エルヴィス・プレスリーと言えば、甘く強烈な歌声と激しくセクシーなパフォーマンス……そしてアコースティック・ギターを抱えて片手に無骨なマイクを握りしめた、あの姿を思い浮かべる人も多いことでしょう。そのマイクこそがSHUREの通称“ガイコツマイク”=55Sなのです。今回はエルヴィス・プレスリーの半生を描いた映画『エルヴィス』のエピソードと共にエルヴィスが愛したマイクについて紹介したいと思います。
ロカビリーの誕生とエルヴィス
今では当たり前に使われているロック/ロックンロール/ロカビリーという言葉は、1950年代初頭にはまだない言葉でした。その言葉が生まれるきっかけとなったのが、エルヴィス・プレスリーにほかなりません。当時のラジオDJ、アラン・フリードが黒人音楽のリズム&ブルースを、黒人のスラングとして使われていたロックンロールという言葉を使って、白人の若者に紹介し定着させました。そんなラジオ番組を聞いていたエルヴィスが、カントリー&ウェスタン(ヒルビリー・ミュージック)とロックンロールを融合させ、そして生まれたのがロカビリー(ロック+ヒルビリー)というわけです。その後ロックンロールは分散化され、通称ロックと呼ばれるようになりました。
みなさんは、エルヴィス・プレスリーという名前から何を想像しますか? わたしは職業柄、やはりあの銀色に輝く無骨なSHUREのガイコツマイクを想像します。しかし、正直に告白すると、現代のレコーディングにかかわる私には、このタイプのマイクにはあまりなじみがなく、どうしてもビジュアル重視のライブ用、もしくは撮影用のマイクという認識でした。しかし今回このマイクをひもといていくと、さまざまな発見や存在意義が分かり、マイクのレジェンドとして敬意を払わねば……と反省した所存です。
Model 55〜初の単一指向性ダイナミックマイク
1937年にSHUREのエンジニア、ベンジャミン・バウアーが、Unidyneと呼ばれるカーディオイド(単一指向性)カートリッジ開発に着手。初の単一指向性ダイナミック型マイクとして、1939年にModel 55が発売されます。それから改良や小型が進み、1951年に改良型のUnidyne IIを搭載した55Sが発売。まさにエルヴィスのデビューと共に活躍したモデルが55Sというわけです。
55Sは、フィードバック、バックグラウンドノイズ、および残響の問題を見事に軽減したムービングコイル・ダイナミックマイクで、その洗礼されたデザインも唯一無二で素晴らしいものでした。
それを物語る上で、SHUREの創立者シドニー・N・シュアが、後にこんな言葉を述べています。
“初めてModel 55を見たとき、そのエレガントなデザインに感動したことを思い出します。どういうわけか、そのマイクがどのように見えるべきかについて完璧なバージョンのようでした”
その言葉の通り、現代に至ってもPV撮影や、さまざまなグラフィックの中でこのモデルを見かける機会が多々あるのはその証といえるのでしょう。
映画『エルヴィス』で登場するSHURE 55S
映画『エルヴィス』は「ルイジアナ・ヘイライド」というカントリー・ミュージックショーからすべてが始まります。オースティン・バトラー演じるエルヴィスが、公衆の面前で初めてパフォーマンスをするのです。そして、生涯を共にする(いや、共にせざるを得ない……)人物と出会います。それがエルヴィスを世に知らしめたマネージャーでありプロデューサー、トム・ハンクスが演じるトム・パーカーです。
彼がエルヴィスのステージを初めて見た時、こう言います。
ごく当たり前のカントリー・ミュージックではなく、黒人音楽であるリズム&ブルースの要素を多く含み、今までにない色気のある声、激しいウッドベースのサウンド、そして、白人では初めてであろう、激しく妖艶なダンス。
これらシーンで見た時、前述したシドニー・N・シュアの「そのエレガントなデザインに感動し、マイクがどのように見えるべきかについて完璧だった」という言葉を思い出さないわけにはいきません。
それもそのはず、それまでの白人のカントリーミュージックのステージは、まるで政治家の演説で使われるような大きなリボンマイクが立てられ、その前で直立して、せいぜいリズムに乗り身体を動かす程度で歌うという……それが普通のスタイルでした。
しかし、エルヴィスはそのマイク・スタンドを身体ごと床まで倒し、銀色に輝くガイコツマイクを片手で握り、ステージぎりぎりまで前に出てオーディエンスのすぐ目の前でパフォーマンスしていたことは、確かに想像を遥かに超えたカーニバル・ショーだったのでしょう。
目の前に居るティーンエイジャーにとっても、バカでかい灰色のリボンマイクより、銀色に輝き小さくて丸みを帯びた55Sで歌われた方が数倍セクシーに見えたはず。55Sは、それまで存在しなかったセクシーなパフォーマンスには必需アイテムだったわけなのです。
SM58や後継ダイナミックマイクの原点
映画から話がはずれますが、1939年に誕生したModel 55は、1951年に55S、さらにニューマティック・ショックマウントという振動対策機構を加えたUnidyne IIIを搭載した1959年の545と、Unidyneの進化と共に改良&小型化。55Sは、ほぼそのスタイルが変わらないまま現行の55SH Series Ⅱにへと引き継がれています。
そして、545に搭載されているカートリッジUnidyne Ⅲをそのまま実装したのが、1965年に発売されたSM57、その翌年に発売されたSM58です。SM58は、ポップノイズを防ぐフィルターとして機能するボールグリルが採用された、まさにワールド・スタンダードと呼べるダイナミック・マイク。SM57やSM58だけでなく、現在のBETAシリーズやワイヤレス製品にも、その基本技術を踏襲したカートリッジが搭載されているのですから、Unidyneの完成度の高さは想像を絶するものと言えます。
この映画『エルヴィス』にポール・マッカートニーが「エルヴィスがいなかったら、ビートルズはなかった」とコメントを寄せていますが、私がコメントするなら「エルヴィスがいなかったら、55SH Series ⅡもSM58もなかった」ですかね……。
この機会に、現行の55SH Series ⅡをStudio Sound DALIで厳密にサウンドチェックをしてみました。間違いなくワールド・スタンダードと呼ぶにふさわしいサウンドです。SM58より肉厚な印象で、確実に目の前の音を想像の通りに表現してくれます。しかもSM58よりマイク自体のボディノイズは少ないと感じました。
ただ正直に言えば、レコーディングという現場だけを考えると、サイズ的にもう少しスリムなマイク方がいいかな、なんて思いますが……。
だがSHUREの創立者シドニー・N・シュアの言葉が脳裏を走ります。
「そのエレガントなデザインに感動したことを思い出します」と。
映画『エルヴィス』7月1日(金)全国公開
■監督:バズ・ラーマン『ムーラン・ルージュ』
■出演:オースティン・バトラー(『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』/トム・ハンクス『フォレスト・ガンプ/一期一会』/オリヴィア・デヨング(『ヴィジット』)
■配給:ワーナー・ブラザース映画
橋本 まさし
【Profile】スタジオ・サウンド・ダリの代表を務めるレコーディング・エ ンジニア。bird、エレファントカシマシ、ケツメイシ、大黒摩季、MISIA、 土岐麻子、MONDO GROSSOなどの録音やミックスに携わる。
Studio Sound DALI http://www.sound-dali.com/