MIDIコントロール・システムによる
100以上のリリース・サンプルを用意
ドイツのライプツィヒで1895年に創業され、STEINWAY、BÖSENDORFER、BECHSTEINとともに、世界4大ピアノ・メーカーの一つに数えられているBLUTHNER。ドビュッシー、ブラームス、マーラー、バルトーク、リスト、チャイコフスキー、ショスタコーウィッチ、ラフマニノフがこよなく愛した音色であり、ザ・ビートルズの映画『レット・イット・ビー』でポール・マッカートニーが弾いているピアノとしても知られている。
BLUTHNERのピアノはアリコート張弦を採用している点が特徴。これは通常1音に対し3本の弦が張られるところ、美麗な共鳴を得るためハンマーでたたかれない4本目の弦を追加するという、1873年に考案された機構だ。さらにソフト・ハンマーとの組み合わせによって、クリアで温かく、そしてソフトな音色も再現されている。
VSLの専用スタジオに設置されたBLUTHNERのピアノを、VSLが独自に開発したソレノイド(自動演奏機構)に基づいた精密な動作制御システム、“ロボットの指”に演奏させるという方式で収録。MIDIコントロール・システムによって、さまざまな音符の長さとリリースの速度に応じた100以上のリリース・サンプルを読み出すことができ、スタッカートやテヌートなどのニュアンスのリアルな表現により磨きをかけている。
ふくよかな中域や箱鳴りを再現
マイクの調整で幅広い音作りが可能
画面上部中央のタブは、左からPlay、Mix、Editとなっている。Playでは、リバーブ、マスター・ボリューム、ダイナミック・レンジの調整のほか、BodyやSympatheticという項目で共鳴音の調整、Timberで音色の明るさの調整が可能だ。Mixは、マイク・ポジションごとの音量バランスを調整できるミキサー画面になっており、選択したプリセットに必要なマイク・ポジションのサンプルがフェーダーに割り当てられる。
Editでは、ダイナミック・レンジ、MIDIの感度、余韻、そのほか演奏上の詳細な調整が行える。
音の印象は、きらびやかな倍音が特徴的なVSLのSteinway Dと比較すると、ソフトで落ち着いた印象。アリコート張弦特有の繊細な倍音がほのかな華やかさを加える。テンション・コードが実に気持ち良く溶け合い、ドビュッシーやサティ、スクリャービンのような雰囲気の曲にはぴったりだ。洗練された中域の独特なふくよかさや箱鳴りもよく再現されており、音数の少ないピアノ曲も、しっかりと説得力をもって聴かせることができる。古典派のピアノ・ソナタの緩徐楽章のような曲をしっとりと奏でるにも良い。
先述の通り、Mixタブをクリックするとミキサー画面になり、各種マイク・ポジションのサンプルがそれぞれフェーダーに立ち上がる。各フェーダーを操作してバランスを変化させると、残響感、距離感などを変化させることができる。マイク・アンサンブルをフルに生かし、ステージでの鳴りを再現するもよし、アンビエンス・マイクはオフにし、外部プロセッサーなどを併用して、アビイ・ロードでのあのセッションのような雰囲気を再現するもよし。音作りの可能性は幅広い。
画面下部にあるプリセット・タブは、左からConcert、Intimate、Pop、Ambience、Vintageとなっており、狙う音楽ジャンルやリスニング・ポジションに応じて、演奏フィールやミックス・バランスを手早く直感的に変えることができる。Vintageのプリセットで、シンプルなピアノ・ソナタを弾いてみたところ、1895年にタイム・スリップしたような世界が現れた。
BLUTHNERのピアノは、STEINWAYやYAMAHAのサウンドを聴き慣れた私たちにとって、少し異国の風を感じさせてくれる音である。車であれば“ベンツやBMWは皆乗っているから、あえて自分はシトロエンに乗ろう”というこだわり派の人も居るだろう。このSynchron Bluthner 1895は、ピアノの音にそのようなこだわりを持っている人にぜひ使ってもらいたい音源だ。王道のピアノとは一味違う独特の質感や響きが、あなたの個性となり、新しい作風を開拓するインスピレーションの源となるだろう。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2019年11月号より)