が一体となったパフォーマンスは、これまでにない神秘性を帯びた美しい体験だった。いかにして実現に至ったのかを、MIND TRAILプロデューサーでパノラマティクス主宰の齋藤精一氏、【Cervus Concordia】キュレーターでDavid Watts inc.の竹川潤一氏、出演アーティストのkafukaの3名に聞いた。

Photo:Toshio Komatsu

“オフグリッド”環境でのイベント

 【Cervus Concordia】が開催された奈良県曽爾村の屏風岩公苑は巨大な屏風岩がそびえ立つ、豊かな自然に囲まれた空間だ。この場所を選んだ理由について齋藤氏は「通常だったらイベントをやらないような場所で、ライブ・イベントができないかという考えがありました」と語る。

 「屏風岩公苑はMIND TRAILのコースとしても使わせてもらっていますが、元々は曽爾村の方々が花見に使ったり、稲刈りを終えたときに集まったりしていたところなんです。その現代版として、音楽と映像を中心に人が集まる場所として再定義することをイメージしています」

奈良県宇陀郡曽爾(そに)村の屏風岩公苑。写真右上、灰色の岩肌があらわになっているのが屏風岩で、兜岳(標高920m)の西側にあり、約200mの高さの断崖となっている。全長は約2kmを誇る。その麓にある広場に機材などを配置。客席は明確に位置を定められていたわけではなく、広場を中心にそれぞれが思い思いの受け止め方でライブを楽しんでいた

奈良県宇陀郡曽爾(そに)村の屏風岩公苑。写真右上、灰色の岩肌があらわになっているのが屏風岩で、兜岳(標高920m)の西側にあり、約200mの高さの断崖となっている。全長は約2kmを誇る。その麓にある広場に機材などを配置。客席は明確に位置を定められていたわけではなく、広場を中心にそれぞれが思い思いの受け止め方でライブを楽しんでいた

 さらに齋藤氏は、“オフグリッド”をキーワードに挙げる。オフグリッドとは、公共のライフラインに依存せずに電力などを自給自足すること。実際に【Cervus Concordia】でも音響、映像に使用した電力のほとんどを、ポータブル電源で賄っていた。竹川氏いわく、ほかで実験をした際の成功事例が参考となったそうだ。

 「6月に千葉県君津市の廃校を利用したキャンプ場でEcoFlow主催イベントが行われました。音楽、照明、映像からキッチンカーに至るまで、電力としてEcoFlow Technology Japanのポータブル電源を使ってみたのですが、問題無く実施できたんです。それを齋藤君に伝えたところ、“マジで!?”と。本来ならいろいろ試してみて、できることが分かってからやると思うのですが、だったらまずやってみようと話を進めました。音楽のライブとして、一般的なジェネレーターのように振動音が発生しないことや、200Vの電圧に対応していたのも機材を活用する上では大きかったです」

EcoFlow Technology Japanのポータブル電源、DELTA Pro。【Cervus Concordia】の音響、映像周りの電力にはほぼすべてDELTA Proを使用していた

EcoFlow Technology Japanのポータブル電源、DELTA Pro。【Cervus Concordia】の音響、映像周りの電力にはほぼすべてDELTA Proを使用していた

 kafukaも「屏風岩を生で見ると想像とは全く異なり、これは写真を撮っても意味が無いと実感しました。その場に来た人にしか分からない体験になったかなと思います」と語るように、誰もが未体験の試みとなった。

 また、今回特に目を引いたのが、屏風岩に投影された映像。ライブ中には、ビジュアル・アーティストのRICH & MIYUによる、音楽とシンクロした幻想的なイメージが岩肌に映し出されていた。PANASONICのプロジェクター、PT-RQ22KJを計4台用意し、サイズにして約7000インチの映像が自然の中に現れるというかつてないプロジェクト。実現を不安視しなかったのか齋藤氏に聞くと、「僕はこれまでの経験からも“できるできる”と考えているほうなんです」と答えてくれた。

 「竹川君も僕も実験してやってみようというタイプなんです。ここでやったらどうなるのかというのを率先して実験してみて、せっかくなら多くの方に見てもらおうというのは、大きな試みの一つとしてあります」

PANASONIC PT-RQ22KJは、4K映像の投射に対応する業務用プロジェクター。客側後方に左右2台ずつ、合計4台が使用された。屏風岩までは約400mに及んだが、距離計を使い正確な距離を計測し、ピントを合わせていったそう

PANASONIC PT-RQ22KJは、4K映像の投射に対応する業務用プロジェクター。客側後方に左右2台ずつ、合計4台が使用された。屏風岩までは約400mに及んだが、距離計を使い正確な距離を計測し、ピントを合わせていったそう

左から、【Cervus Concordia】キュレーターでDavid Watts inc.の竹川潤一氏、ビジュアル・アーティストのRICH & MIYUの二人、アーティストのkafuka、MIND TRAILプロデューサーでパノラマティクス主宰の齋藤精一氏

左から、【Cervus Concordia】キュレーターでDavid Watts inc.の竹川潤一氏、ビジュアル・アーティストのRICH & MIYUの二人、アーティストのkafuka、MIND TRAILプロデューサーでパノラマティクス主宰の齋藤精一氏

全員が同じ目標に向かう“ワンチーム”

 音響システムには、PANASONICの業務用音響機器ブランド=RAMSAの製品が使用された。メイン・スピーカーにWS-HM5104、サブウーファーにWS-HM518Lを採用し、L/Rに1台ずつ配置。【Cervus Concordia】での音の印象について、齋藤氏が「自然の中で“ここまでクリアに聴こえるんだ”と、正直かなりビックリしました。これはもっといろいろな場所でもやるべきだと思っています」と語れば、竹川氏も「すごく素直に聴こえてくる音楽的なサウンドでしたね。外であることも一瞬忘れてしまうくらいの、音楽の中に入っていくような感覚がありました」と、2人ともそのサウンドを絶賛した。

RAMSAのポイント・ソース・スピーカーWS-HM5000シリーズのホール用として昨年発表されたWS-HM5104(写真上)と、サブウーファーのWS-HM518L(写真下)。2022年1〜3月に開催された芸術祭『Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島 2021』において野外で使用されたことから、今回の採用に至ったそうだ

RAMSAのポイント・ソース・スピーカーWS-HM5000シリーズのホール用として昨年発表されたWS-HM5104(写真上)と、サブウーファーのWS-HM518L(写真下)。2022年1〜3月に開催された芸術祭『Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島 2021』において野外で使用されたことから、今回の採用に至ったそうだ

 パフォーマンスを行ったkafukaはハードウェアを中心としたセッティングで、前半は自然の音を取り込んだ静かめのアプローチを、後半は独自の世界観のダンサブルなエレクトロニック・サウンドを展開。観客は、踊ったり森の中に入っていったりと、おのおのの楽しみ方で享受していた。齋藤氏には、「パンニングや自然の音とのミックスとか、自ら動いて感じてもらえたらと思っていました。せっかくこういう場所でやっていますしね」という思いもあったようだ。

RAMSAの2ウェイ・スピーカー、WS-AR200。客側後方をカバーするためにL/Rで設置されたほか、kafukaのモニターとしても用いられた

RAMSAの2ウェイ・スピーカー、WS-AR200。客側後方をカバーするためにL/Rで設置されたほか、kafukaのモニターとしても用いられた

kafukaが演奏するステージ脇にはオーディオ・インターフェース・ユニットのRAMSA WR-SB350と、デジタル・パワー・アンプのWP-DM948をセット。WP-DM948はモニターだけでなく、メインL/R、客側後方L/Rのパワー・アンプとしても用意されていた

kafukaが演奏するステージ脇にはオーディオ・インターフェース・ユニットのRAMSA WR-SB350と、デジタル・パワー・アンプのWP-DM948をセット。WP-DM948はモニターだけでなく、メインL/R、客側後方L/Rのパワー・アンプとしても用意されていた

写真左上から時計回りに、パナソニック コネクトの坂西保昭氏、春田卓也氏、正清義悟氏、若松真生氏。坂西氏と春田氏は映像面を、正清氏と若松氏は音響面を、それぞれ技術チームとして担っていた

写真左上から時計回りに、パナソニック コネクトの坂西保昭氏、春田卓也氏、正清義悟氏、若松真生氏。坂西氏と春田氏は映像面を、正清氏と若松氏は音響面を、それぞれ技術チームとして担っていた

 またkafukaいわく、直前のリハーサルではRAMSAの音響シミュレーション技術PASD(Panasonic Acoustics Simulation Designer)を使った調整も大いに役立ったそうだ。

 「前日のリハーサルではお客さんに背を向ける形で音を出していて、当日の演奏位置と1mほど位置が違ったんです。そのほんの少しの距離で返しのモニターの聴こえ方が変わってしまって。僕の音楽は演奏の要素が大きく、リアルタイムで音を感じながら変化させていくので、モニター環境がすごく重要なんです。そういった問題もあったのですが、スピーカーを移動させることなく、本番直前の限られた時間で調整してもらえて感動しました」

 「これもすべてチームワークですよね」と齋藤氏が続ける。

 「みんなが同じベクトルで作っているから実現したんだと思います。PANASONICさんとは同じくらい場数を踏んでいて、お互いの特性をある程度分かっているというのも大きいし、音響と映像が同じ会社だからコミュニケーションが取りやすいというのもある。ただ縦割りとして依頼を受けたからやっている、みたいな考えだと、幾らクリエイティブなことをやろうと思ってもなかなか一つにならないんですよ」

 竹川氏も「普段からよくコミュニケーションを取っているので、僕の中ではPANASONIC“さん”という感じがあまりなくて(笑)。本当にワンチームですね。誰が来ても驚くようなものができるなら、何でもやりましょう!ってくらいに思ってくれているので、話をしやすいんです」と語るように、既成概念を覆すクリエイターと、それを実現する新たなテクノロジーの融合が、今後も未知の表現を生み出していくだろう。最後に齋藤氏は「オフグリッドでの実施を重ねて、普段使われないような場所でも実施していきたいです」と語ってくれた。

 「MIND TRAILでは“その場所と対話する”ということを目標に掲げています。来るためのハードルは高いかもしれないけれど、その場所に行かないと聴こえないもの、見られないもの、触れられないものがありますからね」

屏風岩に投射された映像は、音楽に合わせて刻々と変化。上の写真と下の写真は異なる時間帯のもので、投射する部分によって奥行きが違い、岩肌の質感も場所によって異なったため、直前まで調整が行われたそう。本番中は齋藤氏がkafukaの演奏に合わせて映し出すタイミングのディレクションなどを行っており、竹川氏は「本当にみんなで作っていったライブという気がしています」と語る

客側後方からの模様で、左下に見えるのがRICH & MIYUの二人。左右に2台ずつセットされたプロジェクターから、それぞれ上下に投射している。屏風岩公苑に照明設備は無いが、プロジェクターから出される光がその役割を果たしており、場所を移動しながら楽しむ観客の姿もあった

客側後方からの模様で、左下に見えるのがRICH & MIYUの二人。左右に2台ずつセットされたプロジェクターから、それぞれ上下に投射している。屏風岩公苑に照明設備は無いが、プロジェクターから出される光がその役割を果たしており、場所を移動しながら楽しむ観客の姿もあった

ライブ中のkafuka。ELEKTRON Analog Four、Octatrack DPS-1やモジュラー・シンセなどのハードウェア機材を核としたセットで演奏を行っていた。kafukaいわく「最近は“環境をお借りする”というコンセプトを持っています。今回は、自然とか周囲の音も聴き取れて、かつ音楽も届けられるというふうになればと。余白の良さを感じ取れたのが印象的でした」

ライブ中のkafuka。ELEKTRON Analog Four、Octatrack DPS-1やモジュラー・シンセなどのハードウェア機材を核としたセットで演奏を行っていた。kafukaいわく「最近は“環境をお借りする”というコンセプトを持っています。今回は、自然とか周囲の音も聴き取れて、かつ音楽も届けられるというふうになればと。余白の良さを感じ取れたのが印象的でした」

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