典型的なアナログ・シンセに近い構成
耳新しい音満載のプリセット512種
Prophet Xのオーディオ構成は、2基のDCOと2基のサンプル・エリアの信号が、ミキサー、そしてステレオ・アナログ・フィルターに入り、VCA、デジタル・エフェクトを経由した後、出力されます。つまりサンプル・エリアを除けば典型的アナログ・シンセサイザーそのものですから、操作自体は特に戸惑うことはないでしょう。モジュレーション系は4つのエンベロープ・ジェネレーター(EG:2つはVCFとVCA専用)と4つのLFOがあり、さらに同社のお家芸とも言えるモジュレーション・マトリクスも搭載しております。モジュレーション・マトリクスはソフトウェア的にパラメーター同士を結びますから、例えば1つのソースで複数のパラメーター・コントロールが行えたりします。Prophet Xでは28のソースと88のデスティネーションを持つので、これが有るのと無いのでは音作りの幅がケタ違いとなります。
では、Prophet Xのキモである、2基のサンプル・プレイバック・エリアについての解説です。そもそもアナログ・シンセの音にサンプルが合体するとどんなことができるか?ということで、早速ファクトリー・プリセットを聴いてみるわけですが、どの音色も非常に面白いです。DCOだけで作られたベースやリード、パッドなどはもちろんProphetらしい音ですが、サンプルだけ、あるいはサンプルとDCOの両方を使ったものは少々次元が違う気がします。ピアノやブラスなどリアルな音にアナログ・シンセのブワ〜ンとしたストリングスが加わるという80'sライクな音などはこれまでも耳慣れてはいますが、シンプルなエレピなんだけどひずんだ羽音の蜂が飛び交うような音、弾き方でくぐもったコーラスと分厚いディストーション・ギターが交錯する音、グラニュラーをうまく使った現代的な音など。ファクトリー音色は512ありますのでここまでにしますが、耳新しい音が満載で、それらを聴いていると“こりゃあ、ぜひとも音作りしてみたいな”と気分は上がりまくりです。
気鋭のライブラリー・メーカー8DIOによる
150GBものサンプルを内蔵
ということで、そういった音がどんな感じで作られるのか、Prophet Xのパラメーターを紹介してみましょう。2基のDCOはどちらもサイン波、ノコギリ波、パルス波、SuperSawで構成されています。
SHAPE MODというパラメーターはパルス波を矩形波にしたり、SuperSawの厚みの変更ができます。アナログ・オシレーターの不安定さをシミュレートするSLOPは非常に有効。SYNCはもうSEQUENTIAL製品のお約束で、Prophetサウンドを奏でるのに欠かせません。これらの情報は常に有機ディスプレイに表示されますが、ディスプレイ上だけにあるパラメーターも用意されています(オシレーター以外のセクションでも同様)。つまりProphet Xのパラメーターは、パネル上のつまみ数の倍程度はあるんじゃないでしょうか。
さて、今度は2基のサンプル・エリアです。
呼び出しはサンプル単位ではなく、幾つかのサンプルを組み合わせた状態のプログラム単位(サンプル・インストゥルメントと呼びます)で読み込みます。内蔵サンプルはおよそ150GB、サンプル数にして約330,000ほどですが、ユーザーがやることはTYPE(カテゴリー)とINSTRUMENTから選択するだけです。ピアノなどは、このまますぐにスタジオで使えるクオリティなので、多数のサンプルを組み合わせてプログラムが組まれていると思われます。しかし選択するとほぼ瞬時に音を出すことができるのがビックリ。SSDを使っているだけにハード・ディスクとはケタ違いの速さですね。このサンプル・ライブラリーの制作を担当したのは8DIO。まだ設立10年にも満たないものの、サンプリング業界に登場するや、高品位な音質と独特の音色ライブラリーが評判になり、瞬く間に全米トップの一角を担うまでになった新進気鋭のチームです。その臨場感や迫力あるサウンドは、ハリウッド映画でよく耳にする独特の質感そのもの。そんな音がProphet Xから出てくるのですからクオリティ的に文句などあるはずもありません。同時に、そのサウンドを見事に再現できるProphet XのDAコンバーターは恐らく相当高品位なものを採用していると感じ、なんだか頼もしく思いました。なおProphet Xには今後もユーザーがライブラリーを追加購入できる予定があるとアナウンスがあります。
さて、お楽しみはこれからです。Prophet Xはこれらのサンプルに自信があるようで、“そのままピュアな音として使いたいんだ”というときのために、Prophet Xのフィルターをスルーするパラメーターが用意されているほど。“サンプルだけフィルター・スルーで、DCO系列だけフィルタリングしたい”という使い方も可能です。サンプルを素材として利用することもアリ、というか、こちらが主流だと思います。要するに生のままトマトを食べるか、ソースにするかみたいな意味ですね。
オシレーター内でサンプルに対してできることは、リバース再生、スタートやエンド・ポイントの変更、ループの設定などがあります。ちょっとやってみましょう。まず、適当なドラム・キット・プログラムを読み込みます。鍵盤ごとにキックやスネア、ハイハットなどがアサインされていますが、ここで欲しいのはリム・ショットだとします。リムが鳴る鍵盤を押しながらパネルのSAMPLE STRETCHボタンを押すと、あら不思議、すべての鍵盤がリム・ショットになります。
このままだと鍵盤ごとに音階がついているので、音階情報を固定し、さらにエンド・ポイントをぐーっと前に持ってきて、ほとんど“キッ”というくらいのアタック成分だけにしちゃいます。これでサンプル側の下ごしらえは完了。続いてDCO側に移り、サイン波やEGを使ってキックのような音を作ったら、先ほどの“キッ”と混ぜてやることでキックのアタック成分を付加することができます。仕上げにピッチを微調整すればオリジナルのキックの出来上がりです。
こういう作業が音を鳴らしながら、かなりのスピードで進めることができるのがProphet Xの素晴らしい点。この例ではサンプルもDCOも1基しか使ってませんが、さらにサンプルを重ねたり、DCO2は変調用ソースに使ったりとか、アイディアはどんどん広がります。例えば、ピアノ・サンプルにDCO1のサイン波でFMをかけ、ベロシティでアマウントを調整すると、弱く弾いたときは生ピアノだけど、フォルテにすると鐘の音になる音色が作れます。
ちょっと話がそれますが、現行SEQUENTIAL Prophetシリーズを何機種か触ったことがある筆者から見て、Prophet Xは知る限りでは最もFMのかかりが良いと思いました。この例ではピアノを変調しましたが、単純にシンセティックな鐘の音を作りたいだけならサイン波を2つ用意してFMするだけでも使える音になります。奇麗な響きからひずんだ銅鑼まで網羅できるシンセは意外と少ないですが、Prophet Xは難なくこなしてくれました。さらに、2つのDCOのノコギリ波を薄くかけ合わせた際に得られるポリモジュレーション特有の分厚い音を作ったときには、本気で“もうアナログ・シンセは要らないんじゃないか?”とさえ思ったほどです。
Prophet-VSのウェーブテーブルも用意
モノラル16ボイスでも使用可能
サンプルの紹介を続けてしたいところですが、なにしろ量が多いので、ここではTYPE:Synthを少しだけレビューすることにします。このカテゴリーには名前の通りシンセ系の音が詰まっています。ノコギリ波とかの生波形ではなく、アンサンブル系、すなわちパッドなどに使える音が中心で、ノイズも15種類用意。で、冒頭に出てくる音が1980年代に登場した伝説のProphet-VSに収録されていたウェーブテーブルなのです。オリジナル波形97種類がそのまま移植されています。波形は鍵盤1つにつき1波形がアサインされており、欲しい波形を先述のSAMPLE STRETCHで呼び出すわけです。再現できそうなProphet-VSの音色プログラムを幾つか作ってみたところ、“これこれ!”って感じでちゃんと再現でき、思わずニンマリです。やはり本家が提供した波形を本家が作ったフィルターで鳴らすと盛り上がりますね。
このProphet-VSシミュレートでも大活躍したのが内蔵エフェクトです。エフェクトはBBDディレイやハイパス・フィルター、フェイザーやリバーブなど12種類から2つを同時に使用可能。Prophet-VSプログラムでもコーラスがイイ味を出してくれました。
なお、Prophet Xはステレオ8ボイスが基本になりますが、モノラルで良いなら16ボイスでも使えます。でも、このエフェクトはボイス数とは関係ないので、8でも16でも常時ステレオをキープしてくれます。そうそう、Prophet-12やPro-2ではエフェクトの一部だったHackとDeciは、Prophet Xでは別ページで設定可能になってます。Hackは量子化ビット数を、Deciはサンプル・レートをそれぞれ落とすためのものですから、出番は相当多いはず。そうなるとぜひやりたくなるのが、自前のサンプリング・ネタをProphet Xで読み込みたくなります。こちらは本年12月には可能になるよう、次期OSをアップデート中とのこと。楽しみですね。
アルペジエイター&シーケンサーも内蔵
発音方式は変われど“Prophetの音”
まだまだお伝えしたいことはたくさんありますが、字数の関係上さらっと触れるだけでごめんなさい。SEQUENTIAL製品ではもはやお約束とさえ言えるアルペジエイターやシーケンサーも搭載していますし、グライドはサンプルにも対応してたり(シングル・サンプルのみ)、ボイス数が設定可能なユニゾンもあり、筆者が触った限りですが、シンセサイザーとして仕様に穴らしい穴が無いのには驚かされました。
Prophet-5から40年。随分変わったようですが、変わらない点を2つ。まずは、Prophet-6のようにVCOを採用しようが、本機のようにDCOだろうが、頑固なまでにProphetシリーズに通底する独特の出音を挙げます。開発者であるデイブ・スミス氏は“私が出したい音はこういう音なのだ”という譲れない自負があるのでしょう。もう老舗割烹のダシみたいなものですね。もう一つは優れたユーザー・インターフェース。音作りの流れに即したノブの配置は、慣れればパネルを見なくても勝手に手が伸びていくほどです。さらに見過ごせないのは、各パラメーターの反応具合。カットオフ・フィルターのキレやレゾナンスのノブを上げていったときの発振具合、EGやLFOのアマウントの深さ。それらが作り手の“こうなってほしい”という気持ちとぴったりリンクしていることで、“やはりシンセの作り方がうまいなあ”と思わずにはいられません。
あとはどれだけ音作りのイマジネーションを持てるか次第ということになりますが、“音作り難しそう!”と思われるのなら、まずはプリセットをテンプレートとして換骨奪胎してみるのがお勧めです。自戒も込めて言えば、音作りする機会が少なくなるこの時代、Prophet Xは少なくとも今世紀に入って筆者が触った中では一番楽しく音作りが行え、なおかつその結果にも大満足できるシンセサイザーだと思いました。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2018年11月号より)