ギタリスト/作編曲家の江畑コーヘーが、自宅の中に構えるスタジオ。約10畳のコントロール・ルームへ入ると、MARSHALLやBOGNER AMPLIFICATIONなどのアンプ・ヘッドとともに、壮観たる録音システムの姿が。天井高は3mで、開放感のある空間だ。江畑がこのスタジオを造った背景には、1人のプレイヤーとしての熱い思いがあった。
“考え込むより行動”でスタジオを造った
ギタリストを象徴する機材のほか、マイクやアウトボードもそろえる江畑。「ここを造る前から、自作のキャビネット・ボックスにマイクを立てて録音するようなことをやっていました」と語る通り、エンジニアリングへの関心も高い。
「ラインの音が苦手で。ピッキングへのレスポンスが遅く感じられるし、真空管アンプを使った方が圧倒的に速く前に飛ぶと思うんです。それもあってマイクで録るのを基本にしているんですが、ボックス内にマイクを立てていた頃は、低音弦をブリッジ・ミュートで弾いたときに特定の帯域が膨らんでしまったりと、周波数的なウィーク・ポイントを解消できずにいました。でも、このスタジオを造ってからは、すべての音が奇麗に出てくれるようになったんです」
スタジオの音響設計/施工を手掛けたのはアコースティックエンジニアリング。ギタリストで作曲家のZENTAから紹介され、依頼することにしたという。
「そもそもZENTAさんのスタジオがアコースティックエンジニアリングさんの施工で、伺うたびに“うわ~、すごいスタジオだな”と思っていたんです。同時に、自分もスタジオを造りたいと考えていたので、コロナ禍に入ってすぐ着手しました。2020年の4~5月には設計図を書いていて、竣工したのが2021年の1月です」
スタジオ造りを決断したのは、コロナ禍に伴い、ギタリストとしての仕事が減ったことに端を発するそう。
「この先、音楽のあり方が大きく変わるという予感がしていました。でもそれ以上に、仕事が激減してあらためて音楽に向かい合ったとき、“楽しく生きていける場所を作ろう”と思って。業界が変わったとしても、信頼し合えるプレイヤー仲間たちと音楽を作れる場所があったら楽しいだろうなと。スタジオ造りは、そういう考えによる部分が大きいです」
コロナ禍のあおりを受けた音楽業界にあって、スタジオ造りにかけたコストを回収できる保証は、どこにも無かったのではないだろうか?
「それを考えたら負けかな、と思っていました。これまでは、ありがたいことにお仕事をいただけて今も生活できているわけですが、そもそもプレイヤーをやっている時点で将来の保証はありませんから、悩むよりも行動してみようと。そして、造るなら中途半端なものにはしたくなかったんです。もちろん、予算には限りがありましたけど、行けるところまで行きたかった……“ドラム録りもできるスタジオにしよう”という思いが念頭にありましたからね」
主力のマイクプリは12chのAPI
スタジオには、ドラムを常設する約12畳のライブ・ルームがある。これを構えた意図とは?
「近年、打ち込み主体の音楽がものすごく増えていますよね。その中で、バジェットの都合上、本当は生のドラムを使いたいのに打ち込みを選ばざるを得なかった曲、というのもあると思うんです。それはもったいないなと。もし周りに同じような思いを抱えるミュージシャンがいたら、このスタジオを使って生ドラムを録って、納得のいく作品にしてもらえたらと思っています。バジェットを抑えながら、素早く大量に作って出す、というスタイルとは違って、ドラムのサウンドひとつにも十分にこだわれるようにしたい。もっと一つ一つの音楽にじっくりと向き合って、時間をかけて作り上げる場があってもいいと思うんです」
実際に、懇意なミュージシャンたちに貸し出す機会があるという。その際、江畑がエンジニアリングを担当することも。AVID Pro Tools|MTRX Studio(オーディオI/O)の16chのライン入力には、それぞれアウトボードのマイクプリを接続している。主力は、都合3台のAPI 3124Vだ。
「好きな海外のアーティストに影響されて、やっぱりAPIは良いなと。それで、スタジオを造る前に、3124Vをまずは1台買ったんです。ドラムを録るならあと2台は要るだろう、と思って追加しましたが、キックやスネアにはNEVE系のAURORA AUDIO GTQ2 Mark IIIを使うこともあります。同じラックのAMEK System 9098 Dual Mic Amplifierは、ZENTAさんからの借り物です。多点ドラムを録る際、同時にベースを録音するときがあるので、“プリが足りないから貸してください”とお願いして(笑)。おかげさまで、オーディオI/Oのアナログ入力が埋まるだけのマイクプリを持っておきたい、という願望が叶いました」
マイクプリのほかにも、API 500シリーズのEQや500互換のテープ・エミュレーター、UREI 1176スタイルのFETコンプ、真空管コンプなど各種アウトボードがそろう。
「ここを拠点に、作編曲からミュージシャン集め、録音~マスタリングまでワンストップで請け負えるようになりたいです。そうすれば、メジャーやインディーズを問わず、予算に限りがあっても満足のいくものを作れるのではないかと。生のドラムやストリングスが欲しいけど諦めようかな……と思っているような方の相談に乗れたらうれしいです」
Equipment
DAW System
Computer:APPLE iMac
DAW:AVID Pro Tools Ultimate
Audio I/O:AVID Pro Tools|MTRX Studio
Recording & Monitoring
Monitor Speaker:FOCAL Shape Twin、YAMAHA MSP3
Headphone:SONY MDR-CD900ST
Microphone:AKG C414 XLII、AUDIO-TECHNICA ATM25、LEWITT LCT 440 Pure、NEUMANN KM 184、他
Outboard & Effects
Mic Preamp:AMEK System 9098 Dual Mic Amplifier、API 3124V×3、AURORA AUDIO GTQ2 Mark III、TELEFUNKEN V76S
Compressor:BLACK LION AUDIO Bluey、DBX 160A、EMPIRICAL LABS Distressor EL-8X、RETRO INSTRUMENTS Doublewide II、RUPERT NEVE DESIGNS 535×2、WARM AUDIO WA76
EQ:API 550B×2、560
Delay:LINE6 Echo Pro
Speaker Simulator:TWO NOTES Torpedo Live
Pedal Effects:1981 INVENTIONS DRV Black Hyperfade、BOGNER AMPLIFICATION Harlow、CARL MARTIN PlexiTone Single Channel、KLON Centaur、LIMETONE AUDIO LTV-30H、JCB-4SM、MUSICOMLAB EFX MK-V、VEMURAM Jan Ray、Shanks II、WREN AND CUFF The Caprid、XOTIC EFFECTS XW-1、ZVEX EFFECTS Channel 2、他
Instruments
Guitar:FENDER Stratocaster、Telecaster、GIBSON Country Western、Les Paul Custom、IBANEZ UV777P、XOTIC XSC-1、他
江畑コーヘー
札幌市出身。ジェジュン、TAKURO(GLAY)、DGS(神谷浩史、小野大輔)、ラブライブ、アイドルマスターなど、さまざまなライブ・サポートや録音に参加。アーティストへの楽曲提供や舞台音楽制作、編曲もこなす。近年はエンジニアも務めマルチに活動中。
Recent Work
『Never the Fever!!』
佐咲紗花
(Lantis)
※収録曲「光彩と涙」の制作にEbata Studioを使用
次に欲しい機材は…?
いっぱいあります。欲しいものだらけ(笑)。スタジオ用の機材で一番欲しいのは、NEUMANNの真空管マイクM 149 Tubeです。外部のレコーディング・スタジオでアコースティック・ギターに立ててもらったとき、すごく印象が良かったからです。それに、ボーカルに使うこともできますよね。あるパートに特化したようなマイクは、買うのに結構な勇気が要るんですけど、M 149 Tubeは汎用性の高さも魅力です。