牧野忠義(スピンソルファ)のプライベート・スタジオ|Private Studio 2022

牧野忠義(スピンソルファ)のプライベート・スタジオ|Private Studio 2022

マスター・アップの瞬間までゲーム音楽の可能性を追求するスタジオ

 音楽制作会社スピンソルファの代表を務め、ゲーム『モンスターハンターワールド:アイスボーン』『FINAL FANTASY VII REMAKE』など数々の人気タイトルで音楽を担当する牧野忠義。5年ほど使っていたという事務所兼スタジオを離れ、今年の4月に新スタジオとなるSpinSolfa Studioを設立。専門家の建築施工とDIYのミックスによって、理想とする音環境を造り上げている。

Text:Satoshi Torii Photo:Takashi Yashima

安心して仕事ができ、わずかな音の違いも感じ取れる空間

 SpinSolfa Studioはビルの5階と6階、最上階の2フロアで構成された開放感あふれるスタジオだ。以前のスタジオは、牧野いわく「密閉されたアトリエ」だったようだ。

 

 「地下ということもあり空気的にも人の流れ的にも逃げ場が無く、もう少しゆとりのある環境で人を呼んでも安心して仕事ができるようにしたいと考えていました。音響特性の面でも決して良いところではなかったので、自分では良いバランスで作っているつもりでも本当にそうなのか?という疑いを捨て切れなかったことも、移転した理由の一つですね」

 

 6階には11.2畳のコントロール・ルームと、2.5畳のレコーディング・ブースを新設した。施工を手掛けたのは、音楽業界の仲間から紹介してもらったというアコースティックエンジニアリング。牧野は「こちらの意見にも耳を傾けて進めていただいたので、すごく安心できました」と語る。

 

 「交通量の多いところに面しているので、音をしっかり止めてもらうようお願いしました。テラス部分や窓をつぶしたりして、新たに部屋を造ったという感じですね。ブースは、完全防音にしたかったので鉄扉と浮き床に。コントロール・ルームは音質を重視して固定床にしています。スピーカーを鳴らしながら音がたまりやすい後方に吸音性のあるソファを入れたり、スピーカーとデスクの位置を計測して調整したことでわずかな音の変化を感じ取れる空間になりました。ゼロ・ベースで設計/調整していただいて初めて、リファレンスへのスタート・ラインに立ったという確信があります」

上から下まで完ぺきに鳴るFOCAL Trio 6BE

 コントロール・ルームのデスクは、牧野が自作したものを使用。デスク周りはすっきりとした印象だ。

 

 「細かなところは自分で作りました。カスタムするのが好きだし、自分でやっていれば後から用途を柔軟に変えられますしね。あと、むやみに物を増やしたくないんです。手や耳に慣れたものを大事にしていきたいと思っています」

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モニター・スピーカーは、L/RにFOCAL Trio6 BE、センターとリアにShape 65を採用。内側にあるEVE AUDIO SC204は、修理に出して使うほど聴き慣れた音とのことで、ピッチのチェック時に使用する。左のAPPLE iPadにはHUGHES&KETTNER Black Spirit 200 Remoteが立ち上がっており、レコーディング・ブースにあるギター・アンプ、Black Spirit 200のパラメーターを遠隔で調節可能。コントロール・ルームでギターを弾く際に活用している。キーボードはNATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol S61で、その上にKORG NanoKey2とモニター・コントローラーのAPOGEE Control Remoteを用意。右は、DAWコントローラーのAVID Artist Mix。作曲で使用するDAWソフトは、STEINBERG Cubase

 モニター・スピーカーのFOCAL Trio6 BEは前のスタジオから引き継ぐ、まさに牧野の愛用品と言えるものだ。

 

 「家庭用ゲームの音楽は5.1chや4chが多いですが、スマートフォン・アプリやサントラ用のダウン・ミックスなどステレオ作業もあり、どちらも対応するためにもまずはL/Rでしっかり鳴るスピーカーが必要になります。Trio 6BEはソースを問わず、完ぺきに再生してくれるので制作に欠かせないですね。センターとリアにFOCAL Shape 65を、サブウーファーにはPRESONUS Temblor T10を用意して5.1ch仕様にしています。センターもリアもFOCALで統一していて、丸一日作業をしていても聴き疲れせずに飽きが来ない。いつまでも聴いていたい理想の音です」

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リアのモニター・スピーカー、FOCAL Shape 65。隣にあるAPPLE MacBook Airは、オーディオI/OのSOLID STATE LOGIC SSL 2からKEMPER Profiling Amplifierに接続し、リグ管理を行っている

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デスク下に、サブウーファーのPRESONUS Temblor T10を設置。メイン・スピーカーのFOCAL Trio6 BEはしっかりと低域が出るため、LFEのみを再生している

 デスク脇のアウトボードも、音作りをする上で欠かすことのできない存在だと語る。

 

 「ゲーム音楽は実装してからの調整が多いため、イン・ザ・ボックスで完成させることが多いです。それと同時に有機的な音が求められる時代でもあるので、MANLEY Stereo Variable Mu Limiter CompressorとSSL Fusionは組み合わせてよく使います。Fusionは現代的な思想のアウトボードなので気軽に扱えるし、フル・アナログなのに洗練された音を与えてくれますね」

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デスク左のラック。最上段のMANLEY Stereo Variable Mu Limiter Compressorは、絶対に手放せない魅力があるコンプとのこと。その下に、SSL Fusion、オーディオI/OのAPOGEE Ensemble。API 500互換モジュールのRUPERT NEVE DESIGNS R10には、CHAMELEON LABS 581、SHADOW HILLS Mono Gama、CHANDLER LIMITED TG2-500、RUPERT NEVE DESIGNS 535×2、551×2を搭載

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デスク脇のラックには、ステレオ・バス・コンプのWESAUDIO NGBusCompをセット。専用プラグインで設定をリコールできるのが便利とのこと。その下は、キュー・システムのBEHRINGER PowerPlay P16-Iで、レコーディング・ブースへのアウトプットとして活用

 レコーディング・ブースは、ギターやボーカルなどの録音で使用。ギター・アンプのインプットをコントロール・ルームにもつないでいるため、ブースに入らずとも爆音のギター・サウンドを録音できるようになっている。

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コントロール・ルームと隣接するレコーディング・ブース。手前のギター・アンプは、HUGHES&KETTNER Black Spirit 200。ギターのレコーディングは丸1日かかることもあり、長時間使用でもコンディションに左右されないギター・アンプとして採用している

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メイン・ギターのT'S GUITARS Arc。バズ・フェイトン・チューニング・システムのため、ピッチが安定しスムーズに録音できる

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マイクは左から、NEUMANN TLM102、M149、BLUE MICROPHONES Bluebird SL、ASTON MICROPHONES Aston Spirit、MOJAVE AUDIO MA-101FET、SHURE SM57、SM58、SENNHEISER MD421。メイン・マイクはM149で、ギター・アンプの収録にはMA-101FETをよく使っているそうだ

 続いては5階について。その用途は、6階とは全く異なる。

 

 「5階はゲーム・オーディオ・ミドルウェアのAUDIOKINETIC Wwiseなどを使ってゲームに実装する作業を行う場所です。デスクや内装は、すべて自分で作っています。後は、電子ドラム・セットのATV ADrums Artist Expanded Set。鍵盤でドラムやパーカッションを打ち込むと難易度的にやり過ぎてしまうので、打楽器をあらためて研究したくて最近導入しました。習っていたので少しだけたたけますしね。MIDI入力にも対応するので、ここでレコーディングしてほかの音源に差し替えたり、いろいろな使い方ができそうです」

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5階は、ゲーム・オーディオ・ミドルウェアのAUDIOKINETIC Wwiseなどを使ってゲーム内に音楽を取り込んで作業するためのデスクや、ミーティング・スペースを備える。デスクにはモニター・スピーカーのFOCAL Shape 50やSONY製のサウンド・バーを設置。デスク奥の吸音材はUA ACOUSTICS製で、牧野が自ら加工して取り付けている

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電子ドラムのATV ADrums Artist Expanded Set。内蔵音源はハイレゾ録音されており、サンプリング音源としても非常に優秀とのこと。スピーカーはIK MULTIMEDIA ILoud MTM

 作曲家である牧野だが、作品では演奏、ミックスまで手掛けることも多いそう。「アドリブ演奏もミックスも作曲の一部」と言う彼にとって、理想の空間ができたと言えるだろう。

 

 「作曲するだけなら、ここまでの環境は要らないですから。スタジオを持ったことで、マスター・アップの瞬間まで突き詰めて良い音楽を作らなければと、責任をより感じるようになりました。この環境を仕事に正しく反映できないと意味が無いと思っています」

Equipment

 DAW System 
Computer:APPLE Mac Mini、MacBook Air、RAZER Core X
DAW:STEINBERG Cubase、AVID Pro Tools、APPLE Logic Pro
Audio I/O:APOGEE Ensemble、SOLID STATE LOGIC SSL 2、WAVES DigiGrid IOS
Controller:NATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol S61、KORG NanoKey2、AVID Artist Mix、ELGATO Stream Deck
DSP:UNIVERSAL AUDIO UAD-2 Satellite

 Outboard & Effects 
Mic Preamp:CHAMELEON LABS 581、SHADOW HILLS Mono Gama、CHANDLER LIMITED TG2-500
Compressor:MANLEY Stereo Variable Mu Limiter Compressor、RUPERT NEVE DESIGNS 535、WESAUDIO NGBusComp
EQ:RUPERT NEVE DESIGNS 551
Pedal Effects:FISHMAN Aura Spectrum DI Preamp、MELO AUDIO Midi Commander、EBS MultiComp、etc.
Others:SSL Fusion

 Recording & Monitoring 
Monitor Speaker:FOCAL Trio6 BE、Shape 65、Shape 50、PRESONUS Temblor T10、EVE AUDIO SC204、IK MULTIMEDIA ILoud MTM
Headphone:SONY MDR-7506、TAGO STUDIO T3-01
Monitor Controller:APOGEE Control Remote、SPL SMC 5.1
Microphone:NEUMANN M149、TLM102、BLUE MICROPHONES Bluebird SL、ASTON MICROPHONES Aston Spirit、MOJAVE AUDIO MA-101FET、SHURE SM57、SM58、SENNHEISER MD421

 Instruments 
Guitar Amp:HUGHES&KETTNER Black Spirit 200、BLACKSTAR HT-5、UNIVERSAL AUDIO OX、KEMPER Profiling Amplifier
Drums:ATV ADrums Artist Expanded Set

 

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牧野忠義

数々のゲームに作編曲家として参加。作家力と技術力を兼ね備え、タイトル規模を問わず高い評価を得ている。『NHKスペシャル』『ドバイ万博expo2020』に参加するなど、活動範囲を広げている。

 Recent Work 

『モンスターハンターワールド:アイスボーン オリジナル・サウンドトラック』
(カプコン セルピュータレーベル)

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