TONEFLAKEは、1991年に佐藤俊雄氏が設立したブランド。佐藤氏は、ビンテージ機材のメインテナンスやモディファイに定評があり、特にリボン・マイクの修理では国内の第一人者として知られています。周囲でも依頼している人が多いので、自分も過去に氏が改造した機体を使ったことがありますが、確かにオリジナルよりも一段クオリティが高いサウンドにグレードアップしていました。今回はそんな佐藤氏が手がけたリボン・マイクということで、どんな音を聴かせてくれるのか非常に楽しみです。
パっと聴いた瞬間に分かる低域の密度の濃さ
TR1 Passiveはパッシブ・タイプのリボン・マイクです。同時にTR1 Activeというアンプ回路内蔵のモデルも発売されていますが、両者はボディ形状からして違っているので、別のマイクとして考えた方が良さそうです。TR1 Passiveはダイキャスト製のボディと二重になったグリルを搭載。TONEFLAKEオリジナルのリボンを強力なマグネット・モーターに貼ることによって、廉価版のリボン・マイクでは実現できない広い周波数レンジの集音を可能にしているとのこと。また高品質コアのトランスを使用し、その入出力部分には特製のハンダを使ったり、微弱電流が流れるリボンの接合部分には特殊なプライマーを塗布するなど、大量生産では難しい、ビルダーならではのこだわりが随所に見られます。
周波数レンジは30~18,000Hz(±3dB)、感度は−52dB (0dB=1V/Pa)@1kHz、最大SPLは148dBとリボン・マイクとしては高め。出力インピーダンスは600Ωとこちらも高めに設定されています。サイズは69(φ)×185(H)mmと一般的なラージ・ダイアフラムのコンデンサー・マイクと同じくらいで、重量は1.4kg。そのほか専用のキャリー・バッグが付属します。
それでは実際に試していきましょう。本体を取り出してまず感じたのはその重量感。一般的なラージ・ダイアフラム・コンデンサー・マイクの3倍弱の重さはあると思います。RCA 77DXとちょうど同じくらいの重さですね。いにしえのリボン・マイクは、同じく重量級のマイク・スタンドに設置しないと重過ぎてスタンドが“お辞儀”してしまうようなことがありますが、普通のスタンドでも問題なく固定できました。
今回はFOCUSRITE ISA828 MKIIやNEVE 1073/1081系など、さまざまなマイクプリでテストしました。まずはボーカルから。パっと聴いた瞬間から、ほかのマイクとは別物であることが分かります。とにかく低音の密度が濃い。初めて試したマイクがスッキリした音である場合、これまでの経験からそれは日本製であることが多いのですが、TR1 PassiveはUSオルタナティブといいますか、現行のアメリカ製マイクと比べても強いキャラクターを持っています。
この価格帯のマイクだと、ビンテージのクローンは中域より上の倍音は似ていますが、低域は薄いことが多く、そこをうまくキャプチャーできるマイクは極少です。その点、TR1 Passiveではローエンドがフル・ボディで録音される感じがあるので、低音が魅力でソフトな歌い方の男性ボーカルにはベスト・フィットだと思います。甘く温かい傾向の音ですが、高い周波数も自然と伸びているので、EQのかかりも良く、好きなトーンに持っていける感じがありました。ビンテージのNEVEのような低音が膨らむ傾向のプリと組み合わせると、少しローカットを入れた方がバランスが良かったので、今回試してはいませんが、アメリカンなマイクプリとの組み合わせの方が本領を発揮できると思います。
アコギでは繊細で広さを感じる音にセミアコではジャズ・ギター度アップ
次にアコギで試してみました。繊細で奥行きが見えやすく、音像も大きく感じます。名機と呼ばれるビンテージ・マイクの特徴として、モノラルで録音しているのに音像が広く、ステレオのように聴こえることが挙げられます。加えて、空気感まで捉えることができるので、リバーブをかけなくても自然に聴こえるのですが、TR1 Passiveはその両方をクリアしていて、パッと立てただけで広く感じる音になりました。さらに、ボディの箱鳴りが強調されて痛さが軽減するので、小さいブースでバイオリンなどの弦ものを録音するのにも合いそうです。ウッド・ベースにも適していると思います。
最後にエレキギターに立ててみました。風圧でリボンにトラブルが起こる場合があるとマニュアルに書いてあるので、少し離した位置から狙います。これは全体的に言えることですが、リボン・マイク全盛期にはオンマイクで立てないのが基本で、TR1 Passiveも同じような設計思想で作られているために、このマイクも離して使うのがベストだと思います。レコーディング・ブースのドアを開閉する際の風圧でもリボンが痛むことがあるので、袋をかぶせて置いたりするのですが、付属のキャリー・バッグがマイク本体を突っ込んで収納する仕様なので、保全の用途にも使えそうでした。
話がそれましたが、エレキギターでの出音は、アタックは立っていながらも、痛いところが削れて太くなります。カッティングの鋭さは残りながらも、キンキンする成分は消滅しました。またセミアコをつないでクリーンで弾いたところ、笑えるほどにジャズ・ギター度が上がりました。1960年前後くらいまでのサウンドが欲しい人には、当時っぽい音になるエフェクターとしても使えそうです。
TR1 Passiveは、オールマイティに使えるマイクではないと思いますが、ハマれば最高のバイブスを醸し出す秘密兵器になりそうなので、2本目以降で違うキャラクターのマイクが欲しい人にお薦めです。このようにカラーが強いマイクが日本から出てきたのは、文化的に洗練されてきた感じがしてうれしいですね。
中村公輔
【Profile】neinaの一員としてドイツの名門Mille Plateauxなどから作品発表。以降KangarooPawとしてソロ活動を行い、近年は折坂悠太、宇宙ネコ子、大石晴子らのエンジニアリングで知られる。
TONEFLAKE TR1 Passive
99,000円
SPECIFICATIONS
▪指向性:双指向 ▪周波数特性:30〜18,000Hz(±3dB) ▪感度:−52dB(0dB=1V/Pa)@1kHz ▪最大SPL(<1%THD@1kHz):148dB ▪出力インピーダンス:600Ω ▪外形寸法:69(φ)×185(H)mm ▪重量:1.4kg