
近接効果や低域の減衰を抑制
コンデンサー・マイクのようなサウンド
KSM8のカートリッジは特許取得済みの設計で、超極薄のダイアフラムを2枚(アクティブとパッシブを1枚ずつ)と逆エア・フロー・システムを備えている。この“デュアルダイン・カートリッジ”が、近接効果による低域の持ち上がりや、ソースとの隔たりが大きい場合の低域の減少(音ヤセ)など構造上の問題を改善。中域から高域にかけてフラットな特性を獲得し、従来のダイナミック・マイクよりもナチュラルなサウンドを実現したという。また軸外音の入り込みを抑制することで、フィードバックへの対策にもなる。そのほか中空式のショック・マウントにより、低域のレスポンスを損なうことなくハンドリング・ノイズを抑制。グリルの疎水性織布ライニングでは、ポップ・ノイズなどを防ぎつつ、防水に迫る耐水性を実現しているという。高級感のある筐体デザインも手伝って、持つ者に喜びを与えてくれるだろう。
それではボーカルのレコーディングで音質をチェックしてみよう。まずはS/N。この価格帯のマイクとしては標準的で、全く問題無い。感度はSM58より少し高い印象だ。また同じクラスのダイナミック・マイクSENNHEISER MD431と比べてみると、KSM8の方が5dBほど高い。最近設計されたマイクということで、やはりこの辺りは改善されているのだろう。
肝心の音質は、かなり筆者の好み。聴感上はコンデンサー・マイクのようで、低域から高域までしっかりと収めている。中高域は耳に痛いところが無く、それでいて気持ち良く抜けてくる。GML 8200などの高級アナログEQで超高域を持ち上げているような特性は、ボーカリストが心地良く歌えるツボを心得ている印象だ。またエンジニアにとっても、ノー・エフェクトでこの音質を得られればEQする必要が無く、素早く高いパフォーマンスを発揮できるのではないか? また本機の良さは、低域の豊かさにもある。欲しい低域が十分に得られつつも、無理に誇張された音ではないのだ。この音質なら、ボーカルのほかアコースティック・ギターなどにもお勧めできる。
軸外音の各帯域が満遍なく減衰
ハンドリング時の低域ノイズが少ない
次に軸外減衰についてもチェックしてみた。私はライブ・レコーディングの仕事も多いので、かぶりの多寡は大いに気になるところだ。ライブ録音の音質を向上させるために重要なのは、かぶりをいかに少なくするかである。例えばボーカル・マイクに楽器のかぶりが多いと、ミックスでEQやコンプをかけた場合にそれらが強調されてしまい、意図したサウンドを得にくくなるからだ。しかしこのKSM8は、軸外のあらゆる帯域の音を満遍なく減衰させつつ、その減衰のカーブも自然な印象。特に背面の遮音性に優れているので、レコーディング/PAの両エンジニアにとってうれしいマイクと言える。
ハンドリング・ノイズについては、ボコボコしたような低域のノイズがSM58などよりも少ない。しかし筐体に手がこすれる際に発生するカサカサした音は、マイクの特性なのか、それほど除去できていない。とりわけ先述のMD431と比べたときにカサカサ音が気になった。とは言ってもSM58と同程度なので、通常の使い方で気になるものではないだろう。
以上いろいろと検証してきたが、KSM8の最大の特徴はやはり音質と軸外減衰の品質だと思う。特に音質は、新しい次元で完成されていると言って良いレベルだ。また凹みにくい焼き入れ炭素鋼グリルを採用するなど、細かい部分もプロ機器としての要素がきちんと押さえてある。この辺りはさすがに世界のトップ・シェアを誇るメーカーの製品であり、長く安心して使えるモデルだと思う。



(サウンド&レコーディング・マガジン 2016年5月号より)