
32ビット/384kHzファイルに対応
分解能が高く密度の濃いキャラクターの音
ドイツ生まれのSamplitudeは、故郷であるドイツを中心にヨーロッパ全土で多くのユーザーを持つDAWです。プロフェッショナル・ユーザー、特に録音スタジオ、放送局などにも導入されています。前回のバージョンより製品名をSamplitude Pro Xと改め、今回が初のメジャー・アップデートでバージョン・ナンバーは“2”ですが、1990年代初頭にAMIGA(懐かしい!)の波形編集ソフトとしてリリースされてからおよそ四半世紀にわたり進化を続けている超ベテランDAWで、今回のバージョン・アップが通算13回目となります。初期から音質に対しては高い評価を得ており、筆者も十数年前からマスタリングやマスター・ファイルの録音用として使い始めたのですが、その時点で既に192kHzに対応し32ビット・フロートで内部処理を行っており、音質に対する高い次元でのこだわりや、オブジェクトごとにエフェクトなどを緻密に調整できる先進的な操作性などには驚かされました。
前置きが長くなりましたが、そんなドイツらしい生真面目でストロング・スタイルのDAWについて、その特徴やバージョン・アップによって新たに加わった機能など、ポイントを挙げて紹介していきましょう。
❶最大999のトラックを扱うことが可能で、最高で32ビット・フロート、384kHzのファイルを扱うことができるパワフルなオーディオ・エンジン
なんといってもSamplitude Pro X2の最大の魅力はそのサウンド・クオリティにあります。それを支えているのは最高64ビットの浮動小数点演算により、マスタリング・クオリティのサウンドを生み出すSequoiaと同等のサウンド・エンジン。リリースされた当初からオーディオ・インターフェースのポテンシャルを余すことなく引き出せるように、サンプリング・レートなどは他のDAWを寄せ付けないほどの高いスペックを実現してきましたが、ついに384kHzまで到達しました。その音質は一言で表現するならば、まさしくドイツの高級車のような存在感のあるサウンド。品格がありクラシック専門レーベルなどで広く使われているのもうなずけますが、それと同時に中低域の分解能も高く、密度の濃さを感じさせる重量感のあるキャラクターなのでシンセサイザーやリズム・マシンなどもバッチリこなせるのは、さすがテクノの国ドイツ生まれといった感じです。またトラック数もオーディオとMIDI合わせて999trまでOKなので、高速なCPUと記憶媒体を用意すれば、どんな大規模な制作でも、ソフト自体がスペックのネックになることは実質的にないでしょう。
トラック内の“オブジェクト”単位で編集
MIDI&ソフト音源も充実
❷強力なリアルタイム編集機能を有するオブジェクト・エディター
オブジェクト・エディターは新機能ではありませんが、個人的にはいちばんユニークかつ重要な機能だと思っています。ほかのDAWでは“クリップ”“リージョン”などと呼ばれているトラック上のオーディオ素材を、Samplitudeでは“オブジェクト”と呼びます。多くのDAWでは、プラグイン・エフェクトをトラックごとにインサートして使用しますが、Samplitudeはトラックだけでなくオブジェクトごとにプラグイン・エフェクトのほか、フェード、EQ、タイム・ストレッチ、ピッチ・シフト、AUXセンドなどの処理がリアルタイムで行えます(画面①)。

ボーカルやギターなどを音域やフレーズに合わせて部分的にコンプやEQで調整したり、ディレイやリバーブなどをオブジェクト単位でかけることが簡単にできるのです。手軽で、しかも緻密にサウンドを構築できるこの機能はSamplitude Pro X2の最大の武器であり、魅力であると思います。
❸従来から評価の高い高品位なエフェクトと、最近特に力を入れているインストゥルメント&MIDIエディター
エフェクトに関してはEQ、コンプ、リバーブなどのベーシックなものからひずみ系の飛び道具まで高品位なものが十分にそろっており、不満を感じることは無いと思います。またトラックとオブジェクト・エディターに、プラグインとは独立した形で効きが良く使いやすいEQが常設されているのもうれしいポイントです。
Pro Xへとリニューアルしてから、特に力を入れているのが作編曲に関係するインストゥルメントを含めたMIDI周りの機能。波形編集ソフトとしてスタートし、マスタリング・ソフトとして評価された経緯もあり、かつてはMIDIに関して不得手なイメージも少々ありましたが、実はこの数年間でいちばん進化したのはMIDIに関する部分なのです。イベント・リスト、ピアノロール、スコアを同時に表示可能なエディター画面は視認性、操作性ともに良好で、データを録音して修正するという基本操作に関してはほかのDAWに見劣りすることは無く、むしろキビキビした操作感は快適でテンポよく作業ができます(画面②)。

インストゥルメントも上位グレードのSamplitude Pro X2 Suiteには新たにエレピやアナログ・モデリング・シンセなどの4種類の音源が付属(画面③)。

プレイバック・サンプラーIndependenceのライブラリーも、通常版の3倍以上となる70GBも付属します(画面④)。

denceも付属。通常版では12GB、Suiteでは70GBのライブラリーを収録
これら十数種類のインストゥルメントと大容量サンプル・ライブラリーは作編曲に必要なサウンドを一通り網羅しています。
柔軟なストレッチやフリーズで自由に編集
高精度なメーター群も装備
❹超高品質のZPLANE製アルゴリズムを搭載したタイム・ストレッチ&ピッチ・シフト機能
今やDAWにとって必携のタイム・ストレッチ&ピッチ・シフトに関しては、多くのDAWに採用され定評のあるZPLANE élastique Proの最新アルゴリズムV3が搭載されています。またひとつのトラックで行ったピッチ修正の結果(エラスティック・オーディオの編集)を他のトラックに自動で転送する“Synchronize tracks”という新たなオプション設定もあり、コーラス・セクションなどのマルチトラック・レコーディングされたトラックの修正に役立ちそうです。
❺トラックやオブジェクトごと個別に実行/解除ができるフレキシブルなフリーズ機能
フレキシブルなフリーズ機能もウリのひとつで、何よりも便利なのがMIDIオブジェクトのフリーズです。オブジェクトごとに操作のログが記録されるのでオーディオにしたオブジェクトにさらにオブジェクト・エディターでエフェクトをかけ、それを再度フリーズして上書きしても、フリーズした回数分だけフリーズの解除を繰り返せば元のMIDIオブジェクトまで戻ることが可能。単なるCPUパワーの節約ではなく、MIDIで録音したものを即座にオーディオで加工、編集してトラックを作成するなど積極的な使い方もできる機能です。
❻サウンドを視覚でもチェックできるマスタリング・グレードのメーターやビジュアライザー
マスタリングに対応しているだけあり各種メーターの精度や視認性に関しても申し分のない環境を提供してくれます。10種類ものメーターを自由に組み合わせレイアウトでき、しかもそれらをプリセットすることも可能です(画面⑤)。

❼ユーザーのニーズに応じて簡単にカスタマイズできるツール・バー&ワークスペース
Samplitude Pro X2は基本的には多数のメニュー・コマンドを持っており、一見操作が難しそうなイメージもありますが、ウィンドウの上下2カ所にあるツール・バーと呼ばれる部分に、使用頻度の高い操作やコマンドをボタンとして自由に配置でき、そのおかげでマウスなどのポインティング・デバイスのみで感覚的な操作ができます。またそれらのボタンやトランスポート、各種メーター、ファイルなどのブラウザー、オブジェクトやMIDIのエディターなど目的に応じたウィンドウ・レイアウトを“Workspace”として保存し、状況によって素早く切り替えながら作業を行えます。インターフェースを手軽にカスタマイズするこれらの機能により、ユーザーが望むワークフローをスムーズに実現できるのもSamplitude Pro X2の魅力であります。
そのほかにも本格的なミックスには必携とも言えるVCAフェーダーや、オブジェクトに対してオートメーション・データの紐づけ編集を容易にするオブジェクト・オートメーションなどが今回の新機能です。
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数多く活躍しているドイツ産DAWの中でも、特に堅牢かつ重厚なドイツらしさを強く感じさせるのがSamplitudeだと思います。ただそのようなイメージもPro Xにリニューアルしてからは少しずつ変化しようとしているように感じます。波形編集、マスタリングというオーディオのスペシャリストから、音源やMIDI機能も充実し作編曲から録音、ミックス、マスタリングまで音楽制作の全行程に対応したクリエイターを常時支えるオールラウンダーへと、着実に進化しているのではないでしょうか。何よりもその魅力はイマジネーションや創作意欲を刺激してくれるサウンド・クオリティにあります。とりあえずデモ版もあるので試してみることをお勧めします。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2015年9月号より)