「初音ミク V4X」製品レビュー:Vocaloid4エンジンを搭載した初音ミクの最新バージョン

CRYPTON初音ミク V4X
バーチャル・シンガー“初音ミク”が初めて登場したのは2007年8月のことだ。音声ライブラリーを元にして自然な歌声を合成するという、YAMAHAが開発した技術“Vocaloidエンジン”。その2番目のバージョンである“Vocaloid2”を搭載して世に出されたのが初音ミクだった。それから9年たった2016年8月に、待ちに待った最新版、“初音ミク V4X”が発売された。

5つの音声ライブラリーを付属し
声の自然さも向上した

 声優の声をライブラリー素材として採用し、長いツイン・テールの少女のイラストをパッケージにあしらい、キャラクター・ボーカル・シリーズと銘打たれた初音ミクは、製品のリリース情報が発表された直後からインターネットを中心に大きな話題となった。まだ発売されていないにもかかわらず、そのキャラクターとデモ音源の歌声に引かれた人たちによって初音ミクの二次創作イラストがたくさん描かれてネット上を賑わせるなど、多くの音楽制作作品がネット上にあふれた。

 そうして初音ミクはブームとなり、ユーザーによって多数の楽曲が作られては毎日のように公開され、それをファンの人たちが聴いて楽しむようになった。また音楽だけでなくイラストや映像など、他ジャンルのクリエイターとの共作も盛んに行われ、初音ミクをかすがいとした創作文化がどんどん育まれていった。

 Vocaloid2の初音ミクはその後、何度か進化を遂げることになる。2010年には、複数の声質を収録した追加音声ライブラリー・パック“初音ミク・アペンド”が発売され、歌声に表情の幅が広がった。また2013年には“初音ミク V3”が発売され、それまでよりも自然に歌わせやすくなった。

 そして、今回リリースされた初音ミク V4Xは、現在ではバージョン4にまでアップデートされている“Vocaloid4”エンジンに対応した、これまでの初音ミクの集大成とも言えるソフトだ。

 過去の初音ミクには、歌詞とメロディを打ち込んだだけのベタ打ち状態でも、それなりにきちんと歌ってくれる使いやすさがあったが、V4Xになって声の自然さは、これまでよりもさらに向上している印象を受けた。音量のバラつきが少なくなり、言葉の発音がはっきりして聴き取りやすさも増しており、音と音のつながりもぶつ切りになることなくスムーズにつながるようにかなり改善されている。

 音声ライブラリーは5種類が収録されている。オリジナルの初音ミクの声を引き継いだ“ORIGINAL”、柔らかく落ち着いた声の“SOFT”、硬く張った声の“SOLID”(以上は後述のE.V.E.C.対応)、気だるげな声の“DARK”、吐息を多く含んだささやくような声の“SWEET”(画面①)。実際に使用した感想としては、いずれのライブラリーも声が良くなっているように感じた。声の質感にざらついたような感触は無く、非常になめらかで奇麗な抜けの良い声になったように思う。また別売りの追加ライブラリーとして英語版の“初音ミク V4 ENGLISH”も用意されており、前述した5つのライブラリーと英語版がセットになった“初音ミク V4X バンドル”も販売されている(20,000円)。英語版の声は、初音ミクらしいかわいさを残しつつ少しクールなイメージ、というのが個人的な印象だ。初音ミクは海外でも知られており、歌を世界中に届けたいなら、英語版は役立つ存在となるかもしれない。

▲画面① V4Xに搭載された5つの音声データーベース。上から、ORIGINAL、SOFT、SOLID、DARK、SWEET。英語版ライブラリーも別売り、もしくはバンドル版で用意されている ▲画面① V4Xに搭載された5つの音声データーベース。上から、ORIGINAL、SOFT、SOLID、DARK、SWEET。英語版ライブラリーも別売り、もしくはバンドル版で用意されている
▲画面② Vocaloid4の新機能の一つ、クロスシンセシス。2つの異なるライブラリーをブレンドし、データベース間を滑らかにつなぎ合わせることで、新たな音色を作ることができる ▲画面② Vocaloid4の新機能の一つ、クロスシンセシス。2つの異なるライブラリーをブレンドし、データベース間を滑らかにつなぎ合わせることで、新たな音色を作ることができる

うなり声やがなり声を再現できる
グロウル機能を搭載

 Vocaloid4になって新しく付加された機能として“クロスシンセシス”というものがある(画面②)。2つの声のライブラリーをブレンドして合成する機能だ。例えば、 プライマリー・シンガーに“ORIGINAL” を設定して、セカンダリー・シンガーに“DARK”を設定すると、ORIGINALの素直な声にDARKの息の多さが増したような、2つの声の要素が混ざり合った声質を作ることができる。混ざり具合は、オートメーションを書くことで調節が可能。DARKをメインに歌わせていて、“DARKだけだと弱いな”などと感じたときに、部分的にオートメーションを書いて、ORIGINALを30%ほど足して補強する、といった使い方ができるので非常に便利だ。

 また、同じくVocaloid4になって新しく付加された“グロウル”という機能がある。これはうなり声やがなり声といった効果が得られる機能のことだ。文字で表現すると“あ"あ"ーー!”といった感じだろうか。これまでVocaloidで表現することが容易ではなかった、ロック的な叫ぶようなニュアンスの歌唱も実現できるようになった。これによって、初音ミクを使って表現できるジャンルの幅が大きく広がることが、いちユーザーとしてとてもありがたい。

▲画面③ ボーカル・エディターPiapro Studioに搭載された音声拡張のための新機能=E.V.E.C.。発音拡張機能、Voice Color、Voice Releaseにより、これまで表現が難しかった母音の表情付けや発音の切り替え、吐息の抜き方の設定も可能となった ▲画面③ ボーカル・エディターPiapro Studioに搭載された音声拡張のための新機能=E.V.E.C.。発音拡張機能、Voice Color、Voice Releaseにより、これまで表現が難しかった母音の表情付けや発音の切り替え、吐息の抜き方の設定も可能となった

Piapro Studioに内蔵された
音声拡張機能=E.V.E.C.

 初音ミク V4Xには、Piapro StudioというCRYPTONが開発したボーカル・エディターが付属しており、通常のVocaloid4エディターには無い、特別な機能が幾つか搭載されている。その中でも特筆すべきなのが“E.V.E.C.”(イーベック)という機能だろう(画面③)。エディター上の音符一つ一つに対して、非常に細かく声質のコントロールを行うことができる優れものだ。具体的にどんなことができるのか、順に紹介していこう。

 まずは“発声拡張”。ここでは、発音の強弱を“さらに強く”または“さらに弱く”設定することができる。例えば“Mild/Soft”を選択すると落ち着いた弱い発音になり、“Accent/Strong”を選択するとはっきりとした強い発音になる。また、発声拡張を使用すると、“子音拡張”の項目が選べるようになる。これは子音の音素を幾つか重ねることで、子音の発声を強調するというものだ。例えば“か”と発声する際に子音拡張 の“×4”を選ぶと、“ka”の子音である“k”が重ねられて“kkkka”といった感じの発音に変えることができる。

 次は“Voice Color”。声の表情、ニュアンスを変えることができる機能だ。“Power”を選ぶと張りのある大きな声に、“Soft”を選ぶと憂いのある柔らかい声になる。発声拡張とVoice Colorで強めの声を作り、そこにグロウルを使用すると、叫ぶかのような歌声が表現できるのでオススメだ。

 最後に紹介するのが“Voice Release”だ。フレーズの語尾に吐息成分を加える機能で、“Breath-Short”“Breath-Long”の2つから、吐息成分の長さを選ぶことができる。発声拡張とVoice Colorで優しく弱い声を作り、フレーズの最後で伸ばす音にBreath-Longを設定し、ピッチ・ベンドで最後の音程を少しだけ持ち上げると、語尾で吐息と共にスッと抜けるような色気のある歌声が表現できて、個人的にはこの機能が一番気に入っている。

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 最初の初音ミクの登場から、かなりの月日が過ぎた。あの当時にやりたくてもうまくできなかったことが、初音ミクV4Xではかなり実現できるようになったと感じる。初音ミクが新しくなったことで、きっとまたさまざまな作品が生まれてくるのだろう。楽しみである。

サウンド&レコーディング・マガジン 2016年11月号より)

CRYPTON
初音ミク V4X
16,000円
▪Mac:OS X 10.8〜10.11 ▪Windows:Windows 7/8/10(以上32/64ビット) ▪共通項目:INTEL Core 2 Du o 2GHz以上、2GB以上のR AM(4GB以上を推奨)、14GB以上のディスク空き容量、1,28 0×768ピクセル以上の画面解像度