「AVID Sibelius 7.5」製品レビュー:iPad向け閲覧&再生アプリとの連携が可能になった楽譜作成ソフト

AVIDSibelius 7.5
楽譜作成(ノーテーション)ソフトのSibeliusは、バージョン6以降AVIDからのリリースとなったため、Pro Toolsとの連携やユーザー・インターフェースが大きく進化しました。今回の7.5ではどのような新機能が追加されたのでしょうか。深く探ってみるとともに、Sibeliusというソフトのコンセプトに迫りたいと思います。

大編成楽譜の構成も確実に把握
人間的な演奏をする再生エンジン


もともとSibeliusは直感的な操作性をウリにしていましたが、タイムライン・ウィンドウの追加によって、さらに向上したといってもいいでしょう。ノーテーション・ソフトを使用していて一番煩わしいのは、曲が長くなってくると画面のスクロールに費やす時間が増えてくるということでした。もともとナビゲーターという機能が付いていましたが、やはりページ数がかさむとそれでもスクロールをするのが面倒になってしまいます。今回追加されたタイムライン・ウィンドウではその悩みを打ち消す工夫がなされています。特にオーケストラのスコアリング時はパート数が多く、曲が長いことも多いため、目当ての部分を探すにも縦に横にと忙しかったのですが、この機能では小節番号やリハーサル・マーク、テンポやキー変更情報、音符が入っているパートなど、楽曲の構成がすべて一望できるようになっています(画面①)。

▲画面① 画面下がタイムライン・ウィンドウ。楽譜全体の構成だけでなく、マーカーやコメントなどもル ーラー状に表示可能となった。筆者としては、これでコメントの見逃しが少なくなることがありがたい ▲画面① 画面下がタイムライン・ウィンドウ。楽譜全体の構成だけでなく、マーカーやコメントなどもル
ーラー状に表示可能となった。筆者としては、これでコメントの見逃しが少なくなることがありがたい
 そしてお目当ての場所をクリックするだけでその場所にスコアがオート・スクロールされます。コメント機能を使った場合はそのコメントが付されている場所も表示されるため、複数人でSibeliusファイルを共有したり引き継いで作業するときにはとても重宝します。楽譜はページ数が多いほどミスをチェックするのも大変ですが、この機能を使えばより確実にミスを減らせるでしょう。筆者はミュージカルなどで1曲につき100ページを超える楽譜を編集することもあるため、この機能により作業時間がずいぶんと短縮できそうだと感じました。打ち込んだ発想記号やテキストなども表示できるのも助かりますね。また、確認用再生エンジンの強化もポイントです。これまでノーテーション・ソフトのプレイバック機能の音楽性は、ほぼおまけのようなもので、あまりあてにできず、むしろ頭の中の完成形イメージがずらされてしまう気がしていました。Sibelius 7.5のソフト音源再生エンジン、エスプレッシーヴォ2.0は、そんな認識を改めてくれるものです。以前はフォルテやクレッシェンドなどのダイナミクス記号に対し極端に反応してしまい音が急に大きくなったりと、あまり音楽的とは言えないときもありましたが、今回のアップデートによりずっと滑らかになり表現力も増しています。これなら頭の中のイメージをなるべく壊さずにプレイバックで確認ができると感じました。モルデントなどの装飾記号に対応できるようになり、スラッシュ付きの前打音とそうでないものの弾き分けもできるようになっています(画面②)。“譜面に書かれている通りに鳴る”というのは当たり前のように思えますが、これができているノーテーション・ソフトは少ないのではないでしょうか。
▲画面② 五線右上(付点2分音符の上)にある記号がモルデントで、“2度下の音を弾きすぐに元の音に戻る”という意味。新しい再生エンジンである“エスプレッシーヴォ2.0”はこうした記号も忠実に再現してくれるので、ストレスが少ない。またフレーズ冒頭の前打音もスラッシュの有無で再生時の長さが自動的に調整される ▲画面② 五線右上(付点2分音符の上)にある記号がモルデントで、“2度下の音を弾きすぐに元の音に戻る”という意味。新しい再生エンジンである“エスプレッシーヴォ2.0”はこうした記号も忠実に再現してくれるので、ストレスが少ない。またフレーズ冒頭の前打音もスラッシュの有無で再生時の長さが自動的に調整される
 さらに、エクスポートの共有部分にFacebookやYouTube、SoundcloudなどのSNSが追加されました。これは譜面の共有というよりも、ソフト音源で再生した出力を共有するもので、YouTubeやFacebookでは譜面の映像も書き出せます。ただし、その映像で判読できるかどうかは譜面のサイズにもよります。そして便利なE-Mail機能も追加されています。これで書き出したファイルを添付してE-Mailを書くという作業もSibeliusのアプリケーション内のみで行えるようになりました(画面③)。こういったことの積み重ねが作業時間の短縮につながるのだと思います。
▲画面③ 共有ダイアログにある“メールで送信”画面。過去のバージョンのSibeliusファイルへの書き出し、PDFでのスコア/任意のパート譜が選択できるので使い勝手が良い ▲画面③ 共有ダイアログにある“メールで送信”画面。過去のバージョンのSibeliusファイルへの書き出し、PDFでのスコア/任意のパート譜が選択できるので使い勝手が良い
 

楽譜閲覧用iPadアプリScorchで
キーやテンポを変更して再生可能


APPLE iPad上でSibeliusファイルを閲覧できるアプリとして、AVID Scorch(200円)があります。iPad上でメトロノームを鳴らしながらスコアを再生したり、パートのミキシングも自由にできるため、1パートやセクションのみソロで聴くことも可能(画面④)。
▲画面④ 楽譜閲覧用iPadアプリのAVID Scorch(200円)。Sibeliusで作成した楽譜を読み込んで、再生することが可能。移調やテンポ変更も行えるので、楽器の練習などに便利だ。ミキサーでパート単位での音量調整も行える ▲画面④ 楽譜閲覧用iPadアプリのAVID Scorch(200円)。Sibeliusで作成した楽譜を読み込んで、再生することが可能。移調やテンポ変更も行えるので、楽器の練習などに便利だ。ミキサーでパート単位での音量調整も行える
 ほかにもテンポやキーまで変更することまでできてしまうとても便利なアプリです。以前は入門版のSibelius Firstと連携するものでしたが、今回のアップデートでフル版のSibeliusとも連携が取れるようになりました。Scorchでは、Sibeliusのファイルがそのまま開けますが、表示が崩れることがあるため、iPadの表示サイズに最適化したScorch用のSibeliusファイルをエクスポートします(画面⑤)。
▲画面⑤ Scorch用のSibeliusファイルを書き出すところ。そのままiPad上でファイルを開くとレイアウトが崩れる場合があるので、あらかじめiPadに最適化したファイルを用意しておく ▲画面⑤ Scorch用のSibeliusファイルを書き出すところ。そのままiPad上でファイルを開くとレイアウトが崩れる場合があるので、あらかじめiPadに最適化したファイルを用意しておく
 また、SibeliusファイルのiPadへの同期は、iTunesの“アプリ”エリアで行うのが基本ではありますが、これは少し手間なので、Dropboxでの同期やE-Mailでの送受信を使うと簡単です。筆者は自宅のスタジオで歌ものに仮歌を入れたり、ギタリストを呼んで録音したりすることが多いのですが、そのためには譜面が必ず必要になります。事前に資料を送るときに今まではSibeliusで作ったPDFを送ったり、譜面だけではなくメロディのMIDIファイルやクリックをほかのDAWから書き出して送ったりしなくてはなりませんでした。それが、iPadを持っている方にはScorch用に書き出したSibeliusファイル一つを送れば資料用譜面として扱えるようになったのです。Scorch側でキーやテンポも変えられるために楽曲練習用のツールとしても役に立っています。周りではまだあまり使っている方は少ないのですが、どんどん普及してほしいと思っています。Pro Toolsを軸に音楽制作をしている身としては、Pro Toolsで打ち込み→Sibeliusで楽譜→Scorchで閲覧と、作曲からレコーディングまでというワーク・フローが出来上がるという点も魅力です。楽器のレッスン講師の方などは、新しい形の教則本作りもできそうですね。テンポを自由に変更できるため毎日のデイリー・トレーニングなどに最適な教材になるのではないでしょうか。また、筆者はもともと金管楽器奏者でチューバという楽器を吹いていましたが、チューバ用に書かれた教本が少なく、よくトランペットやホルンなどの教本を無理やり読み替えて練習していました。Scorchは移調楽器の楽譜もin Cに直せたりもするので、学生時代にScorchがあれば練習がどんなにはかどったことかと思います。今後はメモなど残せるようになれば、学習用ツールとしての実用性もどんどん上がっていくのではないかと思います。 

Pro Toolsを軸にした制作で
譜面作成のワークフローをスムーズに


もともとプロ用のノーテーション・ソフトというのは、楽譜を奇麗にレイアウトをすることにフォーカスしたものが多く、MAKEMUSIC Finaleなどはその代表的なソフトだと言えるでしょう。Sibeliusはどちらかと言えばデザインの詰めよりも作曲と作業のしやすさに注力している気がします。作曲をしているのに音楽とは関係ないところで悩むのはあまりクリエイティブではありませんし、今回のアップデートでもタイムライン・ウィンドウやScorchの完全統合など、そういったところに配慮されたものが多かったと思います。昨今はDAW全盛の時代ですのでまずはDAWで作曲をする方が多いと思いますが、DAWで書き出したスタンダードMIDIファイルをノーテーション・ソフトで開くと、音価の乱れや異名同音のずれなどの問題が多く、結局イチから打ち込んだ方が早い楽曲などもありました。またDAW付属のノーテーション機能も使いにくいものが多く、マニュアルをしっかり見ないと操作が分かりにくいものや、アーティキュレーションや発想記号の自由度が低くオーケストラなどのスコアリングには向かないものなどが多かったのも事実です。その中でSibeliusのPro Toolsとの連携やMusicXMLの対応はアプリケーション間でのファイルのやりとりを容易にしてくれました。仕事の中で膨大な数の楽曲をいろんなアプリケーションを使って管理するのは大変ですが、作曲から楽譜を完成させるまでのワーク・フローがSibeliusによってスムーズになりました。また何がどこにあるかひと目で分かるデザイン、マウスで動かしたいものがすぐに動かせて、入れたい文字がすぐに入れられる直感的な操作性は一度慣れると離れがたいものがあります。操作に手間取って、イメージをすぐに楽譜にできず悩んでいる方はぜひ試してほしいです。   (サウンド&レコーディング・マガジン 2014年6月号より)
AVID
Sibelius 7.5
56,000円
▪Mac:Mac OS X 10.6.7〜10.9、1GB以上のRAM、750MBのディスク空き容量、DVD-ROMドライブ(パッケージ版) ▪Windows:Windows 7/8(32/64ビット)、1GB以上のRAM、750MBのディスク空き容量、DV D-ROMドライブ(パッケージ版) ▪Sibelius Soundsライブラリー使用時:INTEL Core 2 Duo以上のCPU、4GB以上のRAM、40 GB以上のディスク空き容量(SSD推奨)、ASIO対応オーディオI/O(Windowsのみ)