「Q2 AUDIO F765」製品レビュー:UKロックを支えたコンプ/リミッターを再現するAPI 500モジュール

Q2 AUDIOF765
そこそこ長く生きていても、まだまだ知らないこと、体験していないことが世の中にはあるんだなと実感させらました。Q2 AUDIO F765はそんな衝撃的なコンプレッサー&リミッターです。今回はその素晴らしい体験を紹介します。

HELIOSコンソール内蔵のCompexを
現代的に一部アップデート

1960〜70年代、ザ・ビートルズを筆頭に、ジミ・ヘンドリックス、ザ・ローリング・ストーンズなど、大物アーティストが名曲を生み出したイギリスのオリンピック・スタジオ。当初のコンソールはディック・スウェテンハム(元アビイ・ロード・スタジオの技術者)らによるカスタムメイドでした。その後、スウェテンハムはHELIOSを設立し、コンソールの販売を始めます。そのHELIOSコンソールにビルトインされていたのが、AUDIO & DESIGN RECORDING(ADR)のコンプレッサー&リミッター、F700 Compexです。

FETゲイン・リダクション回路を採用したダイオード・ブリッジ式リミッターであるF700 Compexのサウンドは、レッド・ツェッペリン「レヴィー・ブレイクス」(『レッド・ツェッペリンIV』収録)で聴くことができます。よく聴くと分かるのですが、アルバム内でこの曲だけジョン・ボーナムのドラム・サウンドが異なるのです。

そして、今回のF765はそのF700のサウンドを忠実に再現したAPI 500互換モジュール。復刻を手掛けたQ2 AUDIOはアメリカのメーカーで、CompexのリイシューをADRに持ちかけ、ステレオ2UのF760X-RS(日本未発売)とモノラルのF765が誕生しました。

回路は、ほぼすべてで当時のオリジナル・デザインが採用されているそうですが、幾つかの電圧調整とDCパワー・デカップリングの変更を行い、ノイズ対策に関してのみ現代的なデザインに更新。オリジナルCompexと同様にPHILLIPS製のブルー・キャパシターとBCシリーズ・トランジスターを採用するなど、オリジナルのパーツにこだわり、当時の性能を再現を目指しています。

空気感までもまとめるパワフルさと滑らかさ
ドライブ感に色気や表情も加わる

さて、実機に目を移すことにしましょう。API 500互換モジュールの小さなパネルにリダクション・メーターが鎮座。その下にバイパス、レシオ、ピーク・リミットのオン/オフ/プリエンファシス、スレッショルド、アタック・タイム、リリース・タイム、ステレオ・リンク(コンプ部のみ)、そしてインプット/アウトプットのゲインがあります。

とにかくドラム・サウンドを聴いてみましょう! いや……参りました。本当にジョン・ボーナムのようなサウンドになります。オーバー気味にコンプレッションさせても、レベル変動やひずみに違和感が無く、滑らかに、かつパワフルに変化します。そして、録音されたドラムのブースの空気感、部屋のアコースティック・サウンドが前面に出てきて、見事にサウンドをまとめてくれるのです。筆者のスタジオにあるさまざまなビンテージ・コンプでも試しましたが、このサウンドは唯一無二。設定はあまりこだわらなくても、3段階のアタック・タイムと、曲のテンポによりリリース・タイムさえ変えれば、容易にサウンドを作ることができます。ピーク・リミットも威力を発揮してくれますが、コンプのサウンドが際立っているので、このセクションはそれほど印象に残らないのが正直な感想です。

せっかくなので、ほかの楽器もいろいろとチャレンジしましたが、どれもこれも素晴らしいの一言。楽曲にもよりますが、ハードなコンプレッションだけでなく、薄めにコンプレッションすればきちんと堅実に任務を果たしてくれるのも頼もしいポイントです。

個人的にはドラムよりベースをオーバー・コンプレッションさせたサウンドが魅力的でした。ベース・アンプでのひずみとは違い、きめの細かい存在感のある上品なひずみにプラスして、完ぺきにレベルをたたかれながらもグルーブやドライブ感がある理想的なサウンドになります。まさに目からウロコです。それと、ボーカルに関しては、ナチュラルにレベルを整えるというよりはブレスがよく聴こえるくらいまでコンプレッションすると、ベースと同様にグルーブやスピード感を保ちつつ、パワフルさに加え色気や表情が豊かに。特に、ミディアムからスローなテンポの楽曲にぴったりのサウンドです。

しかしこれだけDAWが定着し、さまざまなプラグインも充実してきた昨今に、このような素晴らしいリイシューのハードウェアがリリースされるという意味を真摯に受け止めなければいけないと痛感しました。アナログ・サウンドの継承も、私たちレコーディング・エンジニアの仕事かもしれませんね……。

f765_01 ▲少し横から見たところ。基板はノイズ対策のためか金属シャーシで覆われているが、メーターは定評あるSIFAM製であることが分かる。リア側の見えない位置にジャンパー・ピンがあり、ここで設定をしておくと、RADIAL製API 500互換シャーシのWorkhouseシリーズと併用することで、シャーシのOmniportをサイド・チェイン入力とそのスルー出力として使用可能となる

サウンド&レコーディング・マガジン 2016年12月号より)

Q2 AUDIO
F765
オープン・プライス(市場予想価格:127,500円前後)
▪電源:DC±16V/70mA ▪入力インピーダンス:10kΩ(アンバランス) ▪最大出力レベル:20dBu(バランス) ▪ピーク・リミッター:アタック・タイム=0.25ms、リリース・タイム=250ms ▪外形寸法:38(W)×133(H)×170(D)mm ▪重量:686g