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murozoがWONK「Rollin'」のミックスを解説

murozoがこだわったWONK「Rollin'」のミックス・テーマとは?

WONKの「Rollin'」を題材曲にしたミックス・ダウン・ツアー特集、ここではエンジニアが作成した自身のミックスについて解説していただく。近年は1MILL、Bleecker Chrome、DEAN FUJIOKA、LEX、Only U、超特急などのアーティストを手掛け、Dolby Atmosや360 Reality Audioでのミックスも行うmurozo氏。普段はサンプルが多く使われたヒップホップ系の楽曲を手掛けることが多いというが、「Rollin’」はどのような方向性でミックスをしたのだろうか。

Text:Yuki Komukai Photo:Takashi Yashima

今回のミックスについて

 オリジナルの「Rollin’」はすごく軽快にミックスされていましたが、僕は普段ヒップホップなどの低音が強くノリがいい曲を手掛けることが多く、自分の持ち味を生かすために“重心の低い大きな音像”を目指しました。リファレンス音源などは特に決めずに、自分の好きな音像になるように処理をしています。

 普段はサンプルが多く使われた曲を手掛けることが多い一方で、今回は生音が多く含まれていたので、まずはキックやベース、シンセ、ボーカルなど、個別の音の処理から考えていきました。特に、どの帯域を削るかといった“帯域分け”をして、分離感を生み出すことにこだわっています。僕はDolby Atmosや360 Reality Audioなども手掛けているのですが、こういったイマーシブ・オーディオでミックスすると、ステレオでは聴こえなかった音が聴こえるようになったりするので、“それをステレオでも表現したい”という思いもあったんです

 個別の音作りは、“キック→ベース→ドラム全体→ボーカル→そのほかの上モノ”という順番で行いましたが、全体を鳴らすということは常にしながらミックスを進めます。最終的に全部の音が鳴った状態が一番重要なので、個別の音を処理しながら全体でも聴いて、調整して、また全体を聴いて……というのを繰り返しながら作業を行っています。クリアなサウンドにするために実機は使わず、すべての処理をプラグインで行いました。

murozo氏が拠点とするスタジオ、CRYSTAL SOUND。DAWはAVID Pro Toolsで、モニター・スピーカーはMUSIKELECTRONIC Geithain RL901K、AMPHION One18が設置されているほか、360 Reality AudioやDolby AtmosのミックスのためにGENELECのモニターが並んでいる

murozo氏が拠点とするスタジオ、CRYSTAL SOUND。DAWはAVID Pro Toolsで、モニター・スピーカーはMUSIKELECTRONIC Geithain RL901K、AMPHION One18が設置されているほか、360 Reality AudioやDolby AtmosのミックスのためにGENELECのモニターが並んでいる

Point 1:キックで曲全体の重心を下げる

 まずはキックの処理から。キックを“ずしっと”させることで、曲全体の重心を低くしたいと思って作業をしました。スネアやハイハットの音がかぶっていたのですが、キックに集中して処理ができるように、かぶりはすべて取り除いて、新たなオーディオ・ファイルを作成しています

 ここで、元のキックのみだと自分が目指す音像にできないと判断し、STEVEN SLATE DRUMS Trigger 2を使って、低域がしっかりあるサンプルを重ねました。サンプルのリリースの長さが気になったので、連打されているところは細かくフェード・アウトさせて、元のキックとうまく混ざるように調整しています。

ドラム・リプレーサーのSTEVEN SLATE DRUMS Trigger 2。アタック検知でサンプルを重ねられる。今回重ねた音色は、アコースティック系の音色4種類からオーディションして一番パンチが出るものに決めたという

ドラム・リプレーサーのSTEVEN SLATE DRUMS Trigger 2。アタック検知でサンプルを重ねられる。今回重ねた音色は、アコースティック系の音色4種類からオーディションして一番パンチが出るものに決めたという

 新たに重ねたサンプルを下に、元の音を上に配置したかったので、元のキックにはコンプレッサーWAVES PuigChild 660をかけて、“TIME CONSTANT”の数値を“2”に設定し、聴感上の音の重心をほんの少し上げました。EQでも低域をカットして、中低域をブーストしています。

コンプレッサーWAVES PuigChild 660。右から2番目の“TIME CONSTANT”ノブは、アタックとリリースの値が固定されたプリセットで、数字が大きくなるにつれて重心が上がるような変化を得られるという

コンプレッサーWAVES PuigChild 660。右から2番目の“TIME CONSTANT”ノブは、アタックとリリースの値が固定されたプリセットで、数字が大きくなるにつれて重心が上がるような変化を得られるという

 個別の処理だけでは、2つの音色が完全には組み合わさっていなかったので、これらをバスにまとめて処理をしました。少しEQで調整してから、 SIR AUDIO TOOLS StandardClipでややクリップさせてパンチを出しています。

クリッパーのSIR AUDIO TOOLS StandardClip。murozo氏いわく、ヒップホップでよく使われていて、パンチを強めることができるプラグインとのこと

クリッパーのSIR AUDIO TOOLS StandardClip。murozo氏いわく、ヒップホップでよく使われていて、パンチを強めることができるプラグインとのこと

 そして、低域はモノラル感を出しつつも高域にいくにつれて少し広がりを出したかったので、IZOTOPE Ozone 9のImagerを使いました。逆三角形の音像をイメージして作っていて、200Hzまではモノラルで、それより上はステレオで広げるようにしています

AIによるアシスタント機能を搭載したマスタリング・プラグインIZOTOPE Ozone 9。今回はImagerモジュールを使用して200Hzより上の帯域を広げている

AIによるアシスタント機能を搭載したマスタリング・プラグインIZOTOPE Ozone 9。今回はImagerモジュールを使用して200Hzより上の帯域を広げている

 広がりを出した後、さらにパンチを出すためにサウンドにパワーを与えられるUNISON Manglerというひずみ系プラグインをかけ、最後にリミッターCRADLEAUDIO The God Particleをかけています。これをかけると低域がしっかりするので気に入っているんです。

murozo氏が敬愛するエンジニア、ジェイツェン・ジョシュア氏が監修するリミッター・プラグインCRADLEAUDIO The God Particle

murozo氏が敬愛するエンジニア、ジェイツェン・ジョシュア氏が監修するリミッター・プラグインCRADLEAUDIO The God Particle

Point 2:キックとベースの位置関係を考える

 キックの次はベースです。まずはキックとベースの位置関係を考えます。今回はキックに重心を任せて、ベースはピッチの変化を感じられるファンクっぽいブリブリした音に仕上げたいと思い、音作りを始めました。EQで低域をカットし、120Hz辺りを少し減衰させて、中域と高域をブーストします。この処理で重心が上がりすぎたので、コンプレッサーPuigChild 660のTIME CONSTANTを“1”にして重心を少し下げて調整。その後、倍音を付加するWAVES MaxxBassをかけると、ピッチ感が出てきました。これを使うと、APPLE iPhoneの内蔵スピーカーでも聴き取れるようなベースに仕上げることができます。

倍音を付加して低音を補強できるプラグインWAVES MaxxBass。“Freq”で周波数のポイントを調整すると、その帯域に対して倍音が付加される

倍音を付加して低音を補強できるプラグインWAVES MaxxBass。“Freq”で周波数のポイントを調整すると、その帯域に対して倍音が付加される

 続いてキックと同様にOzone 9 Imagerで高域にかけて少し左右幅を広げました。そして、StandardClipでサチュレーションを足し、EQで3kHz辺りを上げるとさらにピッチの変化を感じられるようになります。その後音にパンチを与えるために、Manglerで“MANGLE”と“DESTROY”を少しずつ上げています。どちらのノブも上げるとパンチが出るのですが、“DESTROY“は音が大きく広がるのに対し、“MANGLE”は芯が出てくるというイメージで、両方が良いバランスになるように調整しています。

音にパンチを与えるプラグインUNISON Mangler。ツマミが少なく手軽に使えるので気に入っているという。ほんの少しかけるだけで音が大幅に太くなるそうだ

音にパンチを与えるプラグインUNISON Mangler。ツマミが少なく手軽に使えるので気に入っているという。ほんの少しかけるだけで音が大幅に太くなるそうだ

Point 3:ドラム全体の位相ズレを調整

 キックとベースが仕上がったら、ドラム全体の音作りをしました。いろいろ処理を進めていく中で位相のずれが気になったので、スネアとオーバーヘッド、キックのバス、そしてクラップ(Linn Clap)の4つにMELDAPRODUCTION MAutoAlignをインサートして調整をしています。これらをグループ化して、音を流しながら “Analyse”ボタンを何回か押していくと、一体感が出た瞬間が分かるんです。

トラック間の位相を最適化するプラグインMELDAPRODUCTION MAutoAlign。画像は左上から時計回りに、オーバーヘッド、キックのバス、スネア、クラップ(Linn Clap)にインサートされたもの

トラック間の位相を最適化するプラグインMELDAPRODUCTION MAutoAlign。画像は左上から時計回りに、オーバーヘッド、キックのバス、スネア、クラップ(Linn Clap)にインサートされたもの

 また、オーバーヘッドとスネアが生音なのに対し、シェイカーはおそらくドラム・セクションとは別で、サンプルか別録りの素材を使用しているため曲にあまりなじんでいなかったので、キックをトリガーにしたサイド・チェイン・コンプをかけて一体感を演出しました。

Point 4:メイン・ボーカルを際立たせるミックス

 メイン・ボーカルが際立つように処理をしています。ピッチを安定させるためにANTARES Auto-Tuneをかけているのですが、Humanaiseを上げることで生っぽさを出してみました。続いてIK MULTIMEDIA MixBoxをインサートし、トーンやEQ、ディエッサー、コンプレッサーなどをかけています。僕は1個のラックになっているプラグインが、音作りしやすいので好きです。少し広がるイメージがほしかったので、MixBoxの5段目でEnsembleをかけて響きを出し、6段目のRoom Reverbで陰を作りました。“陰を作る”というのは、立体感を出すということです。

メイン・ボーカルにインサートされたIK MULTIMEDIA MixBox。左から、Tone Control、Channel Strip、De-Esser、コンプレッサーのWhite 2A、響きを生み出せるEnsemble、Room Reverb

メイン・ボーカルにインサートされたIK MULTIMEDIA MixBox。左から、Tone Control、Channel Strip、De-Esser、コンプレッサーのWhite 2A、響きを生み出せるEnsemble、Room Reverb

 MixBoxでの処理の後はWAVES Renaissance Voxをかけています。これを使うと音がすごく前に出てくれます。さらにFABFILTER Saturn 2でサチュレーションをかけることで倍音を足しました。特に高域にかけると、より音の粒立ちが良くなります。

ボーカル・トラック用のコンプレッサー/リミッターWAVES Renaissance Voxでボーカルを前に出す

ボーカル・トラック用のコンプレッサー/リミッターWAVES Renaissance Voxでボーカルを前に出す

最大6バンドまで分割可能なマルチバンド・サチュレーション、FABFILTER Saturn 2。高域にかけると音の粒立ちが良くなるとのこと

最大6バンドまで分割可能なマルチバンド・サチュレーション、FABFILTER Saturn 2。高域にかけると音の粒立ちが良くなるとのこと

 コーラスについては、“メイン・ボーカルの後ろに添える”というイメージにしたかったので、メイン・ボーカルよりも深めにAuto-Tuneをかけました。リチューン・スピードは10(メイン・ボーカルは20)にしています。その後EQやコンプレッサーをかけ、ディレイを足し、さらにリバーブで陰を付けました。今回は“分離感”もテーマだったので、一つ一つの音に対して少しずつリバーブをかけて、すべての音が立体的になるようにしています

Point 5:主役の音で上モノ全体のリバーブ感を決める

 上モノの楽器の中で何がメインになるかを考えたときに、“Synth Main”という音が一番目立つなと思ったので、それをさらに際立たせる処理をしました。Synth Mainの低域は、ベースやキックと干渉しないようローカットして、ベースの音色が出てくる帯域も少し削っています。また、ルーム・リバーブVALHALLA DSP Valhalla Roomを、立体感を作るために強めにかけていて、プリディレイを37.8msにして遅れてリバーブがかかるようにしています。“原音はしっかりしているけど、後ろにリバーブが付いている”という状態を作っていて、ディケイは2秒です。Synth Mainが上モノの中でも主役だと思ったので、この処理で上モノ全体のリバーブ感を決めたいと思いました。音が大きいので、ほかのパートにもそのリバーブ感が加わって聴こえるんです。

ルーム・リバーブのVALHALLA DSP ValhallaRoom。立体感を演出するために深めにかけている

ルーム・リバーブのVALHALLA DSP ValhallaRoom

 オリジナルだとあまり聴こえなかったのですが、印象的だった“ArpSynth”を浮遊しているように動かしたかったので、NOVONOTES 3DXを使いました。これはサラウンドにも対応していて、僕が今まで使ってきたパンナーの中では一番クリアに音を動かせるプラグインです。多くのパンナーは動かすと周波数特性が変わって音が劣化してしまうのですが、3DXは音が変わりにくいので重宝しています。実際に音を流しながら何回か手動でパンを書いていて、これだなというところでやめるんです。3DXはイントロのFX系の音にも入れています。パンを動かしてはいないのですが、挿すだけで音が少し後ろにいって、柔らかい聴き心地になります。

ステレオからイマーシブ・オーディオまで、さまざまなフォーマットのミキシングに対応したNOVONOTES 3DX。murozo氏は今回、パンナーとして使っており、その音質を高く評価している

ステレオからイマーシブ・オーディオまで、さまざまなフォーマットのミキシングに対応したNOVONOTES 3DX。murozo氏は今回、パンナーとして使っており、その音質を高く評価している

Point 6:IZOTOPE Ozone 10で簡易マスタリング

 トータルの処理は、IZOTOPEの新製品Ozone 10の力を試しました。基本的にはミックスの段階で仕上げていたため、あまりいじってはいないです。中域に音のたまりがあったので少しだけカットして、3kHz辺りを持ち上げています。また、中域だけM/S処理をして、低域の広がりがタイトすぎたのをImagerで少し広げました。OzoneにはAIが自動でマスタリングをアシストしてくれる機能があるのですが、ダイナミックEQが良い結果になることが多いので、今回もダイナミックEQに試してみて、それを微調整しました。また、Ozone 10のMaximizerには新しくSoft Clipというクリッパーが搭載されていて、これを20%くらいに上げることでよりパキッとした音像になるように仕上げています

マスタリング・ソフトIZOTOPE Ozone 10。画面はMaximizerで、中央辺りに見える“Soft Clip”はバージョン・アップで新搭載されたクリッパーだ

マスタリング・ソフトIZOTOPE Ozone 10。画面はMaximizerで、中央辺りに見える“Soft Clip”はバージョン・アップで新搭載されたクリッパーだ

murozoのミックス・アドバイス

murozoのミックス・アドバイス

★“帯域分け”で分離感を生み出す

★音の位置関係を意識する

★曲のメインとなるパートを見極める

【Profile】Crystal Soundを拠点に活動する気鋭のオーディオ・エンジニア。元ラッパーという経験を生かし、近年は1MILL、Bleecker Chrome、DEAN FUJIOKA、LEX、Only U、超特急など、ヒップホップやR&Bからポップスまで国内海外問わず幅広く手掛けている。

【特集】ミックス・ダウン・ツアー2022

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