「PRESONUS Studio One 3」製品レビュー:64ビット・オーディオ・エンジンを搭載した次世代DAWの最新版

PRESONUSStudio One 3
次世代のDAWである、PRESONUS Studio One(以降S1)のバージョン3が待望のリリースとなりました。サンレコ読者でも既に本バージョンをお使いになっている方もいらっしゃると思います。今回は既存ユーザーの方にもこれからお使いになる方にも、バージョン3アップデートの魅力をお伝えできたらと思います。

音の解像度が上がったことで
飽和感がさらに軽減

実は私は、今回のバージョン3リリース直前、βテストに参加させていただいておりまして、読者の皆様より一足早く新機能を試すことができました。機能追加の内容だけを見ていると、主に作曲家やトラック・メイカー向けのアップデートになっているなというのが個人的な感想でした。大きく分けて3つの大きなアップデートがあると思います。

● オーディオ・エンジンの刷新による音質の変化
● スクラッチパッドとアレンジ機能の追加
● ユーザー・インターフェースの改善と視認性の向上

こうやって列挙してみるととても地味に見えますね。しかしどれも飛び道具的なよく分からない機能ではなく、DAWとしての基本を押さえつつ高いレベルで実装されていて“THE NEXT STANDARD”をうたうだけのことはあると思いました。まずはこの3点を重点的にご説明しつつ、私が個人的にうれしかった機能なども簡単にご紹介していきましょう。

一つ目の“オーディオ・エンジンの刷新による音質の変化”について。あえて“向上”と書かず“変化”と書いたのは、数値や計測によって“音質が向上した”と示すことができないためです。また、音質は人によって好みもさまざまです。そこで、バージョン2で作ったソング・ファイルをバージョン3で開きつつ比較してみたところ、バージョン2と比べて音質に明らかな変化がありました。この音質の違いは先述の通り数値で表すことができないので、あくまで主観でしかお伝えできないのですが、強いて言うと“解像度が上がり、飽和感がさらに無くなった”という感じです。実際βテストの段階からバージョン3に切り替えて仕事に使っていましたが、日本語ローカライズなどを除けばおおむね問題ありませんでした。そんな“バージョンを特に意識していない”日々の業務の中で、ふと“あれ? なんかいつもより音キレイだな”と感じるほどの差がありました。実際、関係者向けに行われたバージョン3の発表会でも、多くの先輩ミュージシャンの皆さんと音質の差を比較したのですが、“うわ、全然違う……”と口をそろえておっしゃっていたのが印象的で、また“今まであまり気にならなかったアレンジの粗が気になってしまう”とおっしゃる方もいたほど。サンプリング周波数やビット・デプスに差はないのに、ソフトウェアの違いで解像度が高くなるというのは、いちユーザーの私にとっては本当に不思議でした。もともとバージョン2から音の解像度が高いと言われてきた音質に、さらなる磨きがかかっていることには驚きを禁じえません。正直なところ、この音質の差が最大のアップデートだと個人的には思います。ほかの細かな機能追加が飾りに見えるくらいです。解像度が上がったことで、ピッチの判別、EQやコンプのかかり方などを耳でつかみやすく、結果的にアレンジやミックスにも今後良い影響を与えそうです。

さまざまなアイディアを試すことができる
スクラッチパッドの搭載

二つ目のアップデートがスクラッチパッドの実装です。DAWの機能としては聞き慣れない言葉ですね。この言葉の意味自体は、日本語で言うところの“メモ帳”ですが、コンピューターの世界では“一時記憶領域”という意味でも使われるようです。実際の印象としては後者に近い使用感だと思いました。

具体的にはS1のメインのタイムラインとは別に、右側にスクラッチパッドのタイムラインが表示されます。それぞれは全く別の時間軸を持っており、さまざまなアイディアを試すことができる、まさに“曲のアイディアを一時的に保存しておく場所”なのです(画面①)。

▲画面① メインのタイムラインとは別の時間軸で、さまざまなアイディアを試すことができるスクラッチパッド(右端のエリア)。画面は、スクラッチパッドで変更を加えた部分をメインのタイムラインに戻す様子。ドラッグ&ドロップで瞬時に差し替えることができる ▲画面① メインのタイムラインとは別の時間軸で、さまざまなアイディアを試すことができるスクラッチパッド(右端のエリア)。画面は、スクラッチパッドで変更を加えた部分をメインのタイムラインに戻す様子。ドラッグ&ドロップで瞬時に差し替えることができる

スクラッチパッドの便利さを説明する上で重要な機能が、今回のバージョン3で追加された“アレンジ機能”です。これは曲の構成を自由に編集できる便利な機能で、タイムコードや小節、マーカー・トラックとは別に時間軸に追加されます。時間軸(タイムや小節)に対して“Aメロ”“サビ”といった大まかな曲構成を書き込めるだけでなく、その指定した範囲をつかんでドラッグすると全トラックを選択して(編集点も追加されます)移動したりすることができるのです。この機能はスクラッチパッドにも有効で、一度メインのタイムラインに作った曲の一部(例えば“Aメロ”)などをドラッグ&ドロップでスクラッチパッドにコピー可能。もちろん、逆にスクラッチパッドからメインのタイムラインに戻すこともできます。例えば、同じAメロでも少し違ったバージョンを作りたいときに、オリジナルを壊さずに思い切ったカットやアレンジを行えますし、良い変更ができた場合は即座に差し替えが可能なのです。今までありそうで無かったこのスクラッチパッドは、クライアントやディレクターの要望で細かなマイナー・チェンジを繰り返す場合や、アレンジに詰まって思い切った変更を加えたいときにはとても効果を発揮しそうです。これは素晴らしい新機能だと思います!

UIの改善により視認性が向上
個別にカスタマイズも可能

三つ目にユーザー・インターフェース(UI)の改善と視認性の向上です。これはまさに見たとおり。バージョン2のグレーを基調として全体的にプラスチック感があったデザインから、ダークグレーを基調としたスタイリッシュで目にやさしいデザインになりました。そのほかのDAWでも似た機能はありますが、基本となる色味を指定したり、一部個別に明るさを変えるなどのカスタマイズが可能です。派手な配色にして気分を変えたり、他社製DAWをまねた配色にしたりと、パラメーターは少ないながらもたくさんのバリエーションが作り出せます(画面②)。

▲画面② 背景とアレンジメントの色や明るさなどを、個別に変更することが可能。またプリセットの保存と読み込み機能があるので、異なる環境で使う場合も見た目を統一できる ▲画面② 背景とアレンジメントの色や明るさなどを、個別に変更することが可能。またプリセットの保存と読み込み機能があるので、異なる環境で使う場合も見た目を統一できる

UIの改善はほかの機能に比べて目立った機能に見えないかもしれませんが、使うとなれば長時間、それこそプロなら毎日使う画面ですから、暗めの配色は目に優しく、またノート・パソコンで使う場合には液晶ディスプレイの消費電力節約にもなるでしょう。変更し過ぎず、考え抜かれたUIデザインの変更だと私は思います。

オートメーションのベジェ描画で
曲線を使ったデータが生成できる

そのほかのアップデートとしては、マルチインストゥルメント、Note FX(MIDIフィルター)の搭載、マクロコントロール、オートメーションのベジェ描画などが挙げられます。

マルチインストゥルメントは、インストゥルメント・プラグインを一つのプラグインとしてスタックしたり、マルチ内でエフェクト・ルーティングを組むことができる機能(画面③)。こうしたインストゥルメントやエフェクトを一つのプラグインに内包して、ルーティングする機能を持ったサード・パーティ製プラグインは以前からありましたが、DAWの一つの機能として実装されたことで、安定性、プリセット作成の面、MIDIトラック数の節約などでメリットを発揮しそうです。

▲画面③ マルチインストゥルメントを使って、バージョン3から搭載されたソフト・シンセサイザー“Mai Tai”(右下)とSPECTRASONICS Omnisphere(左下)をスタックした様子。自由度の高いルーティングが可能で、画像のようにMai Taiにだけアルペジエイター(右上)をかけることも可能 ▲画面③ マルチインストゥルメントを使って、バージョン3から搭載されたソフト・シンセサイザー“Mai Tai”(右下)とSPECTRASONICS Omnisphere(左下)をスタックした様子。自由度の高いルーティングが可能で、画像のようにMai Taiにだけアルペジエイター(右上)をかけることも可能

Note FXに関しては、こちらもほかのDAWでもあった機能ではありますが、明快で分かりやすいUIになっています。また、MIDI信号のプリ/ポストが選べるので、たくさんのノートを一気に打ち込みつつ、それを生かして後で細かく編集することも可能です(画面④)。時間が無いときやEDM系の楽曲制作にかなり生かせるでしょう。

▲画面④ Note FXの一つChorderでノートを入力している様子。そのほかにもArpeggiatorやRepeaterなどのNote FXを使い、たくさんのノートを一気に打ち込むことができ、音源に内蔵されたアルペジエイターではできない、曲に合わせた細かな編集に対応する ▲画面④ Note FXの一つChorderでノートを入力している様子。そのほかにもArpeggiatorやRepeaterなどのNote FXを使い、たくさんのノートを一気に打ち込むことができ、音源に内蔵されたアルペジエイターではできない、曲に合わせた細かな編集に対応する

マクロコントロールは、同じチャンネル内にあるインストゥルメントやエフェクトのパラメーターを、一つの画面で一括管理できる機能です。マクロをコントローラーに割り当てることで直感的に制御可能なので、無数にあるパラメーターの中から必要なものだけをまとめ、音作りやライブ・パフォーマンスなどでも使うことができそうです(画面⑤)。

▲画面⑤ マクロコントロールの画面。一つのマクロでシンセやエフェクトのパラメーターを同時にコントロール可能。ノブのほかにもボタンとXYパッドがある。複雑になりがちなパラメーターの管理もこれならシンプルに扱うことができる ▲画面⑤ マクロコントロールの画面。一つのマクロでシンセやエフェクトのパラメーターを同時にコントロール可能。ノブのほかにもボタンとXYパッドがある。複雑になりがちなパラメーターの管理もこれならシンプルに扱うことができる

オートメーションのベジェ描画は、以前のポイントと直線のみの入力だけでなく、曲線を使った滑らかなオートメーション・データの作成が可能になりました。シンセサイザーのパラメーターをLFOなどに頼らず制御できるので、こちらもEDM系楽曲のほか、生楽器シミュレーションでエクスプレッション情報を滑らかに書きたいときなどに使えます。

そのほかにも、派手ではないけれどユーザーの使いやすさを考慮した非常に細かい機能追加があります。執筆時点でβ版から数えて1カ月近く使っているのですが、今でも新しい発見があるほどです。

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長々と書いてきましたが、ぱっと見たところ、色味が変っただけのように感じるかもしれません。しかしユーザーの意見を反映しつつ、本当に必要かどうかを熟慮した上で機能を実装したメジャー・アップデートと言えます。ソフトウェアのバージョン・アップでありがちな、コンテクスト・メニューが増え過ぎて使いづらいということもなく、S1の持ち味であるシンプルさもキープしているのです。

最後にもう一度お伝えしたいのが、ソフトウェアのオーディオ・エンジンの刷新によって“音質が変わった”ということです。私にとってそれが非常に好みの音質でした。解像度の向上によって得られる音作りのしやすさは、細かな機能アップが本当に霞むほどのものだと個人的に思います。好みの音質かどうか、読者の皆さんも、ぜひデモ版やFree版で確かめてみてください。

サウンド&レコーディング・マガジン 2015年8月号より)

PRESONUS
Studio One 3
ダウンロード版/39,630円(Professional)、11,852円(Artist)
▪Mac:OS X 10.8.5以降、INTEL Core 2 Duoプロセッサー ▪Windows:Windows 7(64/32ビット、SP1 + platformアップデート)、Windows 8.1(64/32ビット、INTEL Core 2 DuoまたはAMD Athlon X2プロセッサー ▪共通項目:4GB RAM、30GBディスク・スペース、1,366×768解像度以上のディスプレイ(タッチ操作にはマルチタッチに対応したディスプレイが必要)