
キャラクターの異なる3種のモジュール
ローカットや原音とのミックスも可能
VTCは3種類のビンテージ・プリアンプ回路を再現するソフトで、同社のVirtual Mix Module(以下、VMR)用モジュールとして動作します。VMRはMac/Windows対応で、API 500シリーズのように、必要とするエフェクトをプラグイン内のラックに追加して使うシステムになっており、一つのプラグインの内部に自分好みのエフェクト・チェインを作ることが可能。好みのエフェクトの並びを登録しておけば、一括でプリセットとして呼び出せます。また、同社のVirtual Microphone Systemとセットで使用すると、VTCをキャラクター付加用のプリアンプとして利用することも可能です。
VTCに収録された3種類のモデルは、それぞれLondon、New York、Hollywoodと名付けられ、New Yorkのみがソリッド・ステート・ディスクリート回路。ほかの2つが真空管回路のエミュレーションになっています。Londonは高域が滑らかで厚みを増すファットな回路、New Yorkはタイトでアグレッシブなキャラクター、Hollywoodは高域のエア感と低域の量感を増すチューニングと、目的によって住み分けが成されています。
コントロールは主にサチュレーション・ノブを回すと、実機のようなひずみ感が付加されていく単純明快なもの。細かく調整したいユーザーには、ハイパス・フィルター、MIX(ドライ/ウェット・バランス)に加えて、ModeとColorが調整可能となっています。ModeはPREAMP(プリアンプに入力して出力トリムを絞ったとき)とCONSOLE(コンソールに入力してクロストークが起きている状態)の切り替え。Colorは実機のようなナチュラルなサチュレーションのNORMALと、エフェクトとして過激にかかるPUSHの切り替えです。
奥行きを損なわないひずみ感
質感の差で宅録した素材の分離も可能
それでは実際にトラックに挿してチェックしてみましょう。まず一聴して思ったのが、変なのっぺり感が無いこと! この手のプラグインにありがちなのが、ある一定の音量を超えると、すべてが均一に砂粒のようなざらつき方をして、奥行きが感じられなくなってしまうという現象です。エンジニアがミックスにこういった真空管ものを使う場合、単にひずませたいだけでなく、コンプやリバーブを使わずに奥行きをコントロールしたいことが多いと思います。特に、ソフト・シンセやサンプルを多用する現在では、バラけた質感を統一させたり、前後感を微調整するためにプリアンプに突っ込みたいところ。VTCは面として張り付いて聴こえてしまうようなことがなく、自然にサチュレーションしていきます。真空管機材を使ったことのある人には“あの質感”、使ったことがない人には“ファズをパラレルで混ぜたような質感”とでも言えばいいでしょうか。良い意味で、普通に使えます。
Colorの切り替えですが、PUSHで過激にひずませられることよりも、これと区別することでパッと聴いた感じ変化幅の少ないNORMALモードがより自然に使えることの方が大きいなと思いました。派手に変わるものは面白い反面、実際には使えないような効き方になることが多い中、このNORMALモードは一聴すると地味ですが、実際には使える数少ないプラグインだと思います。また、ドラムをひずませてパンチを出したいのに、かえって芯がボケてオケに埋もれてしまうときがあるのに対し、VTCでサチュレーションさせた場合はそこも当たり前にきちんとパンチを出してくれます。
Londonを使うと1960年代的な荒々しい質感、NewYorkを使うとギュッと締まって密度が上がってくるような印象がありました。Hollywoodは荒々しさや痛さ無しに高域をスウィートにスッと伸ばしてくれるので、ボーカルやストリングスに適していると感じました。この3種類のプリアンプのバリエーションがあるので、宅録環境で同じマイク/同じプリアンプで録音した素材を分離させて聴かせるのにも効果的だと思います。“ひずませて分離”と聞いてもイメージできない方が居るかと思いますが、VTCではぐちゃぐちゃになり過ぎず、ちょっと質感を調整するだけの大人な使い方が可能。かけ方を少しだけ変えたり、違うモデルに変えることで、ナチュラルにキャラクターの差を作れます。
実はこのレビューを依頼される前から、同じような目的で筆者は既にVTCを仕事で使用していました。どうしてもミックスに奥行きが出なくて悩んでいる方は、一度使ってみることをお勧めします!

(サウンド&レコーディング・マガジン 2017年11月号より)