3月16日から24日までの9日間、音楽家/サウンドアーティストevalaの新作インスタレーション『Sprout』が東京・渋谷のBunkamura Studio跡で展示された。30個の小型スピーカーが生み出す立体音場作品で、地を這うように伸びた無数のケーブルとそのサウンドからは芽吹き=Sproutを感じさせるものとなった。
床に置かれたスピーカーが放つ“上から降ってくる”音
今回のevalaのインスタレーションは『渋谷ファッションウイーク 2024 春』の一環として制作されたもの。サステナブルとは何かを問う“THINK”をテーマにし、渋谷各所にてインスタレーションやイベントが開催された。
オーチャードホールを除いて現在休館中のBunkamuraでは、『Bunkamuraの未来を照らす新しいアート体験』と題し、地下の吹き抜けで西野達の大型インスタレーション『ミラーボールファニチャー』と、Bunkamura Studio跡地でのevalaのサウンドインスタレーション『Sprout』が展示されていた。
Bunkamura Studioは、1989年のBunkamura開業とともに地下1Fにて営業開始(当初はTOKYU FUN Studio)。数々のアーティストの録音のほか、Bunkamura内のオーチャードホールやシアターコクーンと回線がつながっており、ライブ録音や放送中継ににも使われてきた。
2つのコントロールルームが共有していたメインスタジオエリアは、床面積115㎡/天井高4.7m。そこに足を踏み入れると、オーク材の床には無数のケーブルが不規則に張り巡らされ、4cm径ほどのユニットを備えた膨大な数のスピーカーが上向きで置かれている。空間には、水の流れるような音、電子音、ささやきのような音、そしてコーラスが満ちている。そう、閉業したスタジオ空間に、新しい音が満ちているのだ。ケーブルの間を縫うようにフロアを移動していくと、個々のスピーカーから全く別の音が鳴っていることに気づく。
evalaの立体音響作品については過去にもレポートしているが、『Sprout』でも頭の後ろで上から降ってくる水滴の音や、身体にまとわりつくような音、何かが頭上を回転する音が奏でられている。まさにevalaの真骨頂だ。“上にスピーカーがないのになぜ?”という疑問は鑑賞している間に次第に薄れ、作品全体に身体が溶け込むように感じられてくる。
人工的な空間にノイズから生み出す音が満たす“芽吹き”
そのスピーカーへと伸びるケーブルは、奥のブースが出元となっている。そのブース入口に屹立するのは、ケーブルをいけばなの技法でまとめたオブジェ。中には床に転がるスピーカーと同じものが埋め込まれており、時折ぼんやりと光を放ち、さらにはストロボのように強力に発光する。このオブジェからケーブルが“発芽”しているようにも見える。
この『Sprout』を取り巻くスタジオ跡地という空間全体は人工的なもの。evalaによれば、水音のように聴こえる音を含め、ほとんどの音はノイズを加工して作っているそう。声もAIによる生成音声を元にしたもので、生音と呼べるものはない。つまりサウンドも人工的なものだ。しかし、確かに息吹のようなものが感じられる。地名のとおり、谷に位置する渋谷の水脈を伝って、目に見えない音が芽吹いていく姿がそこに立ち上っていくようだ。
一方、スタジオの別室に向かうと、暗い中に小さなディスプレイが2つ。そのセンターに、先程メインスタジオで置かれていたスピーカーがぽつんと1つ置かれている。鳴らされているソースは、メインスタジオで聴いたものと同じようでいて、少し印象が異なる。モノラル再生であるものの、時折後方からも音が聴こえるような気がする。実に不思議な空間だ。暗さに目が慣れてくると、ここがAstのコントロールルームであったことに気がつく。コンソールも機材もない、がらんどうのこの空間は、スタジオの中枢としてかつて機能していたのだ。
DAISOの300円スピーカーの“置く位置”で音色と空間が出来上がる
さて、この『Sprout』、『渋谷ファッションウイーク 2024 春』とBunkamuraのコラボレーションにあたって、evalaに声がかかったことで制作がスタートしたという。evala自身、2017年にSEGAのCIサウンドロゴ制作でBunkamura Studioを使用したことがあったという。
「数々の音楽作品が作られたBunkamura Studioの跡地、機材も何もかもが撤去された空洞的なスペースに、音の精霊のようなものがやってきて、蔦や草花が張りめぐり始め、そこに地面から新しい芽吹きが生まれているという現象を音で作っています」
ではどうしてこのような作品をevalaは作ろうと思ったのか。
「スタジオや劇場でいつも使うようなスピーカーを持ち込んで、ライブ形式や上映スタイルの作品をやるのは面白くないなと。試行錯誤をしているときになぜか、大量の小型スピーカーを持ってきて、床に並べながら試行錯誤したんです」
実は、床に並んでいるスピーカーは“100円ショップDAISO”でペア300円+税で販売されているものだ。高級スタジオとして有名で、高価な機材であふれていたBunkamura Studioのフロアを、300円のスピーカーで満たす。それが新たな芽吹きを生むとは、evalaが意図したかどうかはともかく、『Sprout』のアイロニカルな側面だと言える。
「床に無数のスピーカーを置くというのは、ここにスピーカーを吊るのも難しいし、スピーカーをスタンドに立てるのも嫌だな、というところから始まったんですよ。楽器ではなくスピーカーで創作をする僕からすると悩ましい空間ですが、ここまでたどり着けたのは長い期間……3月の頭からこのBunkamura Studio跡地が使えたことが大きかったんです。現場での準備が2〜3日だったら、スピーカーを立てるしかなかったと思います」
これまでのevalaの作品は、不必要な視覚情報を排して、極力音に集中するような仕掛けをしたものが多い。しかし『Sprout』はあえて逆を行き、無数のケーブルが床を這う展示そのものも芽吹きを意識したものになった。
「もちろん、小型スピーカーなので、ユニットに無理はさせないように低音は全部カットして音を送っています。それだと低音が足りないので、サブウーファーとしてFOCAL Professional Sub6を2台使っていますが、これは小型スピーカーとは別の低音用のソースを再生しています。鳴らしている小型スピーカーは30台ですが、それは単純に、制作から公開までの長期間押さえられたDAコンバーターのチャンネル数が32chだったからです。あと、ソニーの小型スピーカーも2台使っていて、これも別チャンネルで鳴らしています」
メインの小型スピーカーは、チャンネル単価で言えば150円。そんなスピーカーから、しかも床置きのみでこの立体的なサウンドを生み出せるのはevalaのマジックだ。「確かに僕は魔法使いなんて言われますけど(笑)」と前置きして、evalaはこう語る。
「今回、特別な位相操作するようなことはない……テクノロジカルな手法っていうのはないんです。“このプラグインを挿したらここに定位する”というような仕掛けの話ではない。実際にスピーカーを配置をしていくことで、音色と空間が出来上がっていく。例えば、今回のシステムもほかの場所に持っていくと全然違うことになると思うんです。もちろん空間音響用のパンナーは使っていますが、ある音がどういうイメージで上へ這い上がっていくのかは、スピーカーの置き方で探っていく。そんな作業をしていきました」
また、コントロールルーム側の2台のディスプレイと1つのスピーカーというスタイルは、通常のスタジオのレイアウトを逆にしてみたという。
「一般的なレコーディングスタジオには、モニタースピーカーがステレオで2つ、その中央のディスプレイがありますが、それを逆転してみたんです。僕はパッケージ作品のリリースというスタイルから10年以上離れていますが、ここで鳴らしている音も簡単にパッケージできないということのステートメントなんですね」
音の密度が上がった64chや128chの『Sprout』にも展開できる
evalaとしても新境地といえる『Sprout』。スピーカーとケーブルを避けながらの鑑賞者の“足の踏み場”まで考えると、Bunkamura Studioの会場規模では30.2chの構成はジャストサイズであったと思うが、evalaはより多くのチャンネル数でも作品展開をしたいという。
「64chや128chも絶対やりたいので、どなたかDAコンバーターを貸してください(笑)。『Sprout』もシリーズ化して、例えばビルの壁面に8個スピーカーが生えていて、再訪したら16個、32個……とどんどん増えていったり。サンレコの読者だと、“ああ、使えるDAコンバーターのチャンネルが増えたんだな”って思うかもしれない(笑)。でも、今回のBunkamura Studioの規模であっても倍くらいのチャンネルがあると、音の密度が上がって、より"近い音”が表現できるようになります」
そう構想を語ってくれたevala。彼の新しい魔法のアイテムは、わずか300円のスピーカーであった。しかし、彼の作品はレディメイドではなく、必ずその場所に応じたさまざまなアプローチを見せて(聴かせて)くれる。“何を、どう表現するのか”という手数と技術の蓄積が、この“300円のスピーカー”を生かす。それこそが彼の魔法の正体なのだろう。次はどこでどんな音が芽吹くのかも期待したい。
evala『Sprout』
- コンセプト、ディレクション、音楽、音響:evala
- インストール:浪川洪作
- 音響システム:久保二朗
- 照明・映像:2bit
- いけばな・立体造形:井上千聖
- 設営サポート:長島千尋
- 制作マネジメント:長村圭乃