トラック・メイカー、プロデューサーのTOMOKO IDAです。私が使用するDAW=steinberg Cubaseの連載の第2回になります。今回はデモ制作のときに役立つ、私なりのボーカル処理をお伝えできればと思います。
歌は50〜100Hz以下を切ることが多い 付属EQのローカットだけでも効果が見込める
まず、デモ制作において、レーベルやアーティストの方に提出するデモの完成度はどの程度まで上げておけばよいのか?と、疑問を持つ方も多いかと思います。完成度が高ければ高いほど、問答無用で先方は気に入ってくれますし、デモのクオリティで選ばれると言っても過言ではないくらい完成度は大事です。海外のソングライティング・キャンプ時のリスニング・セッションでも同様です。ただ、デモ制作の段階でプロのエンジニアの方に毎回頼むのは現実的ではないので基本的にトラック・メイカーがある程度、完成形に近いものを作れなくてはなりません。そこで、誰でも簡単にできる基本的なボーカル処理を紹介します。
トップライナーの声質や、録音時のマイクや環境によってどのような施しをするかはもちろん変わりますが、私の場合は基本的に、低音域はFABFILTER Pro-Q 3で50〜100Hzの間にがっつりローカットを入れることが多いです。そして高音域、中音域も、歌い手さんに合わせて調整する帯域を変えます。ここに載せた画面は、海外の女性ソングライターとのデモ制作時のEQの処理です。リード・ボーカルに関しては、さらに引き立たせたいのでWAVES CLA Vocalsを挿すことが多いです。
Pro-Q 3はサードパーティ製品なのでCubase付属のEQでいじる場合はプリセットの“Low-Cut”を設定しておくだけでも、だいぶスッキリすると思います。EQのタブ右上の四角いマークをクリックすると、プリセットにアクセスすることができるので、そこから選んでみてください。
Gateでノイズを取り除くだけでなく“ブレスの音量”までコントロール
リバーブやディレイに関しても同様、エフェクト成分の低音域をカットすることで、ごわつきを抑えられます。低音域にリバーブやディレイの音像を残しておくと、聴こえさせたいドラムやベースなどの帯域とかぶり、もったいないと思うので、そのように処理しています。
ちなみに、私は基本的なセットとして、リバーブはVALHALLA DSP Valhalla VintageVerb、ディレイはディレイ・タイム1/8(8分音符)に設定したCubaseのMonoDelayを使っています。
ディレイに関しては、1/8のタイミングがディレイの存在感を主張しすぎず、かつ伸びやかにしてくれるので、その設定を基本にしています。メロの間の空間を埋めたいときには、Cubaseのモジュレーション・ディレイModoMachineを1/4(4分音符)にして使うことも結構あります。
データのやり取りを中心に制作をしていると、録音環境によっては、歌っていない部分に“スー”という空気のノイズが入っていたりすることがありませんか? バック・コーラスの数が多い場合は、重ねるとノイズの存在感が大きくなることもあります。そんなときに役立つのがCubase付属のGateです。Gateは、設定したスレッショルドより低いオーディオ信号を無音化します。
例えば、波形のすき間に乗っている微弱なノイズなども奇麗に取り除いてくれます。
私の場合は、ブレスまでは無音化したくないので、スレッショルドを−60dBに設定した後、レンジを−10dBまで上げています。レンジの値を−30dB、−40dBというふうに下げていくと、ブレスの音がなくなります。スレッショルドで調整してもいいのですが、レンジを活用することで、ブレスの音量まで調整できるのが利点だと思います。大量のバック・コーラスがある場合は、Gateをかけることで要らないノイズを一括して無音化できるので、とても便利です。
声音のジェンダー感を調整できるVariAudioのフォルマント・シフト
デモ制作時に、女性ボーカルで録ったものを男性ボーカルっぽくしたい、もしくは逆の場合も含め、声のトーンを変えたいと思うときはありませんか? 私は女性ソングライターと制作して、男性シンガーに仮歌を歌い直してもらうことが多いのですが、その際“このパートだけ女性ボーカリスト的なニュアンスにしたいな”と思ったら、フォルマント・シフトを使います。フォルマント・シフトできるプラグインはいろいろ発売されていますが、ほんの少しの修正ならCubaseのVariAudioを開き“フォルマントをシフト”のパラメーターを調整することで、声のトーンを変えることができます。性別を問わず、根底の声色が似ている人だと本当に違和感なくなじませることができて、すごく便利でよく使います。
最後は、バック・コーラスのグループ化について。リード・ボーカルとのバランスを取るのにグループ化しておくと便利だと思いますし、操作自体もとても簡単です。
まとめたいトラックを選んで右クリック・メニューを開き、“選択チャンネルにグループチャンネル...”を選択。グループチャンネルトラックがトラックリストに追加され、トラックがグループチャンネルにひもづけられます。
また、これはCubaseに限った話ではないですが、ボーカルの配置として、低音域のハモはL/Rで振り、高音になるにつれてセンター寄りに配置していくのが好みです。低音が外側にあったほうが、支えがしっかりしていて聴こえが良く、高音は逆に左右に振りすぎるとキンキンした音が浮き彫りになって、耳に直接的に入ってくるので内側にしています。
今回は、デモ作りにおけるボーカル処理の基本的なポイントに焦点を当ててみましたが、いかがでしたでしょうか? ボーカル処理が奇麗なだけでトラックがよく聴こえてしまうくらい、とても大切な工程だと思っています。
ただ、デモ作りの段階なので、パーフェクトのものができなくてもレーベルやエンジニアさんにイメージを伝えられるレベルまで作り込めれば、問題ないかと思います。私はよくYouTubeなどのチュートリアルを参考にした後、それを自分なりにアレンジして耳で確かめてから処理しているので、みなさんもいろんなものを参考にしつつ、自分なりにアレンジしてみてください。では、次回もよろしくお願いします。
TOMOKO IDA
【Profile】日米韓のトップ・アーティストに楽曲を提供しているトラック・メイカー/プロデューサー。Billboard Japanやオリコン・チャートで1位を獲得した作品が多数あり、2023年にはTainyのアルバム『DATA』の「obstáculo」を共同プロデュース。同アルバムは第66回グラミー賞ラテン部門の“最優秀アーバン・ミュージック・アルバム賞”にノミネートされ、日本人女性プロデューサーとして、初のグラミー賞ノミネート作品への参加を果たすこととなった。
【Recent work】
『sugar, spice & all your choices』
MALIYA
(MALIYA)
※M①「Body」のトラック・アレンジを筆者が担当
steinberg Cubase
LINE UP
Cubase LE(対象製品にシリアル付属)|Cubase AI(対象製品にシリアル付属)|Cubase Elements 13:13,200円前後|Cubase Artist 13:39,600円前後|Cubase Pro 13:69,300円前後
*オープン・プライス(記載は市場予想価格)
REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 12以降
▪Windows:Windows 10 Ver.22H2以降(64ビット)、11 Version 22H2以降
▪共通:INTEL Core I5以上またはAMDマルチコア・プロセッサーやApple Silicon、8GBのRAM、1,440×900以上のディスプレイ解像度(1,920×1,080を推奨)、インターネット接続環境(インストール時)