Studio音の森は、バンドなどのリハーサルやレコーディングのみならず、ダンスやワークショップまで幅広く対応したレコーディング・スタジオだ。東京都羽村市の閑静な住宅地にある当スタジオは、オーナーであり、ギタリスト、コンポーザー、エンジニアとしても活動をしている雨倉順平氏が、2019年末にスタジオ建設の計画を立案。設計/施工をアコースティックエンジニアリングの入交研一郎氏へ依頼し、2021年に完成、本格稼働を開始したという。雨倉氏の空間から機材まで、細部にわたるこだわりで作られたスタジオをレポートしていこう。
木造建築ながら鉄筋コンクリート造に匹敵する遮音性能を確保
存在感ある黒の外観で一戸建てのStudio音の森は雨倉順平氏の生まれ育った羽村市にある。入り口を入ると、ロビーの奥に約25畳あるメイン・スタジオとコントロール・ルームの2部屋を備えたスタジオだ。2階には落ち着いた内装の控室も用意。雨倉氏は10代の頃からバンド活動を開始し、楽器店で働きながら、サポート・ギタリストやローディ、テックなどさまざまな場面で音楽に関わってきた。その後、楽器店を退社して、Studio音の森の運営を開始することになったという。当時のことを雨倉氏に振り返ってもらった。
「中学生くらいから、いつかスタジオを作りたいという夢は持っていました。その後、リハスタで録音してみたり、仕事でもいろいろなレコーディング・スタジオでの録音経験を積んで自分なりに技術も学んでいくうちに、録り音がすごく大事だなと感じたんです。スタジオの空間を生かしたマイキングをすると本当に良い音に仕上がるなと。なので、実際にこのスタジオ建設が実現することになった際に考えたのは、広い空間でナチュラルに音が響くブースを作りたい、ということでした。そこで楽器店で働いていたときのつながりから、アコースティックエンジニアリングの入交さんに連絡したんです」
設計と施工を担当した入交研一郎氏は、これまでに数々のスタジオ施工に携わってきた経験から、雨倉氏の要望にどうのように応えたのだろうか?
「まず、本物件は更地に一戸建てを作るところからスタートしたので、家屋の構造を鉄筋コンクリートにする選択肢もあったのですが、コスト面を鑑みて木造で進めました。木造とは言え、今は技術の向上でロング・スパンで広い空間を作ることは可能ですし、木造の良さもあります。パッと見ても木造とは思いませんよね? その点は家自体の設計/施工を担当するメーカーとも打ち合わせを進めながら、スタジオ部分を担当する我々としては、どのように遮音するかに重点を置いています。鉄筋構造のスタジオとは全く違う考え方でアプローチしないといけなかったのですが、過去の実例も踏まえて、どのような吸音材や材料を使えば雨倉さんが望むスタジオになるか?を考えて設計/施工していきましたね」
高さの違う天井構造でより広い空間を実現
広い空間で良い響きを目指したレコーディング・スタジオの特徴について、入交氏に解説してもらった。
「高い天井でリハーサルもできるスペースにしたいというリクエストだったので、できるだけ天井を高くするために水平梁をなくして屋根なりに空間を確保しました。低いところで2.5m、高いところは3.8mと音が広がるような設計になっているんです。反射板を天井の勾配に沿って設置することで自然に斜めになるので、フラッターなどの音響障害の心配はなかったですね。また、空間の響きを生かすために、デッドにはしすぎないよう、反射板と吸音板を交互に設置したり、角にはサウンド・トラップも設置しています。壁の素材としてもグラスウールや木毛セメント板といった吸音材とウッド・タイルや化粧合板、珪藻土を使って響きをコントロールしているんです。苦労した点としては遮音ですね。空間が広いので、いつも行っている高遮音の仕様とは異なる方法で設計したのですが、結果、鉄筋の躯体に造ったスタジオと変わらない遮音性能が出ています」
このレコーディング・ブースには雨倉氏がプレイヤーとしてこれまでにそろえてきたギターやドラム・セットなどの楽器のほか、マイクやミキサーなど、レコーディング用途の機材も多数そろっている。どのように選定したのか聞いてみた。
「多チャンネルの入力が必要だったので、インターフェースはANTELOPE AUDIO Goliath HD Gen3を、録音用のマイクはドラムのほかにボーカル、ピアノなど空間の音までしっかり収音できるようにコンデンサーからリボン・マイクまで各種そろえていきました。あとレコーディング時の音質的にこだわったのはケーブルです。THE NUDE CABLEを使っているのですが、Studio音の森用にチューニングしてもらい、パッチ・パネルを通さず直接コントロール・ルームへ引いています。電源もスタジオ専用の電柱から供給することとアイソレーション・トランスを使用することで、ノイズもできるだけカットできるようにこだわりましたね」
実際にスタジオ完成後に音を出してみた印象について、雨倉氏に聞いてみた。
「音的にはブリティッシュというよりアメリカンな印象ですね。アンビエンスの音を奇麗に録れるか?ということを重視したのですが、実際に良い音ですね。リハ用に鏡を用意しているのですが、あえてカーテンを開けて反響させた音を録ったり、いろんなマイキングを実験することでデータも取れてきました。天井が斜めだからか、音の飛び方がすごく分かりやすいんですよ。これまでに一番多いのはドラムの録音なんですが、ここでしか録れない音になっていると思います」
入交氏も「床の構造が華奢だと良い音で鳴らないので、レコーディング・ブースとコントロール・ルームの床は、地面の上からしっかりとした厚さのコンクリートを確保しているんです。モニター・スピーカーも高域から低域まで奇麗に鳴ると思いますよ」と教えてくれた。そのコントロール・ルームは、左右対称で、音が広がる方向へ大きくなっているのが特徴的。雨倉氏は「そこまで広くはなく、吸音材で反響もうまく軽減できていると思うのですが、ドライ過ぎず位相がすごく分かりやすいんです。入交さんがおっしゃったように、音像としてはめちゃくちゃ良いなと思っていますね」と語る。
ミュージシャンはもちろん、近所の人も含めて、音楽をする人が集える場所にしたかったという思いから、“音の森”と名付けられた本スタジオ。今後、さまざまな音が、この森から生まれていくに違いない。