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Fader Craftersが切り開くオンラインミックスの新たな可能性

Fader Craftersが切り開くオンラインミックスの新たな可能性

音声共有ツールの活用で遠隔でも細かなミックス作業が実現できます

近年、音楽制作において“オンラインミックス”という手法を取り入れるケースが国内でも増えている。この手法の最大のメリットは地理的制約がなくなること。つまり関係者がスタジオを訪れなくてもミックスが行えるため、プロジェクトをスムーズに進めることができるのだ。ここでは、そんなオンラインミックスを取り入れているエンジニアのコレクティブ、Fader Craftersの代表グレゴリ・ジェルメン氏(写真)へ、オンラインミックスの話を伺った。

Photo:AmonRyu(except*)

聴き手の試聴環境に近い視点でチェックが行える

 まずはジェルメン氏が率いるFader Craftersについて、教えていただこう。

「Fader Craftersは音楽制作や音響に関するあらゆることに対応できるエンジニアのコレクティブです。作編曲家もいるので作編曲からレコーディング、ミックス、マスタリング、ポストプロダクション、PA関連の作業まで幅広く取り組めます。お互いが持つ情報やリソース、知恵を共有しあう集団とも言えますね。現在のメンバーは8人。日本だけでなくアメリカやフランスに住んでいる方もいます」

 Fader Craftersの構想は、2015年にパリで開催されたセミナー“Mix With the Masters”にジェルメン氏が参加したことがきっかけだったという。

 「海外のエンジニアはチームで活動している方も多く、みんなでアイディアを出しあったり、一つのタスクに数人で対応したりしていました。それを見て、いつか自分も日本でやりたいなと思ったんです。実際にFader Craftersの形ができてきたのは2021年頃。自分が独立してSonic Synergies Engineeringを立ち上げたタイミングでした。最初は仲間になってくれるマスタリングエンジニアを探していたんですが、そのうちさまざまなメンバーが集まってきたんです」

 そもそもジェルメン氏はリアルでのミックス業務を中心としていたが、コロナ禍を機にオンラインミックスを行う割合が増えたそうだ。

 「コロナ禍で外出困難になった時期がありましたよね。それで“ミックス作業はオンラインで何とかならないか”っていう話が出てきたんですよ。そこで、リアルタイムでオーディオを共有できるツールを探しはじめたんです。そのときにAudiomovers LISTENTOに出会いました。まだ一般的には誰も知らないような状況だったんですが、エンジニアの間で“結構使える”という話になってきたのでオンラインミックスで本格的に導入することにしたんです」

オーディオストリーミング用プラットフォーム、Audiomovers LISTENTOの専用プラグイン(配信側)。音声をストリーミングしたいトラックにインサートして使用。レイテンシーやオーディオ品質の設定、ストリーミングURLの生成などが行える

オーディオストリーミング用プラットフォーム、Audiomovers LISTENTOの専用プラグイン(配信側)。音声をストリーミングしたいトラックにインサートして使用。レイテンシーやオーディオ品質の設定、ストリーミングURLの生成などが行える

 オンラインミックスのメリットについては、こう語る。

 「プロジェクト関係者がどこにいても行えるのが最大の魅力です。コンピューターさえあれば、家でも海外でもミックスに参加することができます。特に近年は自宅スタジオを構える方が増えたので、普段の環境でミックスチェックができるといったメリットもありますね。また、スタジオに来ることで緊張してしまう方は、自宅などのリラックスした環境でミックスチェックに参加できるという利点もあります」

 続けてジェルメン氏は「これはデメリットでもあり、メリットでもあるのですが……」と切り出した。

 「例えば一人は高級ヘッドホン、もう一人はスマートフォン付属のイヤホン、さらに別の一人はモニタースピーカーでモニタリングしている場合、全員の意見がバラバラになることがあります。スタジオだとみんなで同じスピーカーの音を聴けますが、オンラインだとそれができません。しかし、実際に楽曲がリリースされるときも聴く環境は人それぞれなので、それを考えると、オンラインミックスで得られるフィードバックは結構リアルな状況に近いと思うんです。つまり、リリース後にどう聴かれているのか、その感じが事前に把握できるということですね。だからデメリットでもありつつ、それが逆にメリットにもなっているんです」

 ここで気になるのがストリーミング時の音質面だが、これについてジェルメン氏はこう述べる。

 「例えば、LISTENTOでは配信者がストリーミング時の音声フォーマットをインターネット環境に合わせて設定できます。エンコード形式はPCM/AAC/OPUSがあり、ビットレートは16/24/32/96/128/192/256/320kbpsと幅広いです。自分は大体AAC 320kbpsでやることが多いのですが、音質面で不満を持ったことはありません。もちろんスタジオのスピーカーから出る音と、LISTENTOを通した音は違います。しかし先ほど言ったことの繰り返しになりますが、この場合も、自分としては楽曲が音楽ストリーミングサービスで配信されたときのシミュレーションのようだと思っているんです。なので、それも含めてミックスに関する優れたフィードバックが得られると考えています」

国際的なコラボを考える音楽制作者にもお勧め

 ここでジェルメン氏は、自身が行うオンラインミックスの手順について説明してくれた。

 「基本的にはリアルタイムとテキストベースの2通りがあり、リアルタイム方式では主にLISTENTOとZoomを組み合わせて行います。手順としては、まずオンラインミックスを始める前に一度こちら側でミックスを仕上げ、その2ミックスデータを関係者と共有しておきます。彼らにはオンラインミックスのスタート時間まで、慣れ親しんだ環境でミックスをじっくり聴いてもらってフィードバックの準備をしてもらうんです

 エンジニア側は、2台のコンピューターが必要だという。

 「片方にはAvid Pro ToolsなどのDAWのプロジェクトを立ち上げ、マスターにはLISTENTOをインサート。もう片方にはオンラインミーティング用のマイクやカメラを接続し、Zoomを立ち上げておきます。またオンラインミックスが始まる前には、LISTENTOで生成したオーディオストリーミング用のURLやZoomのURLを関係者と共有しておきましょう」

メインデスク脇にセットしたApple MacBook Proは、関係者とのオンラインコミュニケーション用。オンラインミックス時、ジェルメン氏は2つのZoomアカウントを併用し、片方でAvid Pro Toolsの画面を共有、もう片方で自身の姿を映し出している。メインデスク上には、左からイヤホンのApple AirPods Pro、拡張キーボード/ショートカットデバイスのElgato STREAM DECK、配信用マイクとしてBlue Yetiを装備。STREAM DECKにはPro Toolsのショートカットキーをアサインしているため、Zoom画面を見ながらでもPro Toolsのトランスポートをコントロールすることができる

メインデスク脇にセットしたApple MacBook Proは、関係者とのオンラインコミュニケーション用。オンラインミックス時、ジェルメン氏は2つのZoomアカウントを併用し、片方でAvid Pro Toolsの画面を共有、もう片方で自身の姿を映し出している。メインデスク上には、左からイヤホンのApple AirPods Pro、拡張キーボード/ショートカットデバイスのElgato STREAM DECK、配信用マイクとしてBlue Yetiを装備。STREAM DECKにはPro Toolsのショートカットキーをアサインしているため、Zoom画面を見ながらでもPro Toolsのトランスポートをコントロールすることができる

 オンラインミックス中はLISTENTOで楽曲をストリーミングし、Zoomを通して関係者とリアルタイムにミックスの修正点などを話し合うそうだ。ジェルメン氏は「このやり方だと、以前のように修正するたびに2ミックスをバウンスして、ファイル転送サービスやクラウドにアップして送って……という手間が省けるので、かなり効率的になるんです」と語る。続けて、テキストベース方式についても伺った。

 「基本的なやり方はリアルタイム方式と同じですが、ここではLISTENTOの代わりにpuremixのプラグイン、mixup.audioをマスターにインサートします。これがまた便利。2ミックスデータをドラッグ&ドロップでプラグイン画面上にアップロードすると、波形のようなタイムラインが表れます。関係者はWebブラウザーを通してそのデータを試聴したり、タイムライン上にコメントを残すことができるんです。SoundCloudのコメント機能をイメージすると分かりやすいと思います」

オーディオストリーミング/コラボレーションに特化したプラットフォーム、puremix mixup.audioの専用プラグイン画面(配信側)。受信側は、LISTENTO同様にWebブラウザーから無償でストリーミングを試聴することができる。mixup.audioの大きな特徴は、参加者全員がタイムライン上にコメントを記入できる点と、そのコメントがDAWのタイムラインと同期している点。これによってスムーズなフィードバック収集が行えるという。また配信者は無制限に音源データをアップロードでき、プラグインの画面上で複数のバージョンのデータを管理することができる

オーディオストリーミング/コラボレーションに特化したプラットフォーム、puremix mixup.audioの専用プラグイン画面(配信側)。受信側は、LISTENTO同様にWebブラウザーから無償でストリーミングを試聴することができる。mixup.audioの大きな特徴は、参加者全員がタイムライン上にコメントを記入できる点と、そのコメントがDAWのタイムラインと同期している点。これによってスムーズなフィードバック収集が行えるという。また配信者は無制限に音源データをアップロードでき、プラグインの画面上で複数のバージョンのデータを管理することができる

 mixup.audioで特に優れているのは、タイムラインやコメントのタイミングがDAWと同期している点だと話す。

 「mixup.audioの画面に表示されたタイムラインやコメントをクリックすると、DAWのインジケーター(再生カーソル)が同じ秒数のところに一瞬で移動するんです。さらに、最初にアップした2ミックスデータとmixup.audioをインサートしたトラックの音声をワンクリックで切り替えられるため、ABテストも簡単に行えます。このように、LISTENTOやmixup.audioといった便利なツールによって相互のコミュニケーションが大幅に改善し、オンラインミックスがスムーズに行えるようになりました。ちなみに映画やCMといったポストプロダクションのオンラインミックスをする場合は、Dropbox ReplayやFrame.ioといったクラウドベースの映像共有型プラットフォームを活用しています」

 現在、業務のほぼ半分がオンラインミックスになってきているというジェルメン氏。

 「すべてオンラインのみで完結するときもあれば、一度オンラインミックスして、最後はスタジオチェックといったケースもあります。全体を通じて言えることは、近年オンラインミックスがワークフローの一つとして当たり前になってきたということ。従来のように、みんなでスタジオにこもって一日中ミックスを行うといったことは徐々に減少しています。またオンラインミックスは、国際的なコラボレーションを考えている音楽制作者にもお勧めです。役立つツールのおかげで、グローバルなチャンスがグッと身近になりましたね」

グレゴリ・ジェルメン
【Profile】フランス生まれのエンジニア。20歳で来日&移住。スタジオグリーンバード、Digz Inc, Groupを経て2021年に独立し、Sonic Synergies Engineeringを設立。バンドものからR&BまでのJポップやKポップ、Dolby Atmosのミックスなど多岐にわたって活躍。

Comments about Online Mix from the Members of Fader Crafters

ニコラ・アンブラル
専門分野|MA/サウンドデザイン

ニコラ・アンブラル

【Profile】フランス出身のレコーディング&ミックスエンジニア/サウンドデザイナー。2019年に日本へ移住し、アディダスや日産、レクサス、ヤマハなど、世界的企業のCMや映像音楽に携わる。

 ポストプロダクションにおいて、関係者やクライアントが異なるタイムゾーンで生活する場合、特にオンラインミックスは欠かせません。自分は主にDropbox ReplayやFrame.ioを使用していますが、これらのツールを用いることで効率が上がり、作業時間を大幅に短縮することが可能です。オンラインミックスを活用することで、誰もが時間を節約できます。私はオンラインミックスを単なる可能性として見るのではなく、すべての人々が効率的に働くための機会として提供することが重要だと考えています。


アレックス・クルス
専門分野|ミックス/作編曲

アレックス・クルス

【Profile】ポップスやヒップホップ、エレクトロニカを得意とするコロンビア出身のミックスエンジニア/作編曲家/DJ。2019年に洗足学園音楽大学を卒業。PAエンジニアも手がける。

 私はAudiomovers LISTENTOやpuremix mixup.audioで、オンラインミックスやコライトをしています。特にLISTENTOは専用プラグインをマスターに挿し、ストリーミング用URLを生成して参加者と共有するだけという使い勝手の良さが最高です。ワークフローにオンラインミックスを取り入れたことで、海外ツアー中のアーティストとも作業が行えるようになったため、従来よりもスマートにプロジェクトが進行できるようになりました。参加者それぞれの環境でモニタリングできるのも利点ですね。

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