若林タカツグのプライベート・スタジオ|Private Studio 2022

若林タカツグのプライベート・スタジオ|Private Studio 2022

制作意欲をかき立てる好ロケーション。居心地の良さとクオリティを併せ持つ5.1ch環境

 作編曲家として主にゲームやアニメ、ドラマなど映像作品の音楽や主題歌を手掛けてきた若林タカツグ。これまで『モンスターハンター フロンティア』『ぼのぼの』『世にも奇妙な物語』など、さまざまな映像作品で音楽を担当している。今年9月、プライベート・スタジオを自宅から都心のビル8階へと移した。ビル自体も新築とのことで、スタジオ全体から真新しい雰囲気を感じ取れる空間だ。

Text:Satoshi Torii Photo:Hiroki Obara

新築ビルのワンフロアを改築。モニター環境はこだわりの5.1ch仕様

 もともとワンフロアだった一室に、10.5畳のコントロール・ルームと3.4畳のレコーディング・ブースを設計。ミーティング・スペースも用意している。都心の好立地にあり、窓からはレインボーブリッジが見えるなど絶好のロケーションだが、当初はスタジオにする予定ではなかったと若林は言う。

 

 「最初は事務所として借りようと思っていたんです。眺めが良くて新しいところがいいなという希望はあって。ただ事務所としては広過ぎるし、いっそスタジオにしようと思ってアコースティックエンジニアリングさんにお声掛けしました。自宅スタジオも手掛けてもらっていたので、今回でお願いするのは2回目です。いろいろな業者に相談していたのですが、こちらの希望に一番柔軟な対応をしてくれましたね」

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メイン・モニターは、GENELEC 8341をL/C/Rに配置。GLM(Genelec Loudspeaker Manager)により室内の音響効果をDSPで自動補正している。また補正だけでなく、L/Rのみや、センターのみのリスニングなどルーティングの切り替えを容易に行える点においてもGLMが大きく役立っているようだ。キーボードはNATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol S88を採用。椅子を2台置ける広いスペースが確保されている

 施工からわずか8週間ほどで、内装はほぼ完成したという。若林がこだわった点はどこだったのだろうか。

 

 「ボーカルやソロ楽器など細かいレコーディングをたくさんしたいと考えていました。あとはエンジニアの方と一緒にミックスをしたりするときに、なるべく気持ち良くできるようにということも重要視しています。あまりスタジオっぽくなり過ぎず、家っぽくもならない中間くらいにしてもらいました」

 

 計画では、ブースでのドラム録音も考えていたようだ。

 

 「ミーティング・スペースを無くしてドラムも入れようとしていたんですが、マイク・スタンドを何本も立てることを考えると現実的でないと思いやめました。ギリギリのサイズで入っても、良いものを録音できないと意味が無いですから」

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ミーティング・スペース。映像モニターには、コントロール・ルームとレコーディング・ブースの様子を映すことも可能

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コントロール・ルーム後方の窓は二重窓仕様の開閉式。後ろの壁は、防音パネルとディフューザーで低域の拡散効果を担う

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コントロール・ルームとレコーディング・ブースの間にある窓は調光ガラスで、ワンタッチで不透明に切り替えることができる。スタジオを設計する際にこだわった部分の一つで、それぞれの部屋で異なる作業をする際などに役立っている

 コントロール・ルームのメイン・スピーカーは5.1ch仕様。L/C/RにGENELEC 8341、後方のSL/SRに8331、サブウーファーに7360Aをセッティング。若林は「絶対5.1chにしたいと考えていました」と語る。

 

 「映画の案件があって早速使ってみたかったのと、個人的な趣味としても5.1chにはしたくて。ただ、やるからには趣味以上のクオリティにはしたかったんです。Rock oNさんや友人のスタジオなどで実際に音を聴いてみて、重心の低いGENELECの音が自分の好みに合っているなと。あと、片方の壁が全面窓になっていて音響的に難しい環境ではあるのですが、GLM(Genelec Loudspeaker Manager)で音響補正してちゃんと鳴るようにできるというのも大きいです」

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SL/SRのモニター・スピーカーとして、GENELEC 8331を天井につっている。L/C/Rの8341よりも小さいサイズだが、5.1chでのリスニングについては全く問題無いとのこと

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写真下がサブウーファーのGENELEC 7360A。スピーカー台はコンクリートが打ち込まれた頑丈な仕様となっている

システムをMacBookに差し替えれば普段の環境でのスタジオ使用が可能

 「オーディオI/OはAVID Pro Tools|MTRX Studio、モニター・コントローラーはNTP TECHNOLOGY Momを採用しました。Momはイーサーネット接続なので、MTRX Studioからスピーカーへ直結できてすごく音が良いですね。自由なルーティングで使いやすく、気に入っています」

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デスク上部左側のラック。上から、CURRENT CSP101/R(VUメーター)、AVID Pro Tools|MTRX Studio(オーディオI/O)。その下のパッチ・ベイはスタジオ設立に合わせて新たに作った特注品だ

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デスク上部右側のラックには、録音時にメインで使っているアウトボードをセット。上から、RUPERT NEVE DESIGNS 5024(プリアンプ)、5211(プリアンプ)、EMPIRICAL LABS Distressor EL8-X(コンプレッサー)×2、UNIVERSAL AUDIO 1176LN(コンプレッサー)

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モニター・コントローラーのNTP TECHNOLOGY Mom。オーディオI/OのAVID Pro Tools|MTRX Studioとイーサーネット接続している。コントロール・ルーム天井にはレコーディング・ブースとつながるトークバック・マイクが装備されており、その音量についてもMomで調整を行う

 デスクは、アコースティックエンジニアリングのオーダーメイド。キーボードのNATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol S88が、備え付けのようにピッタリと収まっている。

 

 「エディット作業はマウスを使うので、キーボードのコントロール部分は覆っています。その分、広く使えるようなデスクを作ってもらいました。引き出し式ではないので安定感もあって良いですね。Komplete Kontrol S88はタッチとか幅感を考えると、これ以外の選択肢はありませんでした」

 

 APPLE MacBook ProでLogic Proを使って作曲する若林。毎日Kappa Studioで作業するため、MacBook Proをスタジオのシステムで使えるよう工夫しているとのことだ。

 

 「スタジオのシステムにはAPPLE Mac Miniを導入しているのですが、MTRX StudioからMac Miniに接続しているThunderboltケーブルをMacBook Proに差し替えると、MacBook Proをスタジオのシステムとして使えるようにしています。自分以外の誰かがコンピューターを持ち込んだ場合でも、普段の作業環境のままスタジオで作業できる。これは結構新しい試みなのではないでしょうか」

 

 既にレコーディングも行い、その感触について若林は「すごく満足しています」と語る。

 

 「アコギやチェロ、コントラバスなどを録音しました。ブースのドアを開けて響かせてみたりとか、試行錯誤しつつもかなり良い音で、奏者の方からも好評でしたね。コントラバスはまずブースに入るのか心配だったんですけど問題無かったです。ハープも録音してみたいですが、ちょっと難しいかな(笑)」

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レコーディング・ブース。ボーカルやソロ楽器の録音で使用している。コントロール・ルームとの間をつなぐ廊下の壁にもパッチを用意してあり、廊下をブースとして使用し録音することも可能となっている

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マイクは左上から時計回りに、SHURE SM57×2、JOSEPHSON E22S、UNITED STUDIO TECHNOLOGIES UT FET47、NEUMANN U87AI、AKG C414 XL II×2

 スピーカーやマイクも新しいものを導入していく予定とのことで、Kappa Studioはまだまだ進化の途中にあるようだ。

 

 「自分自身の作業スピードも、以前と比べて倍ほど速くなりました。現状貸し出す予定は無いですが、ほかの方にも自信を持って使ってもらえるような、業務用スタジオと変わらないクオリティを持っていると思います」

Equipment

 DAW System 
Computer:APPLE Mac Mini、MacBook Pro
DAW:APPLE Logic Pro、AVID Pro Tools
Audio I/O:AVID Pro Tools|MTRX Studio
Controller:NATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol S88、Maschine MK3、ROLI Lumi
VU Meter:CURRENT CSP101/R

 Outboard & Effects 
Mic Preamp:RUPERT NEVE DESIGNS 5024、5211、FOCUSRITE ISA 215、VINTECH AUDIO X73
Compressor:EMPIRICAL LABS Distressor EL8-X、UNIVERSAL AUDIO 1176LN、TUBE-TECH LCA 2B

 Recording & Monitoring 
Monitor Speaker:GENELEC 8341、8331、7360A
Headphone:SONY MDR-CD900ST
Monitor Controller:NTP TECHNOLOGY Mom
Microphone:NEUMANN U87AI、UNITED STUDIO TECHNOLOGIES UT FET47、JOSEPHSON E22S、AKG C414 XL II、SHURE SM57

 

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若林タカツグ

作編曲家。アニメやゲーム、ドラマ、映画などの映像音楽や主題歌を手掛ける。主な作品にアニメ『ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース』、ゲーム『モンスターハンター フロンティア』など。カッパエンターテインメント代表取締役。

 Recent Work 

『ドラマ特区 西荻窪 三ツ星洋酒堂 Original Soundtrack Best Selection』
若林タカツグ
(Kappa Entertainment)

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