今回はAvid Pro Toolsを使ったリミックスの制作方法を、実際にリリースされた楽曲を題材に紹介していきたいと思います。取り上げるのは「小島サイファー Remix.CosaquMix」で、これはLITTLE(KICK THE CAN CREW)さんの「小島サイファー feat.梅田サイファー」を私がリミックスした楽曲です。
ラップボーカルに対してリズム隊の位置をサンプル単位で調整
まず、この曲の内容をざっくり説明しておきましょう。オリジナルはRIP SLYMEのDJ FUMIYAさんが手掛けられています。FUMIYAさん節全開のファンキーで疾走感のあるビートに、LITTLEさんが16小節ごとに梅田サイファーの各メンバーとマイクリレーをしていく、という内容です。長さは5分7秒でテンポは122BPMとなっています。
まず、このようなビートのリミックス依頼があった場合に、私が一番最初に考えるのはオリジナルを踏まえた上でどういうアプローチをしていくかということです。そこで、最初にラップのアカペラをPro Tools上にインポートして、テンポをオリジナルと同じ122BPMに設定しました。初回でも解説しましたが、この時点で各トラックのタイムベースを“サンプル”から“ティック”へと変更しておくと、作っている途中にテンポを変更したくなった際に便利です。
また、ビートを作りはじめるときは、必ず頭に8小節の余白を設けます。これは途中でイントロを延ばしたいなど、新しいアイディアが出てきたときに対応しやすいからです。
これらの準備が整ったら、まずはアカペラに対していろんな素材をインポートして、ざっくりとアイディア出しを行っていきます。この曲の場合、いろいろなサンプルやドラムを合わせてみた結果、オリジナルの持つキャッチーさと疾走感は生かしたままリミックスを作りたいと思いました。そこで、ラップに合う疾走感を持ったブレイクビーツと、原曲とは対照的なナイト感のあるエレピのサンプルをメインとして使うことにしました。
次に、ラップに対してブレイクビーツやエレピサンプルのリズムを合わせていきたいので、ナッジ機能を使ってこれらの位置を決めていきます。ナッジのメニューからサンプルを選択して、移動の単位を10サンプルもしくは2サンプルに設定し、タイミングを微調整しました。
ここでセッション全体を見てもらいましょう。
まず上段3つのトラックには原曲のステムを置いて、いつでも比較できるようにしています。その下の3つの赤色のトラックは、ラップボーカルのトラックです。さらに、その下にある2つの赤色のトラックはリミックス用に新たに追加したラップボーカルのトラックで、黄色のトラックはドラム類、茶色はベース類、青色はサンプルやシンセ類のトラックと並んでいます。また、非アクティブになっているのは、オーディオ化済みのインストゥルメントトラックです。
このセッションを見てもらうとわかる通り、「小島サイファー Remix.CosaquMix」では、パターンの異なるブレイクビーツを3種類、ベースもシンセベースを2種類とRoland TR-808系ベースを1種類の合計3種類を用意しました。これは、8小節ごとに展開していくという中だるみしないような構成を考えた結果です。とはいえ、継続性は保ちたいので、メインのエレピと同じコードやベースを違う音色で鳴らし、ベースの手数を増やしたり、展開ごとのドラムの打ち方を工夫しています。
さらに、R-指定とテークエムのラップボーカルのパートでは、ガラッとトラップの展開に変わるのですが、一般的なトラップ系のスネアではなく、金属の打撃音のようなスネアを使いました。これは原曲の持っているファニー感と、良い意味での違和感を演出するためです。また、この展開で鳴らしているリードシンセは、チョップして次の展開の頭に余韻として残し、スムーズにメインの展開に戻れるように工夫しています。
ステレオ感の作り方と位相の補正
ラップボーカルをメインにリミックスのビートを構築していく場合、いかにラップボーカルのスペースを確保しながらビートを組んでいくかということが大事になってきます。このリミックスでもビートを組んでいく過程で、メインのエレピをもう少し広げて鳴らすことで、ラップボーカルのスペースを確保したいと考えました。そこで、エレピのトラックにディレイのAvid Mod Delay IIIをインサートして、右側だけを20msずらす設定にしました。
これで広がり感は出せますが、位相が悪くなってしまいます。そこで、ACUSTICA SPACECONTROLのPhase Limiter機能を使って補正しました。これにより、ワイドかつ奇麗にエレピを鳴らすことができました。
モノラルのトラックをステレオに広げたい場合などは、モノラルトラックを複製して片方のチャンネルのタイミングをディレイなどでずらすことで広がり感を作るという手法がありますが、そういう場合は2つのトラックをステレオのAUXトラックにまとめて、そこにSPACECONTROLをインサートして位相を補正するとよいでしょう。素材によってさまざまな広げ方があると思うので試してみてください。
さらにSPECTRASONICSのソフト音源Omnisphereのベース音色、Energy Pluck Bassを使って打ち込んだフレーズも、もう少し広がりが欲しかったのでiZotope Ozone 10のImagerを使って広げました。
その後段にはPlugin Alliance Brainworx bx_digital V3をインサートし、Mono-Maker機能で60Hz以下をモノラルにしています。こうすることによってワイドかつ、締まったベースに仕上げることができました。
なお、どれくらいの周波数から下をモノラルにするかは、楽曲によって変わってきます。キックとの兼ね合いによって、調整してみてください。
このように構成や音色を決めていったら、FXやドラムのフィル、各素材の抜き差しなどのさらに細かい部分に着手して、完成に持っていきます。
完成した楽曲は各種ストリーミングサービスで配信されていますので、オリジナルと合わせてぜひ聴いてみてください。今回の内容が皆さんがリミックスを手掛ける際のヒントになれば幸いです。
Cosaqu(梅田サイファー)
【Profile】大阪の梅田駅にある歩道橋で行われていたサイファーの参加者から派生した集合体、梅田サイファーのメンバーであり、ビートメイカー/ラッパー/エンジニアとして活躍。梅田サイファー「KING」「かまへん」をはじめ、ヒプノシスマイクのどついたれ本舗「なにわ☆パラダイ酒」、さらには『キングオブコント2022』のオープニングなどの作曲も手掛けるなど、活動は多岐にわたる。
【Recent work】
『RAPNAVIO』
梅田サイファー
(ソニー)
『BE THE MONSTER』
梅田サイファー
(ソニー)
AVID Pro Tools
LINE UP
Pro Tools Intro:無料|Pro Tools Artist:15,290円(年間サブスク版)、30,580円(永続ライセンス版)|Pro Tools Studio:46,090円(年間サブスク版)、92,290円(永続ライセンス版)|Pro Tools Ultimate:92,290円(年間サブスク版)、231,000円(永続ライセンス版)
REQUIREMENTS
Mac
▪最新版のmacOS Monterey 12.7.x、またはVentura 13.6.x
▪M2、M1あるいはIntel Dual Core i5より速いCPU
Windows
▪Windows 10(22H2)、Windows 11(23H2)
▪64ビットのIntel Coreプロセッサー(i3 2GHzより速いCPUを推奨)
※上記は2023年12月時点