
マイク本体は極めてフラットな特性
UAD-2にも対応した専用プラグイン
Sphere L22が手元に届いたとき、まずは付属のハード・ケースに注目しました。このマイクはビンテージ・マイクのモデリングを特徴としていることもあり、大きなスタジオに常備するというより、いろいろなスタジオに持ち運ぶ機会が多いものだと思います。その点を踏まえると重厚ながら軽く、内部の衝撃吸収材の質もしっかりとしたハード・ケースが購入時に手に入るのは素晴らしいです。
マイク本体のスペックで特徴的なのは、デュアル・ダイアフラム仕様であること。2つの単一指向性カプセルが背中合わせに配置されており、それぞれに独立した出力が設けられています。そのためマイク本体の出力端子は5ピンで、そこから2つのXLR出力を得られるケーブルが付属しています。マイクの設置方法は、正面(左の写真)を音源に向けるというもの。裏側のダイアフラムへ入った音は、専用プラグインで音響的な補正がなされます。
その専用プラグインは、VST/AU/AAX NativeのほかUNIVERSAL AUDIOのUAD-2もサポート(ネイティブ版は無償。UAD-2版はUNIVERSAL AUDIOのWebサイトにて発売中)。筆者が特に注目したのはUAD-2です。なぜなら、このプラグインをUNIVERSAL AUDIOのオーディオI/O、Apolloシリーズと併用すれば、ニアゼロ・レイテンシーでのかけ録りが行えるから。大きなスタジオでも時間の制限などにより、一度に試せるマイクの本数は2〜3本だと思います。しかしこのニアゼロ・レイテンシーでのかけ録りがあれば、クリック一つでいろいろな特性を呼び出せますし、使うものが決まればレイテンシーによる負担も無く録音できるので、ミュージシャンへのストレス軽減にもなります。
今回はApollo 8 DuoにSphere L22をつないでテストを行いました。ギタリストの藤代佑太郎さんにアコースティック・ギターを、女性シンガー・ソングライターの花野さんにボーカルを担当していただき、プラグインのかけ録りと後がけ(ドライ録音した後での処理)の両方をチェック。プラグインは、Apolloシリーズのミキサー・ソフトConsole 2.0に立ち上げて使用しました。
まずはマイク自体の音質を確かめます。マイクの音質が極端に色付けされたものの場合、録り音に幾らモデリングをかけても、結局はそのマイクの音から離れられなくなります。しかし本機を使ってみて驚いたのは、原音の再現度の高さです。先述の通りプラグインとの併用を前提にしたマイクですが、そのままの状態でも十分にナチュラルでフラットなマイクとして使用できます。
専用プラグインは“Sphere”と“Sphere180”の2種類が用意されていて、どちらもステレオ・トラック(Console上ではステレオ・チャンネル)で使用します。Sphereはステレオ入力/モノラル出力のプラグインで、マイク1本の特性を再現する“シングル・モード”と、2本のブレンドをシミュレートする“デュアル・モード”を選んで使用可能(画面①②)。いずれのモードでも、2枚のダイアフラムから入った音を使って音源との距離感や近接効果のシミュレーションを作り出します。


パラメーターはマイク・モデリングの選択をはじめ、PATTERN(9種類の指向性)やFILTER(3種類のフィルター)、AXIS(音源に対する角度を0〜180°で調整)、PROXIMITY(近接効果の割合を−100〜+100%で調整)といったノブ、REV(指向性の反転)や位相反転のスイッチ、出力音量のノブなどがスタンバイ。“DUAL”スイッチを押すとデュアル・モードになり、“MIX”ノブで2つのモデリングのブレンド具合を制御できます。つまり、2本のマイクを同時に使って録音し、録った後に両者の比率を調整するような作業が1本のマイクで行えるわけです。
デュアル・モード時には、GUI左下のOFF-AXIS CORRECTIONセクションにある“ON DIST”や“OFF DIST”といったパラメーターで、音源とマイクの距離感を調整可能。距離感は、反響のコントロールがなされたブースではマイキングで調整できますが、部屋鳴りが気になる環境下では上記2つのパラメーターが実に便利でした。
もう一方のSphere180はステレオ入力/ステレオ出力となっており、ステレオ・マイキングを再現するためのプラグインです。パラメーターはSphereのデュアル・モードからブレンド・バランスなどを取り除き、代わりにパンとステレオ幅のコントロールを備えた構成です(画面③)。

Ela M 251やU47を高精度に再現
ダイナミック・マイクなどもモデリング
Sphere L22のマイク・モデリングは非常に再現性が高いと感じます。とりわけTELEFUNKEN Ela M 251やNEUMANN U47、M49、U67、そしてAKG C12などのモデリングは秀逸。例えばU47とU67のモデリングに関しては、U47特有の太い低域やチューブのざらついた感じ、U67の温かみのある中低域と繊細かつきらびやかな部分がきちんと再現されています。実機を使用している方も納得のクオリティでしょう。またビンテージ以外にも、AKG C451BやSONY C-800Gといったコンデンサー・マイク、さらにはCOLES 4038やSHURE SM57などまでモデリングされています。今回録った女性ボーカルには、U47のモデリング“LD-47K”とM49を再現した“LD-49K”の2つが非常にマッチしました。原音に不足していたふくよかさが足され、真空管特有のきらびやかさが高域を自然に伸ばしてくれたのです。
私はよくNEUMANN系マイクの太さや温かみと、AKG系マイクの独特なきらびやかさを組み合わせて使用します。そこで非常に役立ったのが、Sphereのデュアル・モードです。これにより、小さいスタジオや自宅では再現することが非常に難しい音を容易に手に入れることができました。例えば今回の女性ボーカルには、LD-49KをメインにしてC-800Gのモデリング“LD-800”をミックスするという組み合わせがマッチ。LD-49Kの効果は先述の通りですが、昨今の音楽にマッチした気持ち良くハイファイな抜けも欲しかったので、LD-800を足してみました。自宅にM49とC-800Gの2本を所有している方は少ないでしょうが、このモデリングがあれば、そのイメージをプライベート環境でも簡単に作り出せるわけです。
アコギの録音ではSphere180プラグインを使用して、ホール側にEla M 251を再現した“LD-251”、ネック側にC12モデリングの“LD-12”を立てるようなステレオ・セッティングに。ステレオで出力するため、1本のマイクで広がりを作ることができます。また、ドライで録っておけば録音後にステレオ感を調整することも可能。“単体で聴くと非常に良い音だけれど、ミックスの中では存在感が出過ぎる”といった場合には、先述のOFF DISTの値を上げて少しオフ気味にしてみることもできますね。
私は和楽器の録音を行うことも多いので、機会があれば三味線にCOLES 4038のモデリングを試したり、箏のトップでU67モデリングとC12のモデリングを組み合わせてみたいと思います。Sphere L22は、使い方次第で無限に可能性があり、それぞれが自分なりの音作りを突き詰められる非常に優れた製品です。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2017年8月号より)