32イン/32アウトの入出力
全入力に48Vファンタム電源供給が可能
カナダの新鋭メーカーFLOCK AUDIOより発売されたThe Patchは、デジタル制御ながらも音声回路はフル・アナログというパッチ・ベイ/ルーティング・システムです。Mac/Windows対応のソフトウェアPatch Appを使ってコンピューター上で入出力のルーティングを行い、その設定は保存も可能。先進的な機能を持つパッチ・ベイですね。64ポイント(32イン/32アウト)の接続数を持ちつつ、前面にも2イン/2アウトの入出力を搭載しています。
初見では、“なるほど、AD/DAせずにフル・アナログか。便利そうだな”と思ったくらいでしたが、実際に使ってみたら、“おわ〜こんな便利なものが出たのか! こんなの欲しかったんだよなぁ!”という感想に変わりました。サウンド・メイクのイマジネーションをかき立てられるような、これまでにありそうで無かった製品です。初めから絶賛してしまいましたが、実際にどのようなものなのか冷静に解説していきたいと思います。うまく使えばスタジオ機材のフル活用化や作業効率アップにつながるのは間違いなさそうです。
まずはハードウェアの外観から見ていきましょう。リア・パネル左端には電源とUSB端子が並びます。電源は100/200V、50/60Hz対応で、24V DCアダプターが付属。USB端子はコンピューターとUSB 2.0で接続でき、専用ソフトウェアのPatch Appと連動します。リア・パネルの大部分には、D-Sub 25ピン(TASCAM配列)の入出力が8系統、計32イン/32アウト分を装備。フロント・パネルにも入出力があり、インプットがXLR/フォーン・コンボ端子×2、アウトプットはXLR端子×2です。Patch Appの設定でD-Sub 25ピンのch31&32と入れ替えて使えるようになります。
フロント・パネル中央には3つのLEDが並びます。最上部の“HOST SIGNAL”は、The Patchとコンピューターが接続されているときに点灯。中央のLED“48V PHANTOM POWER”はその名の通り、マイクに48Vファンタム電源を送ったときに点灯します。The Patchは、フロント・パネルの2chを含めたすべての入力に対して確実に48Vを送ることが可能です。誤って別の機材に48Vを送ってしまうようなトラブルを防ぐ機能もPatch Appに装備しています。3つ目のLED“EXTERNAL 48V WARNING”は、接続したマイク・プリアンプなどから誤って48Vが送られているときに点灯します。これらがシンプルに1Uで収まっており、使い勝手が良さそうですね。
専用ソフトのPatch App上で
入出力先をドラッグ&ドロップして設定
次にソフトウェアのPatch Appを試していきましょう。ソフト自体はFLOCK AUDIOのWebサイトにてユーザー登録をすれば入手できます。ソフトの動作は軽く、瞬時に立ち上がってメイン画面が表示されました。
画面右下に青字で小さく“HOST SIGNAL”とありますが、これが青いときはThe Patchと接続完了の合図。接続されていないときは赤字になります。なお、Patch AppはThe Patchと接続せずとも動作するので、スタジオ外や空き時間にあらかじめパッチ組みしたセッティングをエクスポート/保存しておくことも可能です。作業当日のセッティングに割く時間も減りますね。
メイン画面の左側、HARDWAREという欄に並ぶ青色の名前がThe Patchにつながっている入出力の一覧になります。この一覧から画面中央のグレー枠、各PATHのスロットにドラッグ&ドロップしてパッチを組んでいくわけです。また、画面下にあるFRONT INPUTSとFRONT OUTPUTSをオンにすれば、D-Subのch31&32をフロント・パネルの入出力に切り替えることができます。
画面左下のHARDWARE SETUPをクリックすると、入出力のセットアップ・メニューが表示されます。各イン/アウトの名前は任意で入力でき、“白クジラ”などの日本語も入力可能です。48Vファンタム電源の制御もこの画面で行えます。The Patchをミックスやマスタリングのみで使う場合、ファンタム電源の供給は必要無いので、セットアップ・メニュー左下の“48V MASTER”をオフに。レコーディングでファンタム電源を使う場合は“48V MASTER”をオンにした上で、フォンタム電源が必要な入力先の“48V SAFEGUARD”というスイッチをALLOWにします。DENYにすればファンタム電源供給はされません。
アウトボードをプラグイン感覚で
操作性も明快で直感的な作業が可能
それでは、上記のHARDWARE SETUPから実際に組んだパッチを使って、さらにチェックしていきましょう。まずは、ミックス作業で使うパッチ・セットです。
インプットのch1〜8はBURL AUDIO B80 Mothershipからの出力で、アウトプットのch1〜8はサミング・アンプへ向かいます。イン/アウトのch9〜16はAVID Pro Tools|HD I/Oの8ch分です。さらにイン/アウトのch17〜32はインサートで使いたいアウトボード類、としてみました。
ここで、The Patchを通すとどれだけ音が変わるのかをチェックしてみます。B80 MothershipからThe Patchを介してサミング・アンプに入る音と、直にサミング・アンプに入る音を比較してみましたが、両者の違いはほとんど感じられず、違和感無く使うことができました。厳密に言えばわずかに違う感じもありましたが、ケーブルの接点数の違いなどほかの要因もあるので、The Patchだけの変化ではなさそうです。何にせよ、スタジオの一般的なパッチ盤よりロスは少ないと思います。
では、各アウトボードをインサートして使ってみます。アウトボードをドラッグ&ドロップでプラグインのように使えるこのシステム、頭では理解していましたが、実際に使ってみるとその使いやすさはまさに特筆に値するものでした。個人スタジオではパッチ盤の前までイスを動かしたり、機材の後ろに回ったり、商業スタジオではアシスタント・エンジニアがパッチをしてくれるのを待ったりと、必ず余白の時間が生じてしまいます。The Patchでは耳と集中力がリセットされることなく、アウトボードをガンガン試せる音作りができることに大きな感動を覚えました。“歌のコンプはUNIVERSAL AUDIO 1176の黒にしようか、いや、やっぱりTELETRONIX LA-2Aにしよう。その後のEQはAPIかSSLを試して聴いてみて、良かった方にしてみよう”というようなことが実機でありながらプラグイン感覚でできてしまうのです! こんなことを夢に描いていた方も多いのではないでしょうか?
操作性も明快で、入出力先のバイパスや削除は右クリック(Macはcontrol+クリック)して現れるメニューからでき、順番を入れ替えたいときはドラッグ&ドロップで瞬時に入れ替わります。画面上部の時計回りと反時計回りの矢印はアンドゥ&リドゥとなっており、スピーディで直感的な作業が可能です。また、PATHのスロットは下にある+&-マークで増減できるようになっています。
信号を分岐するMULTING
パラレル・コンプなど多彩な使い方ができる
次はボーカルとドラムのレコーディング用のパッチです。ここではThe Patchの最も画期的な機能の一つ、“MULTING”という信号分岐の機能を紹介します。では、実際にMULTINGを使ったPATHを見てみましょう。
スロットの右側にMと書かれた三角形がありますが、これが点灯時はMULTING機能がオンの状態です。このパッチでは、NEUMANN U87からNEVE 1073に入った信号を性質の違う2種類のコンプレッサーに分岐し、別々のトラックに録音しています。特に歌録りのような繊細なレコーディングでは、マイクとマイク・プリアンプ、コンプレッサーの組み合わせがとても重要な要素になるので、初めて録るボーカリストや機材の新しい組み合わせを見つけたいときなどにMULTINGが効果を発揮しそうです。“ちょっと機材をつなぎ替えますので、少々お待ちください”などと言う必要の無い、スムーズなセッションができつつ、新しいサウンドにチャレンジをすることも可能になります。また、DAWの再生とは連動していないので、間奏の間などで瞬時に機材を切り変えるという裏技的なこともできそうです。
ドラム録りのセッティングも作りました。PATH4でスネアのトップ・マイクを分岐してDBX 160でコンプレッションしてから、API 550AでEQしたトラックも録れるようにしています。同じようにして、オーバー・ヘッドやルーム・マイクにパラレル・コンプを加えることも有効そうです。これと似たようなことは大型コンソールでできなくもないですが、必ずしもそういった作業環境があるわけではないことや、切り替えのスピード感などを考えるとThe Patchに軍配が上がりそうです。アイディア次第ではさらに多彩な使い方ができそうな機能になっています。また、The Patchは3台までカスケード接続が可能なので、うまく使えばさらに画期的なスタジオ・システムを構築できることでしょう。
アナログ機材をプラグインのように使うことが可能なThe Patch。操作性も良く、制作環境で大いに活躍しそうな次世代パッチ・ベイです。これによりDAWとアナログ機材の距離も縮まり、ミックスやレコーディングでスタジオ機材を今以上に活躍させられることでしょう。アナログとデジタルのハイブリッド環境でミックスや制作を行っている方や、古くなったパッチ盤を見直したいと思っている方には一度お試しいただきたいです。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2019年8月号より)