佐藤慎太郎のプライベート・スタジオ|Private Studio 2023

佐藤慎太郎のプライベート・スタジオ|Private Studio 2023

SANABAGUN.、Ryohu、TENDRE、Shin Sakiura、ODD Foot Worksなど、名だたる気鋭ミュージシャンの作品を手掛けるエンジニア、佐藤慎太郎氏。2年前に構えた自身のスタジオは、都心へのアクセスも容易な場所に位置し、氏のエンジニアリングを支える落ち着いた趣の空間となっている。

小音量のILoud Micro Monitorでミックス

 2年前まで住居兼スタジオの作業場を持っていた佐藤氏。新しくスタジオを構えたのには明確な理由があったようだ。

 「前のスタジオは防音がしっかりしていて、ドラムも録音できる環境でしたが、スタジオ7畳、寝室3畳みたいな窮屈なところだったのがすごく嫌でした。やっぱり居住環境とスタジオは分けたいなと。ここでは主にミックス作業を行っていて、レコーディングは小規模な歌録りくらいです」

 レコーディング・エンジニアとして外部のスタジオに出向くことも多いそう。作業場を移すことになったのには外の環境を知ったことも大きく、「ギター・テックとして参加したTempalayのレコーディングの際に、エンジニアの奥田泰次さんが、“部屋鳴りがすごく大事”と言っていたのが印象的で、良い響きを持つ部屋の方がいいという考えがありました」と語る。その姿勢は自身が録音、ミックスを手掛けた楽曲、三浦透子「私は貴方」にも現れているという。

 「生楽器の録音を池袋のSTUDIO Dedeで行ったのですが、ピアノやサックスを毛布でミュートし、実音は曇った感じにしつつ部屋鳴りをオフマイクで収録するというテクスチャー重視の方向で録音しています。プロデュースはODD Foot Worksの有元キイチ君で、あうんの呼吸で好きなように進めることができました。彼は本当に大事な仲間ですね」

 ではここから、今回訪問したスタジオの設備について聞いていこう。モニター・スピーカーとして採用しているGENELEC S30は、前の作業場から引き継いでいるものだ。「ここは天井が低くて奥行きも確保できないのでどうしようかと悩んでいたのですが、S30の音がとにかく好きなんです。かれこれ6年ほど使い続けています」

DAWはAVID Pro Tools。ミックスではプラグインも使っているが、音質や負荷に配慮して1つのトラックに5つまでしか挿さないという制約を設けているそう。デスクの脇にモニター・コントローラーのHERITAGE AUDIO Baby RAMとラウドネス・メーターのTC ELECTRONIC Clarity Mを配置する。Clarity Mは、ミックス時のスペクトラム・アナライザーとして活用しているという

DAWはAVID Pro Tools。ミックスではプラグインも使っているが、音質や負荷に配慮して1つのトラックに5つまでしか挿さないという制約を設けているそう。デスクの脇にモニター・コントローラーのHERITAGE AUDIO Baby RAMとラウドネス・メーターのTC ELECTRONIC Clarity Mを配置する。Clarity Mは、ミックス時のスペクトラム・アナライザーとして活用しているという

モニター・スピーカーのGENELEC S30。佐藤氏いわく「自分の中ではローミッドが強いという印象があります。新しいスピーカーが欲しい気持ちはあるんですが、音がとにかく好きなので手放せないですね」

モニター・スピーカーのGENELEC S30。佐藤氏いわく「自分の中ではローミッドが強いという印象があります。新しいスピーカーが欲しい気持ちはあるんですが、音がとにかく好きなので手放せないですね」

サブウーファーのNEUMANN KH 750 DSP D G。佐藤氏は「スピーカー本体で補正がかけられることを重視して購入しました。40Hz以下が聴こえてくるなと思いつつ、まだ買ったばかりなので使いこなせてはいなくて。もう少し自分の耳が拡張されていくことに期待しています」と語る

サブウーファーのNEUMANN KH 750 DSP D G。佐藤氏は「スピーカー本体で補正がかけられることを重視して購入しました。40Hz以下が聴こえてくるなと思いつつ、まだ買ったばかりなので使いこなせてはいなくて。もう少し自分の耳が拡張されていくことに期待しています」と語る

 最近はIK MULTIMEDIA ILoud Micro Monitorをメインのモニター・スピーカーとしているそうで、「僕は作業が進むに連れて音量が小さくなっていきます」と続ける。

 「最初にS30から大音量で流して低域を作り、その後の作業の8割はILoud Micro Monitorで行っていると言っても過言ではないかもしれません。特に上の方の帯域は、そこまで大きな音量を出さなければILoud Micro Monitorはすごくフラットに出してくれます。アーティストがミックスの立ち会いを希望する場合は必ずここに来てもらっているのですが、その際もILoud Micro Monitorの音は評判が良いですね」

モニター・スピーカーのIK MULTIMEDIA ILoud Micro Monitor。「小さな音量にして近い距離で聴いた音は完璧じゃないかなと思います。あまりに気に入ったので、自宅用にも購入しました(笑)」とのこと

モニター・スピーカーのIK MULTIMEDIA ILoud Micro Monitor。「小さな音量にして近い距離で聴いた音は完璧じゃないかなと思います。あまりに気に入ったので、自宅用にも購入しました(笑)」とのこと

 スタジオの吸音については、「吸音材を全面に張っていたのですが、高域の鳴りが足りなくなっていることに気づき、ほぼ外しました。ただ低域は変な回り方をしていたので、海外から取り寄せた吸音材を角に置いています」と語る。一方、ヘッドフォンでの作業時間は少ないらしい。

 「スピーカーから感じ取れるダイナミクスやバランスを信頼しているためです。といっても最後には必ずヘッドフォンのBEYERDYNAMIC DT150でもチェックしています。左右のバランス、パンを振った楽器の音量の差はヘッドフォンじゃないと見えてこないですから」

ヘッドフォンのBEYERDYNAMIC DT150。佐藤氏は同じ機種を3台所有している。音はもちろんだが、イア・パッドが深めで耳に触れないところもポイントのこと。ボーカル録音の際にはSONY MDR-900STを用いている

ヘッドフォンのBEYERDYNAMIC DT150。佐藤氏は同じ機種を3台所有している。音はもちろんだが、イア・パッドが深めで耳に触れないところもポイントのこと。ボーカル録音の際にはSONY MDR-900STを用いている

ウクライナから取り寄せた吸音材のUA ACOUSTIC Bass Trap。100Hz以下の低域の吸音性能がかなり高いとのこと

ウクライナから取り寄せた吸音材のUA ACOUSTIC Bass Trap。100Hz以下の低域の吸音性能がかなり高いとのこと

アーティストの独創性を崩さない

 アウトボードはよく使用するものを厳選してセットしており、中でもEQのMAAG AUDIO EQ2、IGS AUDIO RB 500 MEはマスター・バスで多用している。

 「一度DA/AD変換する音が好きなんです。特にEQ2はAIR BANDを思い切り上げたときに、高域が持ち上がっても耳に付かない感じがあって、抜け感が抜群に良くなります。マスター・バスへのコンプは、リコールのしやすさと音質をてんびんにかけて使わなくなりました」

 自らミックスすることが決まっているボーカル録音では、4~5つのアウトボードをかけ録りする。「速いコンプのBAE AUDIO 500C、EQのAPI 560、遅いコンプのDBX 560A、ディエッサーのDBX 520を、録音の段階で主にかけています。速いコンプの500Cは最近見直した機材です。ずっとUNIVERSAL AUDIO 1176LNを使っていたんですが、低音が強いボーカルで引っかかってしまい音が暗くなってしまって。500Cにはハイパス・フィルターが備わっているので、そこをうまく回避できます」とのことだ。

アウトボード・ラック。オーディオ・インターフェースのAVID Pro Tools|Carbonは、レコーディング時のレイテンシーを考慮し導入した。MIDASのAPI 500シリーズ・ラックL10の下にあるのは、マイクプリのJOHN HARDY Jensen Twin Servo 990 Mic Preamp 2-Channel。OPアンプが2つ搭載されたモデルで、ノイズが少ないクリーンなサウンドとのこと。その下のBAE AUDIO 1073MP Dualは前の作業場から長く使っているマイクプリで、歌録りでは2台を半々の割合で使い分けている

アウトボード・ラック。オーディオ・インターフェースのAVID Pro Tools|Carbonは、レコーディング時のレイテンシーを考慮し導入した。MIDASのAPI 500シリーズ・ラックL10の下にあるのは、マイクプリのJOHN HARDY Jensen Twin Servo 990 Mic Preamp 2-Channel。OPアンプが2つ搭載されたモデルで、ノイズが少ないクリーンなサウンドとのこと。その下のBAE AUDIO 1073MP Dualは前の作業場から長く使っているマイクプリで、歌録りでは2台を半々の割合で使い分けている

マイクは左上から時計回りに、BEYERDYNAMIC M130、AKG C414EB×2本、NEUMANN TLM49、ELECTRO-VOICE 648、SOUNDELUX U99、COLES 40 38×2本。ボーカル録りのメインとなるのはU99で、以前はTLM49を多用していたそう。佐藤氏はこのほかにも約30種類のマイクを所有している

マイクは左上から時計回りに、BEYERDYNAMIC M130、AKG C414EB×2本、NEUMANN TLM49、ELECTRO-VOICE 648、SOUNDELUX U99、COLES 40 38×2本。ボーカル録りのメインとなるのはU99で、以前はTLM49を多用していたそう。佐藤氏はこのほかにも約30種類のマイクを所有している

オーディオ・インターフェースのBEHRINGER UMC404HD。Ryohuの最新アルバム『Circus』収録曲「Hanabi feat. オカモトショウ」のボーカルとギター録りの際、マイクプリのAPI 512V、コンプのBAE AUDIO 500C、EQのAPI 560と共に持ち出してレコーディングしたそう。佐藤氏は「久しぶりに使ったんですが、音がすごく良かったので採用しました」と語る

オーディオ・インターフェースのBEHRINGER UMC404HD。Ryohuの最新アルバム『Circus』収録曲「Hanabi feat. オカモトショウ」のボーカルとギター録りの際、マイクプリのAPI 512V、コンプのBAE AUDIO 500C、EQのAPI 560と共に持ち出してレコーディングしたそう。佐藤氏は「久しぶりに使ったんですが、音がすごく良かったので採用しました」と語る

 今も数多くのアーティストから依頼を受けている佐藤氏。エンジニアリングを手掛ける際には、どういった心がけをしているのだろうか。

 「あまり自分のキャラクターを出さないことです。もし自分が作品をエンジニアに頼むことを想像してみると、何か指図されたくないだろうなと。自分と同世代の人やもっと若い人だとそう考えている人も多いだろうと思うので、人にもそうしてあげたいですね。あとは自らDAWを使って、ラフ・ミックスやパラ・データを作り込んで送ってくれるアーティストとお仕事することも多いのですが、その音源をリファレンスとして信頼しています。たとえ変なバランスだとしても、独創性を崩したくない。“このままでいいじゃん”みたいなところから伸ばせるところを伸ばす、という考えが強いです。今後は、そこからさらにアーティストの想像を超えるものを付け加えられるようになれたらと思っています」

Equipment

 DAW System 
Computer:APPLE Mac Mini
DAW:AVID Pro Tools、ABLETON Live
Audio I/O:AVID Pro Tools|Carbon、BEHRINGER UMC404HD
DSP:UNIVERSAL AUDIO UAD-2 Satellite Thunderbolt 3 Octo Core

 Outboard & Effects 
Mic Preamp:BAE AUDIO 1073MP Dual、JOHN HARDY Jensen Twin Servo 990 Mic Preamp 2-Channel、API 512V、他
Compressor:BAE AUDIO 500C、DBX 560A、UNIVERSAL AUDIO 1176LN、IGS AUDIO One LA 500、他
EQ:API 560、MAAG AUDIO EQ2、IGS AUDIO RB 500 ME、他
DI:RADIAL JDI、JDI Stereo、UREI Model 325
Others:DBX 520(ディエッサー)

 Recording & Monitoring 
Monitor Speaker:GENELEC S30、IK MULTIMEDIA ILoud Micro Monitor、NEUMANN KH 750 DSP D G
Monitor Controller:HERITAGE AUDIO Baby RAM
Headphone:BEYERDYNAMIC DT150、SONY MDR-CD900ST、DIRECT SOUND EX-29
Cue System:FURMAN HDS-6、HR-6
Microphone:SOUNDELUX U99、NEUMANN TLM49、AKG C414EB、C452EB、D25、D224E、D112、COLES 4038、BEYERDYNAMIC M160、M130、M88N(C)、M201N(C)、ELECTRO-VOICE RE20、648、SENNHEISER MD421N、MD421 U-5、MD441 U、E604、SHURE SM7B、SM57 Unidyne III、SM57、SM48S、Beta57、Beta58、Beta58A、Beta91A、SOLOMON DESIGN Lofreq Sub Mic、ALTEC 650B、OKTAVA MK-102、MIC&MOD U47

 

佐藤慎太郎

佐藤慎太郎
1990年生まれ、新潟県出身。レコーディング、ミックス、マスタリングまで手掛けるフリーランス・エンジニア。これまでに、AAAMYYY、SANABAGUN.、Ryohu、TENDRE、Shin Sakiuraといったアーティストの作品だけでなく、劇伴やCM音楽など幅広い作品に携わっている。

 Recent Work 

『Master Work』
ODD Foot Works
(Tokyo Invader)

次に欲しい機材は…?

 モニター・スピーカーのIK MULTIMEDIA ILoud Precisionが欲しいです。ILoud Micro Monitorを使ってみて絶大な信頼を感じています。シリーズの最新モデルなので、一度聴いてみたいところです。ほかに、フルレンジ・スピーカーのAURATONE 5Cも気になります。あとはミックス・バスをドライブさせるアウトボードを探していて、KAHAYAN Vintage 80 Series Mix Bussが気になっています。ビンテージのライン・アンプとかがあれば最高なんですけどね。

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