「AMS/NEVE 1073SPX」製品レビュー:1Uラック・サイズに収められた伝統のマイクプリ+EQモジュール

AMS/NEVE1073SPX
 NEVE 1073と言えば、今更説明する必要も無いレコーディング・スタジオにおける名機的存在のヘッド・アンプ。1073をコピーしたサード・パーティ製品も世の中には数多く存在する。多くのエンジニアやミュージシャンはこの1073のサウンドを耳にしていることだろう。筆者は決してNEVE信者ではないが、その音に魅せられてNEVEのビンテージ・モジュールを16ch分所有している。しかし経年による部品の劣化やスタジオ移動時の運搬の振動で、何かとトラブルに見舞われることが増え、最近ではAMS NEVEの最新モデルを中心に使用していることが大半である。その理由は現行品であるが故の“信頼”もあるが、極めて正確にNEVEの音作りが継承されており、何より音が気に入っているからである。デジタル・リバーブのRMX16などで有名なAMSと、NEVEが合併してからも、NEVEの数々の名機を復刻させてきたAMS NEVE。今回、そんな“本家”が1Uに完結させた1073SPXを発表した。果たして本家が作った1073は完全復刻なのか、それとも現代版1073なのか……。本家の実力はいかに?

フロントにも入力端子を用意
MARINAIR製独自トランスを搭載

 1073SPXは見ての通り、1Uモジュールの中にあの有名な面構えのヘッド・アンプ部と3バンドEQ+フィルター部を搭載し、さらにはフロントにもマイク/ライン・インプットを備える。また、楽器を直接入力することができるDI入力も用意。自宅録音でもストレスなく接続/操作が可能であろう。

 パネルのスイッチ構成は、左からフロント/リアの入力の切り替えと将来的(2018年発売予定)に搭載可能になるデジタル入出力の選択。続いて48Vファンタム電源、DI入力のインピーダンスの切り替え、グラウンド・リフトに−20dB PADスイッチ。そしてモジュール部を挟み、右側にはフェイズ・スイッチ、EQオン/オフ、インサート・スイッチ、インサート・ポイントをプリEQにするためのスイッチ(オフではポストEQ)。さらにその隣にはデジタル入出力のインジケーターとインプット/EQ/アウトプットのレベル・インジケーター、ボリューム・トリムが配置されている。

 中央に鎮座している1073モジュールは、ヘッド・アンプの入力表示、3バンドEQ+フィルターのポイントなど、オリジナルと全く同じである。内部はさすがにオールドのようなハンダだらけの基板構成ではなく、フラット・ケーブルや電子部品を多用したいまどきな作り。精密感にあふれた魅力的な回路構成だ。トランスにはMARINAIR TF12000とTF10005が鎮座しており、やはり現代でもNEVEサウンドにおいてMARINAIRのキャラクターは重要なポイントであることを伺わせる。

ビンテージ機よりもSN比が向上
EQの前後段にインサート可能

 今回のサウンド・チェックにはSoFFetのYoYoさんと、女優でもあり音楽家/ピアニストでもある松下奈緒さんの協力を得て、アコギとピアノ、ボーカルのチェックを行った。

 まず、一聴して感じたのは“NEVEの音だなぁ”ということ。世間では“NEVEは音が太い”などと形容されているが、筆者個人はそのような印象ではなく、むしろ中域に粘り強い押し出し感と個性を感じ、程度の良い天井感という印象だ。1073SPXの音調はまさにオールド1073の音調に極めて近い。ただ、その天井高は、オールドと比較すると若干高く感じられ、また輪郭がクリアな感じである。また、現代のレコーディング・スペックを意識してか、SN比が格段に良くなっている。個人所有の中でも最もコンディションが良く、すべてオリジナル・パーツである1073と比較しても、そのSN比の良さは際立っている。天井高が高く感じたのは、そのSN比の優秀さからかもしれない。

 ヘッド・アンプの入力を一段ずつ上げていくと、適度なサチュレーションが発生してくる具合も、オールドの1073とほぼ同様。だが、1073SPXはひずみに関しては強くなっている印象があり、オールドの1〜2ステップ上のゲイン位置でオールド的なひずみに変化していく傾向にあった。

 EQの印象は全くと言って良いほどオールドと同様。高域のシルキーな感じ、中域の押し出し感の強調具合、ブーミーにならない低域の自然なブースト……音楽的に効いてくるカーブのさまはどれを取っても同じ印象で、アコギやピアノの旋律の微細な変化をシルキーかつ力感あふれる音で再現してくれる。唯一違う点を探すとすれば、各ボリューム・ノブのトルク感がやや軽めになっていることだろうか。

 1073SPXで一番感心した点は、コンソール同様にインサート・スイッチを設けたこと。通常1073単体だとヘッド・アンプの後段にコンプレッサーを直列につなぐという接続になってしまうが、1073SPXはインサート・ポイントがあり、プリEQ/ポストEQの切り替えもあるので、より緻密なコンプレッサーの設定が可能になった。反対に1073SPXにおいて最も惜しい点は電源部。接続時にグラついてしまい、振動でいつ抜けてしまうか不安になってしまう。インサート端子をフォーンにするなど、AMS NEVEもコスト・ダウンに苦労したと思うが、電源部はもう少し配慮をしてほしかった。とは言え、30万円代中盤で1073が手に入るとは夢のような話だ。

デジタル・カードも登場予定
ビンテージを再現しながら現代にも対応

 また、1073SPXは将来的にデジタル入出力が可能となっている。今回は残念ながら未搭載だが、筆者の所有しているAMS NEVE 4081には同様のAD/DAコンバーター・オプションを実装しており、その音調はNEVEながらのシルキーな高域と繊細でパワフル、微細な再現性に富んでいる。AMS NEVEのAD/DA技術力が際立ったものに仕上がっているので、1073SPXも同様の傾向になることを期待したい。

 スペックだけを見れば比較的地味な印象を払えない1073SPXであるが、実際に使ってみると、まずその“音の質感”に心奪われてしまう。伝統のNEVEらしい音調で、音源とマッチし、うまく設定できたときのため息の出るほどの音の描写と存在感……。昨今のデジタル時代に対応すべく利便性を高めながらも道具としての本質を忘れないのは脈々と引き継がれたNEVEらしい物作りであると思う。

 そういった意味では、1073SPXは、1970年代の良き時代の1073を見事に再現しながらも、現代のニーズにも応えられるバランスの取れた製品だと感じた。技術の進歩も哲学が無いとただの自己満足になってしまう。周波数特性やヘッドルームといったスペックの話は、ほかのメーカーに譲ろう。音質やSN比だけでなくその音楽の持つ神秘をとらえることができる無二のヘッド・アンプだということを、今回、本家が作った1073SPXを使ってみて大いに感じた。

 1073には数多くのユーザーが存在する。なぜ、1073がこれほどまでに愛され続けられるのだろうか? それは、その魅力や伝説が歴史に裏打ちされた革新性であり、それと同時に信頼のおける機械的な作りと、音楽的な音作りのバランスが見事に取れているからだと思う。クリエイターとしての好奇心を満たすためにマイクをセットし、1073SPXに音を通す……そこにはNEVEでだけでしか経験することができない世界があると感じた。賛辞におけるすべての形容詞を贈っても語り尽くせないヘッド・アンプが1073であり、もしかするとAMS NEVEが後継の“本命”なのかもしれない。

▲リア・パネル。左から、ライン・アウト(XLR)、インサート・リターン(TRSフォーン)&センド(TRSフォーン)、ライン・イン(XLR)、マイク・イン(XLR)。右はオプションのデジタル出力カード搭載用ベイ ▲リア・パネル。左から、ライン・アウト(XLR)、インサート・リターン(TRSフォーン)&センド(TRSフォーン)、ライン・イン(XLR)、マイク・イン(XLR)。右はオプションのデジタル出力カード搭載用ベイ

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サウンド&レコーディング・マガジン 2018年2月号より)

AMS/NEVE
1073SPX

オープン・プライス(市場予想価格335,000円前後)
▪マイク入力:−80~−20dB(5dBステップ) ▪ライン入力:−20〜+10dB(5dBステップ)、入力インピーダンス10kΩブリッジング ▪DI入力:−80〜−20dB(5dBステップ)、入力インピーダンス1MΩ(PADオフ)、10kΩ(PADオン) ▪最大出力レベル:+26dBu以上(600Ω) ▪全高調波ひずみ率:0.07%以下(50Hz~10kHz@+20dBu出力、帯域80kHz、600Ω) ▪周波数特性(EQアウト):20Hz〜20kHz(±0.5dB)、20Hz〜40kHz(−3dB) ▪ノイズ:−82dBu(ライン、EQフラット、150Ω入力) ▪EIN:−125dBu以下(@60dBゲイン) ▪外形寸法:483(W)×44(H)×310(D)mm ▪重量:約5kg(本体)