LINDELL AUDIO Lin76 レビュー:往年の名機1176をリーズナブルな価格で再現したFETコンプレッサー

LINDELL AUDIO Lin76 レビュー:往年の名機1176をリーズナブルな価格で再現したFETコンプレッサー

 スウェーデンで活躍するプロデューサー、トバイアス・リンデル氏が2010年に設立したオーディオ・メーカーLINDELL AUDIOより、コンプレッサーLin76が発表されました。UNIVERSAL AUDIO 1176の音色とニュアンスを再現するように慎重にデザイン/開発されたとのこと。1176には膨大な数のリイシュー機やインスパイア機、モデリングされたプラグインが存在しますが、その中でLin76がどのような個性と魅力を放つのかチェックしていきます。

ボーカルは中域に独特のパンチが出てひずみ感や押し出しが印象的

 まずは仕様を見ていきましょう。インプットとアウトプット、アタック/リリース・タイム、レシオ(4:1、8:1、12:1、20:1の4ステップ)、メーター・セレクターと、基本的な構成は1176と全く同じ。昨今のハードウェア・コンプによく搭載される原音/エフェクト音のミックス・バランスや、サイド・チェイン・フィルターなどはありません。1176の再現機として、あくまで音色と質感で勝負というメーカーの本気を感じます。必要最小限の構成の恩恵でもあるのか、まず驚いたのはその価格。円安が続くこのご時世で、日本での販売価格がなんと税込みで66,000円! ビンテージの1176であれば軽くその10倍はすることを考えると、これは衝撃的な価格です。一点、仕様で注意したいのは、入出力端子がTRSフォーンということ。外観は黒に近い深い藍色の筐体にシルバーのつまみ類と、なかなか高級感がありつつも、右端に配置されたスウェーデンの国旗がかわいいです。

リア・パネル。アウトプット/インプット端子はTRSフォーンとなっている

リア・パネル。アウトプット/インプット端子はTRSフォーンとなっている

 では実際に使用しながらサウンドをチェックしましょう。今回は弊社サウンド・ダリ所有のブラック(REV.F)及び、シルバーと比較しながらチェックしました。まずは1kHz、−16dB基準信号で大まかなレベル・キャリブレーションをチェック。行って来いでレベルが変わらないよう調整された1176と同じレベルに調整すると、つまみの位置がかなり違います。1176では個体差はあれどおおむねインプット10時/アウトプット2時くらいの位置に来ることが多いですが、Lin76はアウトプットが11時半くらいの位置になります。1176の感覚で使うとレベルがかなり大きくなってしまうので気をつけたいところです。

 まずは筆者が1176をよく使用するボーカルでチェックします。アタックやや遅め、リリースやや速め、ピークで3〜4dB振るくらいからスタートすると、リリースが随分遅いことに気づきました。それもそのはず、Lin76では1176とFast/Slowが逆で、右に回すほど遅く、左に回すほど速くなります。そもそも1176がほかのほとんどのコンプと逆の仕様なので、Lin76の入手しやすい価格も考慮すると、初めて1176系コンプを使用するユーザーへの配慮かもしれません。

フロント・パネル。左から、インプット/アウトプットのボリューム・ノブ、アタック・タイム・ノブ、リリース・タイム・ノブ、レシオ・ボタン、VUメーター、VUメーターの基準となる数値を切り替えるメーター・モード・ボタンが並ぶ(最下段は電源オフ・ボタン)。アタック/リリース・タイムは左に回すほど速くなる

フロント・パネル。左から、インプット/アウトプットのボリューム・ノブ、アタック・タイム・ノブ、リリース・タイム・ノブ、レシオ・ボタン、VUメーター、VUメーターの基準となる数値を切り替えるメーター・モード・ボタンが並ぶ(最下段は電源オフ・ボタン)。アタック/リリース・タイムは左に回すほど速くなる

 アタック/リリースの設定を逆転してあらためてボーカルでチェック再開。第一印象としては、高域の倍音感が控えめで、ミッドレンジのひずみ感や押し出しが印象的です。さらに強めにリダクションすると、それをより顕著に感じました。ざらっとした高次倍音が付加されるというよりは、中域に独特のパンチ感が出るイメージです。それでいて、ナチュラルなリリースの具合やたたいたときのコンプ感はとても1176らしく好印象。また、アタック・タイムの効きが非常にリニアで使いやすいです。聴感上のアタックの残り方とレベル・メーターの止まり具合がちゃんと一致していて、今日これで歌を録ってくれと言われてもうまくコントロールできそうな感じです。

リニアに効くアタック・タイムの恩恵で一歩前に張り出すガッツのあるエレキギターに

 次にドラムでもチェックしてみます。今度はバス・ドラムをがっつりコンプレッションしたところ、こちらもなかなか好印象。1176同様、アタック/リリースの設定でキットのサステインやルーム感、締まり具合を幅広く調整できます。同じ設定のままレシオ二つ押しや全押しもチェックすると、これはかなりダーティにひずみます。超高速のアタック・タイムを利用して、パラレル・コンプでルーム感とひずみを加えてワイルドなドラムを作るような使い方も合っていると感じました。

 今度はエレキギターでもチェック。クランチ的なひずみのバッキング・ギターに使用したところ、今回で一番の好印象でした。リニアに効いてくれるアタック・タイムの恩恵で、エレキギターの“かみつき感”がしっかり作れます。前述のミッドレンジのひずみ感も相まって、一歩前に張り出すガッツのあるエレキギターを作るのにとても有用だと思いました。

 いろいろと見てきましたが、このクオリティの製品がこの価格で手に入るのは素晴らしいことだと感じます。一言で1176タイプのコンプレッサーと言っても一つとして同じ音の製品はなく、各メーカーがしのぎを削って個性的な素晴らしい製品を開発していることに、エンジニアとして感じるものがありました。ハードウェア・コンプレッサーの導入を考えている方には、ぜひLin76を試していただきたいと思います。

 

大野順平
【Profile】スタジオ・サウンド・ダリ所属のエンジニア。中田裕二、SUGIZO、浜端ヨウヘイらの作品を数多く手掛けるほか、秦基博や尾崎裕哉、LUNA SEAといった個性的なアーティストの作品に携わる。

 

LINDELL AUDIO Lin76

66,000円

LINDELL AUDIO Lin76

SPECIFICATIONS
▪アタック:20〜800μs ▪リリース:50〜1200ms ▪レシオ:4:1、8:1、12:1、20:1、全押し ▪外形寸法:438(W)×88(H)×250(D)mm ▪重量:8kg

製品情報

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