2014年10月号にプライベート・スタジオ“Studio 4”を掲載したが、その後“Studio 6”を経て、2019年9月に完成したのが都内某所にあるこのStudio SAUNAだ。いわゆる商業スタジオとは趣を異にした優美な内装、そしてミックス・ダウンまで自ら手掛けるTKに最適化した機材セレクト。物件選びから音響設計までTKのこだわりを聞いた。
Text:Kentaro Shinozaki Photo:Yuki Kawamoto Hair & Make:Yoko Fuseya(ESPER)
普段の会話から歌録りまで“響き”は重要なポイントだった
ーこのスタジオを作った経緯から教えてください。移転前のStudio 6でも数作ミックスを行っていましたよね?
TK 前のスタジオは住居と隣同士だったんです。僕のスタイル的に朝まで作業することも多くて、住居と一緒になっているのはメリットだったんですが、一方で、ミュージシャンが来て気軽にリハーサルできるような、風通しの良い環境にしたいとも常々思っていて。このタイミングで音楽だけに集中する部屋を作ることにしました。
ー物件選びから始めた?
TK “居心地が良くて開放感がある部屋”を探し始めました。景色、場所、それから階高が十分にあることもポイントでした。部屋をスケルトンにした状態で床から天井まで例えば2.5mあったとしても、防音工事をすると床と天井を浮かすので2mくらいになってしまう。この物件は工事後で2.5mくらい確保できましたけど、古い物件は階高が低いものが多いんです。しかも実際にスケルトンにしてみないと本当の階高が分からなかったりするので、候補物件にはアコースティックエンジニアリングの入交(研一郎)さんに来てもらって、点検口から階高を計算してもらいました。
ー音響施工/防音工事にアコースティックエンジニアリングを選んだ理由は?
TK ブンブンサテライツの中野(雅之)さんのスタジオも入交さんが手掛けたものでしたし、サンレコのスタジオ特集を見てもプライベート・スタジオに長けている印象があって。ただ、僕ほど細かくオーダーした人はなかなか居ないと思います(笑)。例えば、床に真鍮のラインを入れてもらっているんですけど、ランダムなように見えて、そのうちの1つはスピーカーのセンターを取るためのものだったりするんです。そういう部分も面白がってくれて楽しかったですね。
ースタジオの音響面でこだわった部分は?
TK 普通はもっと吸音すると思うんですが、僕は基本的にエンジニアではないので、作曲はもちろんのこと歌録りから普段の会話までちゃんと響きがあって、弦も録れるようにしたかったんです。デッドだと窮屈な感じがして。要所だけは吸音材で響きを抑えて、明るい響きになるよう木材を使いたいなと。とはいっても木材ごとに反射も違いますよね。さすがに試しに張ってジャッジしていくなんてことはできないので、天井は見た目が好きなチーク材にしました。僕はデンマークの家具も好きで、スタジオにチークが多いんですよ。床材としてよく使われるチークに細い幅のものがあったので天井に張ってみました。
ーTKさんらしいこだわりですね。
TK 音楽を作る人が建具やインテリアまでやるのって珍しいと思うんです(笑)。居心地の良いスタジオにしたいけど、何をどうすればいいのか分からない人も多い。実際に僕もそうだったんですよ。例えばクローゼットの取っ手にしても、自分が好きなものがどこで売っているのか分からない(笑)。小さな窓も多くて反射の問題や見た目的にカーテンを付けたくない場合どうすればいいのか調べたりして、結果的に布に穴の金具(ハトメ)を付けてつるしているんですけど、そういうことを考えるのもなかなか楽しかったです。
ー好きなモノに囲まれているとテンション上がりますね。
TK ここに来たらすぐオンになれる空間にしたくて。古い家具も好きなので、ソファなども50〜60年前のものをレストアして使っていて、古いデザインでも秀でているものは受け継がれるんだなとあらためて思います。それは機材も同じで、NEVEやNEUMANNもそうですよね。技術の進歩で昔の機材をすぐに凌駕できるはずなのに、スタジオでのスタンダードとして生き残っているというのは家具に通ずるものを感じるんですよね。デジタルがどんどん進化していく中でこそ、受け継がれているものの揺るぎない魅力を感じます。
自分はエンジニアではないので重視するのは機材との相性
ースピーカーはKRK V6をセットしていますね。
TK FOCAL Solo 6 BEとも併用しているんですが、ここ最近は試しにKRKの方を使っていますね。リーズナブルなのに使いやすいんですよ。自分との相性が重要というか、スピーカーと部屋のクセを熟知できれていれば後は作っていて楽しいスピーカーが良いです。それにリーズナブルなKRKでミックスしているのは、若い読者の皆さんにとっても手が届きやすいかなと思って、今日はセットしています。
ーKRK V6のサウンド傾向は?
TK 最初はツィーターが少し硬いかなと思ったんですけど、慣れてきたら使いやすいです。低域が少しタイトで自然な感じなのも僕には合ってますね。スピーカー・スタンドはACOUSTIC REVIVEのものを入れましたが、かなり優秀です。KRKとの組み合わせだと、今までスピーカーの下に入れていたインシュレーターを使う必要が無くなりました。
ー新規導入したアウトボードはありますか?
TK VINTECH AUDIO 273が増えました。新作『彩脳』の「蝶の飛ぶ水槽」を録ったときに、スタジオにあったVINTECHのマイクプリを使ったんですよ。昔使ったときはハマらなかったんですけど、そのときにしっくり来て。オリジナルのNEVEとは違うのかもしれないけど、クリーンでレンジも広くて、EQも使いやすくシンセや歌のプリアンプによく使います。そのほかはチェック用のイヤホンにORBのCF-IEMを導入しました。ケーブルはOYAIDEとORBが多いですね。
ーAPOGEE Symphony I/O MKIIも使っていますね。
TK Symphony I/O MKIIは特に低域の感じが好みで、もう3年くらい使っていますね。『彩脳』の録りは、AVID Pro Tools+HD I/OとSTEINBERG Cubase+Symphony I/O MKIIのセットが混在していて、両者の音って全然違うんですよね。Pro Tools+HD I/Oで録ったものは音の仕上がりがCDで聴く質感に近い。良い意味で自分の音と違うというか、録れない音。一方で、Cubase+Symphony I/O MKIIで録ったものは、自分が理想とする音に近付けるまでの時間が早いという印象です。僕は録音しているときに既にミックスし始めているので、プラグインもマスターまで挿していくんです。Pro Toolsで普通の録り方はしないと思うんですが、最終形をイメージすることが一番大事なので、そこの違いが一番大きいのかもしれません。何より自分の音という感じがします。
ーデスクはMIDIキーボードが収納できますが、既製品ですか?
TK 顔見知りの家具屋さんにあったビンテージのテーブルが気に入って、お店に“引き出し部分に幕板を付けてMIDIキーボードが出し入れできるようにしたいんです”って聞いてみたら、カスタマイズしてくれて。見た目はビンテージなんですけど、機能的にはモダンな机になりました。
ーいろいろな人の手が入ってできたスタジオなのですね。
TK 音響設計もそうですが、どうしたらいいか分からないものって自分一人では手を出せないと思うんです。でも、無いものは作ることもできるので、軸にあるイメージと欲求を大切にして、プロに相談してみるのも良いと思います。アイディアをゼロから生み出すのは難しくても“あのスタジオのあれが良かったな”からイメージがわくこともあると思うので、このスタジオも皆さんの参考になれたらうれしいです。
Equipment
[DAW System]
Computer:APPLE Mac Pro
DAW:STEINBERG Cubase
Audio I/O:APOGEE Symphony I/O MKII
DSP:UNIVERSAL AUDIO UAD-2 Satellite Thunderbolt 3
AD/DA Converter:APOGEE Symphony I/O MKII、APOGEE AD16
MIDI Keyboard:NEKTAR Impact GX49
[Recording & Monitoring]
Monitor Speaker:KRK V6、FOCAL Solo 6 BE、IK MULTIMEDIA ILoud Micro Monitor、etc.
Monitor Controller:HERITAGE AUDIO R.A.M. System 2000
Headphone:BEYERDYNAMIC DT1770Pro
Microphone:NEUMANN U67 Set、U87AI、PELUSO P-67、BOCK AUDIO 2
41、ASTON MICROPHONES Aston Stealth、Origin、SHURE SM57、etc,
Mic Preamp/EQ:API 3124+、AMEK 9098EQ、VINTECH AUDIO 273
Compressor:UREI 1176、EMPIRICAL LABS Distressor EL8-X
音響設計について
Text by 入交研一郎(アコースティックエンジニアリング)
硬質な素材を適宜配置することでスピード感のあるソリッドな音響特性
TKさんからは一般的なミックス・ルームというよりは“クリエイターの制作モチベーションが上がる空間を造りたい”とリクエストをいただきました。できるだけ自然な音響でありながら解像度の高いモニター環境であることと、彼の音楽にマッチした響きの質を得ることがテーマでした。特徴的な素材としては床に使ったモルタル、硬質なMDFによるディフューザー、天井に張った硬めなチーク材でしょうか。どちらかというと硬質な素材を適宜配置することによりアタック感、スピード感のあるソリッドな響きになったと思います。また吸音材はモニター周りに限定し一次反射面にディフューザーを配置することで、吸音過多にならずに素材によるルーム・アコースティックを最大限生かしながら優れた定位感、解像度の高いモニター環境が構築できたと思います。
TKさんはスタジオに求めるビジュアル的なイメージやルーム・アコースティックがかなり明確でした。ご自身の音楽を作り出すクリエイティブなこだわりがスタジオを造るという作業にも感じられ、非常に感銘を受けました。
Release
『彩脳』
TK from 凛として時雨
ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズ:AICL-3888(通常盤)、AICL-3886~7(初回生産限定盤/2CD)
- 彩脳 -Sui Side-
- katharsis (sainou mix)
- インフィクション
- 鶴の仕返し
- melt (sainou mix)
- moving on (sainou mix)
- 蝶の飛ぶ水槽 (sainou mix)
- reframe
- memento (sainou mix)
- 片つ
- 凡脳
- P.S. RED I (sainou mix)
- copy light
Musicians:TK(vo、g、p、prog、strings arrangement)、BOBO(ds)、吉田一郎不可触世界(b)、キタニタツヤ(b)、鈴木正人(b)、ちゃんMARI(p、cho)、片木希依(p)、トオミ ヨウ(p、arrangement)、中村未来(p)、世武裕子(p)、小松陽子(p)、Salyu(vo)、suis(vo)、鎌野愛(cho)、須原杏(vln、viola、strings arrangement)、佐藤帆乃佳(vln)、田島華乃(viola)、菊池幹代(viola)、関口将史(vc)、村中俊之(vc)、小山祐生(oboe)、山内豊瑞(fl)、篠塚恵子(cl)、河野圭(strings arrangement)、Sakura Tsuruta(prog)、Malachi(prog)
Producer:TK
Engineer: TK、釆原史明、石井翔一朗、染野拓
Studio:ハンザ、アヴァター、Studio 6、アバコ、音響ハウス、Tanta、 aLIVE、Fluss、Studio SAUNA
オフィシャルWebサイト