
クラスAのライン・アンプや
MIDASの入出力トランスを搭載
世界で一番有名なコンプレッサーと言っても過言ではない1176LN。1967年に発表され、Rev.(リビジョン)AからHまで(AとBの間にABあり)の9つのバージョンが作られた。それぞれは、仕様の違いに基づいて音色や挙動などが異なるのだが、中でも高評価なのがRev. DとE。本家UNIVERSAL AUDIOも、1999年にこのRev. DとEを元に復刻した同名リイシュー機を開発している。ここで紹介する1176-KTも、Rev. DとEを忠実に再現したという一台。加えて、コンポーネントのセレクトもしっかりと吟味し、クラスAのライン・アンプや特別設計のMIDAS入出力トランスなどによって、現代での使用に十分耐え得る作りとなっている。
フロント・パネルは、ブラック・パネルの1176LNとほぼ同様。入力レベルとスレッショルドのコントロールを兼ねたインプット・ノブ、出力レベルを調整するためのアウトプット・ノブ、アタック・タイムのノブ(25〜760μs)、リリース・タイムのノブ(80〜670ms)、レシオ・ボタン(4/8/12/20:1)、VUメーターのモード切り替えボタン(基準レベル3種類とゲイン・リダクション)などをレイアウトしている。電源スイッチ、電源ランプ、そして当然ながらブランド&機種名ロゴに違いが認められるが、一見しただけで“1176だ”と分かるデザインだ。
リア・パネルは、入出力端子くらいしか無いオリジナルに比べて若干のモディファイがなされており、VUメーター調整用トリムや−20dBのインプットPADが備えられているほか、XLRの入出力端子にTRSフォーンが追加されている(XLRの端子はNEUTRIK製)。筐体のサイズは2Uだが、オリジナルに比べて奥行きが短く、重量も軽い。数値にして、サイズは483(W)×88(H)×159(D)mm、重量は2.8kgである。
ほんのりと甘くて太いサウンドから
1176LN的なリミッティングまで作れる
続いて音色のチェックに入ろう。今回は1176-KTをAVID Pro Tools|HDXのチャンネルにインサートし、さまざまなソースに対して使ってみた。“ミックス時における使い方”と考えてもらえれば分かりやすいだろう。
触ってまず感じるのが、各種ノブの程良い重さ。このくらいであれば不意に動いてしまうようなこともないだろう。オリジナルはアタック・タイムの速さが特徴で、ボーカルやギター、ベース、ドラムなどソースを問わず万能に使うことができ、自然なコンプレッションから過激なゲイン・リダクションまで自由自在に作り出せる。1176-KTでもそのキャクラクターは忠実に再現されており、ざっくりと使ってみたところオリジナルとそん色のない感じがした。オリジナルは、リビジョンの違い以上に個体差によって音色や挙動にバラつきが出がちなのだが、1176-KTはさすが現代機。動作が安定しており、S/Nも良いので安心して使える。
次に、細かい音色チェックをするために、各レシオ値における音色の違いを聴き比べてみた。4:1では音色変化がさほど大きくなく、ほんのりと甘く太くなるイメージ。程良くコンプレッションしたい場合に最適だ。8:1は若干タイトで、明るくシャープな印象。エッジが強調されるので、ソースにパンチを与えたいときに有用であろう。12:1ではゲイン・リダクションの感じが滑らかに。音色変化も少なく、原音に近い。そして20:1では、いわゆる1176LNっぽいしっかりとしたリミッティングに加え、中域の密度が上がる。筆者は、オリジナルを20:1で使うことがほとんどなので、この1176-KTの挙動と音色はありがたい。裏技として用いられる“レシオ・ボタンの全部押し”も可能で、インプットを持ち上げることでガッツリとしたひずみが得られる(写真①)。さらにレシオ・ボタンを“全部押さない”ことで、ゲイン・リダクションの起こらない、いわゆる“アンプ”として使うこともできる。

ちまたにあふれる1776LNクローンには、オリジナルの良さに加えた“プラスαの部分”に力を入れている個性的な機種が多く、アグレッシブな印象を抱く。それらに対し、この1176-KTは基本性能をかなり忠実に再現しているようで、ベーシックな部分がとてもしっかりしているのが良い。キャラクターの立ったところが無い分、ややおとなしく聴こえるかもしれないが、アマチュアからプロまで“どんなソースにも安心して使えるコンプレッサー”がこの価格であれば、かなりおすすめと言える。


(サウンド&レコーディング・マガジン 2017年4月号より)