「RETRO Doublewide」製品レビュー:API 500互換の1chチューブ・コンプレッサー・モジュール

RETRODoublewide
私くらいの年齢になると、若いクリエイターやエンジニアから古めのハードウェアに関する質問を受けることが多いのですが、最近はマイク/プリアンプよりもEQ/コンプレッサーについて聞かれることが増えてきました。昨今のプラグインは便利ですし、よくできていますが、実機に興味が向くのは、やはり良いことだと思います。

本体に4本の真空管を内蔵
大ぶりのリダクション・メーターも装備

RETRO Doublewideは、同社のSta-Levelと176の良いところをミックスしたようなモノラルの真空管コンプ。API 500規格に対応しており、2スロット分を使用します。入出力段にはCINEMAG製トランスを搭載。内部の真空管はアメリカ製のNOS 6BJ6が4本使われています。フロント・パネルはRETROカラーの落ち着いたグレーで、パネルの上半分をビンテージ風メーターが占めており、アナログ感のある本機の音の雰囲気を印象付けています。なおこのメーターはゲイン・リダクション専用で、IN/OUTの表示にはならないので注意してください。

メーターの下にはATTACK、RECOVERY、INPUT、OUTPUTと4つのつまみが並んでおり、ATTACKつまみを左いっぱいに回すと電源がオフになる仕様です。つまみのトルク感は適度に重く、調整後に不用意に動いてしまう心配がありません。この4つのつまみに挟まれる形で、中央にSINGLE/DOUBLEのモード切り替えスイッチとACTIVE/BYPASSスイッチがあります。

ATTACKとRECOVERYは右に回すと速く、左に回すと遅い設定となります。外側に表示されている数字はタイムとは関係無いので注意してください。本機の特徴であるSINGLE/DOUBLEモードはATTACKとRECOVERYのタイムの調整範囲を切り替えて、コンプのかかり方に違いを出します。SINGLEモードはゆっくりと自然にかかる設定で、アタックがマイルドになります。一方のDOUBLEモードはハード・ニー的なかかり方で自然なひずみが加わり、真空管のドライブ感が出ます。リリースのニュアンスが独特で、コンプのポンピングがうまく出る感じです。なお本機は、INPUT/OUTPUTのつまみでコンプのかかり方とゲインを調整します。レシオは固定のようで、聴感上は8:1程度のニュアンスに感じました。

ドラムは60'sロック的なパンチが出る
ピアノには自然なSINGLEモードがマッチ

SSLコンソールのインサートに本機をつなぎ、スタジオの楽器の音を調整してAVID Pro Toolsに録音し、音の変化を確認してみました。かかり具合はリダクション・メーターが真ん中あたりにくるようにしています。

まずドラムはアナログ的なパンチが出て、60'sロックのような音作りができます。設定としては、キックはDOUBLEモードでATTACKは10〜11時の位置が良く、これより速い設定では低音が薄くなる傾向です。RECOVERYは2〜3時の設定で、これより遅くすると音のしんが無くなっていきます。スネアもDOUBLEモードの印象が良かったですが、ATTACKは10〜11時より速く設定するとアタックがひずむので注意してください。RECOVERYは速めの4時くらいに設定したときのポンピング感が気持ち良かったです。アンビエンスはSINGLEモードの方が自然で、ATTACK/RECOVERYともに11時くらいでシンバルの距離感がよい感じになりました。この際、RECOVERYで部屋の大きさ(響き方)を変えられます。

エレキベースをライン録りで試したところ、DOUBLEモードでドライブ感が出て、ATTACKを12時、RECOVERYを2時くらいに設定するとアンプ録りに近いニュアンスになりました。ドライブ感はATTACKで調整が可能です。またアコースティック・ギターのコード・ストロークにはSINGLEモードの自然な感じがマッチしていました。ATTACKは2時、RECOVERYは1時くらいに設定するとよくできたレベラーのような効き味となり、ATTACKをより速めに設定すれば、ピッキングの嫌なアタック音を目立たなくすることができます。

次にピアノをマイク1本で録ってみましたが、SINGLEモードでATTACKを11時、RECOVERYを12時くらいの位置に設定したところ、左手(コード)と右手(メロディ)のバランスが良くなりました。“昔のモノラル録音ではこんな感じで音の明りょう度を上げていたんだな”と気付いた次第です。最後にボーカルですが、テンポが遅めの曲でしたので、SINGLEモードがマッチ。ATTACKを1時、RECOVERYを4時くらいに設定すると、ポンピングでブレスの声が持ち上がり、リアルな感じになりました。

“APIラックに真空管コンプが入るなんて、良い時代になったな……”というのが、率直な感想です。本機の特徴であるSINGLE/DOUBLEのモード切り替えとATTACK/RECOVERYつまみをうまく組み合わせることで、音作りに個性を発揮できると思います。

アナログ機材は時として入力信号に正確に追従しないことがありますが、そのアバウトさが音楽的な魅力となり、その扱いにクリエイターやエンジニアのセンスが問われます。コンパクトで、性能の割にリーズナブルなDoublewideは、上級者になり得る若い世代に使いこなしてもらいたいコンプです。複数台購入できればリズム録りの幅が広がりますし、音に慣れてくれば電源ラックをカスタマイズしたり真空管を交換してみても面白いでしょう。

▲内部にはNOS 6BJ6真空管を4本搭載する ▲内部にはNOS 6BJ6真空管を4本搭載する

製品サイト:http://www.miyaji.co.jp/MID/product.php?item=Doublewide

サウンド&レコーディング・マガジン 2016年5月号より)

RETRO
Doublewide
オープン・プライス(市場予想価格:148,000円前後)
▪チャンネル数:1ch ▪シャーシ:API 500互換 ▪外形寸法:75(W)×133(H)×145(D)mm(実測値) ▪重量:約1.56kg