ここ数年でのAI技術の普及速度はすさまじく、それは音楽制作向けのソフトウェアも例外ではありません。AI機能の搭載を売りにした製品はもはや珍しいものですらなくなってきました。設定をオートで提案してくれたり、既存のハードウェアの音響特性を忠実に再現してくれたりするなど、我々が享受できる恩恵は多岐に及びます。しかしながら、音源の加工および処理が目的のものが多く、音源そのものの生成に対してはまだまだ発展途上といえます。そんな中、今回ご紹介するSESSION LOOPS DrumNetは、ドラムのワンショット・サンプルをAIが生成してくれる、という今まであまり見かけなかった、音源生成そのものをAIが担当する製品になっています。
次々にサンプルを作り出せるシンプルUI 生成用のパラメーターはVariationのみ
DrumNetの機能をざっくり説明すると、サンプル生成とシーケンサーの2つに分けられます。前者を担当するDrum Kit画面(上掲の画面)と、後者を担当するSequencer画面を切り替えて使うようなインターフェースになっています。
まずはDrum Kitから見ていきましょう。この画面では8つのスロットそれぞれでサンプルを生成できます。プルダウン・タブで“Kick”“Snare”“Closed Hat”など13種のカテゴリーから1つを選択し、Generateボタンをクリックすると、一瞬でドラム・サンプルを生成できます。なんと潔いことに、音色の方針を指定するようなパラメーターなどはありません。サイコロを投げるがごとく、天からワンショット・サンプルが降ってくるわけです。生成したサンプルのポスト処理の機能も最低限で、ゲイン、ベロシティ感度、パン、ピッチ、ローカット、ハイカットのみです。その代わり、本当に驚くべき速度で、サンプルを次々に生成することができます。
それでは、どうやって自分好みのサンプルを生み出せばいいのでしょう? そのためのパラメーターが画面下部にあるVariationです。これは“今生成されているサンプルと、どれくらい似た音を生成するか?”を設定するもので、スライダーを最大値である100%に設定してGenerateボタンを押すと、直前のサンプルとはほぼ関係ないような音色のサンプルを生成します。ただし、不思議なことに設定したカテゴリーを逸脱するような音が生成されることはほぼありません。例えば、Snareを選んでいる限りは100%でもほぼ確実にスネアの音のみが生成されます。逆にVariationの数字をごくごく小さくすると、直前のサンプルと限りなく近い、でも少し違うサンプルを生成できます。サンプルの海をランダム・ウォークするような感じで、Variationによって歩幅を設定し、現時点のサンプルから新しいサンプルへ向かって一歩踏みだすようなイメージでGenerateを連打すると、目指すイメージの音色へと大胆に、あるいは慎重に接近していくことができます。
手持ちのサンプルを読み込み可能 オーソドックスなステップ・シーケンサー
“では、結局は神頼みなのか?”という疑問に対しての機能も用意されています。手持ちのワンショット・サンプル(最大4秒弱)を、波形が表示されているエリアへドラッグして読み込み、それを起点にGenerateできるのです。Variationで読み込んだサンプルにどれくらい近いサンプルを生成するかも指定できます。
フレッシュな機能が搭載されたDrum Kitに対し、Sequencerは単純明快。極めて一般的なステップ・シーケンサーで、Drum Kitで生成した8つのサンプルを用いて最大32ステップのパターンを組むことができます。
また“Drill”“Pop”“Disco”“R&B”“Rock”など多彩なプリセットも用意されており、それぞれ異なるサンプルがアサインされます。
Drum Kitの現時点での特徴は、想像以上にお行儀が良いことです。突拍子もないトンチンカンなサウンドを生成することは全くなく、どれだけ適当にサンプルを生成しても破綻することはありません。
従来使用してきたドラム・サンプルやその管理ツール、あるいはドラム専用シンセなどは、自分のイメージした音をいかに選ぶか、あるいは作るかという利用方法でした。それに対してDrumNetは、ランダムであるが故に外部から自分のインスピレーションを刺激することができます。何もない状態からドラムの音が8つ瞬時に生成されるため、それを起点に制作を始めたり、音色選びに行き詰まったときに音色を総とっかえしたりなど、自分の想定の外からサウンドの選択肢が提示されるのは、従来にはない体験になります。
現時点では、即戦力のサンプルを瞬時に提示してくれる優等生的なソフトといえます。しかしこの先、伝説の名機のような音も、聴いたこともないような斬新な音も、ワンクリックで自由自在に生成できるようになったらどうでしょう。最近のAIの発展速度を考えると、そんな日はすぐにやってくるように思えます。
in the blue shirt
【Profile】有村崚のソロ・プロジェクト。Second Royalなどからのリリースを経て2016年と2019年にアルバム、2020年にはEPを発表。リミキサーとしてtofubeatsらの作品に参加。CM音楽も手掛ける。
SESSION LOOPS DrumNet
16,082円(価格は為替レートによって変動)
REQUIREMENTS
▪Mac:macOS10.14/10.15/11(INTEL CPU/ARM)/12(INTEL CPU/ARM)
▪Windows:Windows 10(64ビット)/11
▪対応フォーマット:AAX、AU、VST3(Macのみ。VST2非対応)、スタンドアローン