ザ・ビートルズ『アビイ・ロード』、ピンク・フロイド『狂気』など、時代を代表する“音”を作り上げてきたEMI TGコンソール。その“TG”の名称を継承し、アビイ・ロード・スタジオとCHANDLER LIMITEDが共同開発を行ったコンデンサーマイクが、現在発売中のTG MICROPHONEだ。そしてこのたび、TG MICROPHONEをよりシンプルに、かつ入手しやすい価格へと進化させたFETモデルとして、TG MICROPHONE TYPE Lが発表された。
指向性はカーディオイド固定 よりコンパクトなサイズの設計に
TG MICROPHONE TYPE Lは、TG MICROPHONEの基本的な回路構成やラージダイアフラム・カプセル、後述するデュアルトーンシステムを受け継ぎ、サウンドのキャラクターを踏襲しつつも、電源ユニットをなくして48Vファンタム電源駆動やスイベルマウントを採用することで、より扱いやすいモデルとなっている。
まずは基本的な構造から確認していこう。先述の通り本機は48Vファンタム電源駆動のFETコンデンサーマイクで、指向性はカーディオイド固定。昨今、比較的安価なマイクでも指向性を選べるマイクが増えているが、安直に機能を増やしたモデルには筆者も疑問を感じていたので、カーディオイド固定という“モノづくり”の概念には大いに賛同できる。そして、一般的なソリッドステートのマイクよりも大きな音像が特徴だとうたっている。
TG MICROPHONE TYPE Lの最大の特徴は、1本のマイクに2つのサウンドキャラクターを持たせる“デュアルトーンシステム”。これはインプットの構造を変化させ、1本のマイクで幅広い使い方が可能になるというもの。資料によると、“システムA”はTGシリーズらしい豊かな倍音で強力なパンチを、“システムB”はクリーンで色付けの少ないサウンドを実現しているとのことだ。それぞれのシステムは、本体背面のスイッチにて切り替え可能となっている。
また開発者が最も重視したのは、コンパクトなデザインと、太いサウンドを実現しながらも手ごろな価格の製品にすることだったそう。確かに、マイクホルダーにスイベルマウントを採用することなどによりサイズがかなり小さくなっているのは、収納時にも使用時にもスペースユーティリティが上がり、使用者にとっての利点が多いだろう。
圧倒的な情報量のシステムA システムBは大音量ソースにも適している
では、実際にサウンドをチェックしていこう。まずはボーカルから。システムAはメーカーがうたっている通り、とてもファットで倍音豊かな印象だ。同価格帯のコンデンサーマイクと比べて、圧倒的に情報量が多い。そこで比較対象を4倍強の価格差がある真空管マイクに変えてみたところ、シーンによってはTG MICROPHONE TYPE Lを選ぶ可能性があるだろうと感じるレベルで驚いた。太い低域を持ちながら、少しザラッとした倍音も兼ね備えた魅力的な音だ。少しハスキーな声のボーカリストや、歌にニュアンスを込められる技巧派の方にはかなりお勧めできると思う。
他方システムBは、低域も高域も誇張されないクリーンなサウンド。中域中心の、倍音を抑えた素直な音のイメージだ。Jポップや声優、アイドルなどの歌唱者に向いたサウンドであろう。あえて特別なキャラクターを付けたくないときにはこちらがお勧めである。
続いてギターでチェック。システムAはナイロン弦のクラシックギターを使ったボサノバなどに最適で、EQなしでも素晴らしい音色だ。システムBはリボンマイクの代わりにも使えそうなサウンドのイメージ。アコギのブラッシングを強調したカッティングにも適していると感じた。なお、システムBは入力レベルが約6dB低く、より高いSPLを実現しているとのこと。−10dBのPADを併用すれば、しばしばNEUMANN U 47 FETが用いられるような、アンプのキャビネットなどの大音量ソースの収音にも向いており、十分選択肢の一つとなり得るだろう。
ここまでレビューをしてきて思ったのは、TG MICROPHONE TYPE LはシステムA/B共に、独特のキャラクターを持った、なんとも英国らしいマイクであるということ。例えば、万能ではあるが主張のないマイクだと、使っていくうちにだんだんつまらなくなり、やがて使用するマイクのラインナップから外れてしまうようなことが起こるが、本機はいつまでも選択肢の中に入れられる。そんな個性があるマイクだと思う。特にシステムAのジャリっとした艶やかな倍音のある音は、“サウンドからインスパイアされたフレーズ”というものも出やすいのでは?と感じた。
以上、とにかく筆者はこの価格でこのサウンドが得られることに驚きを感じた。従来のソリッドステートで構成されたコンデンサーマイクとは一線を画したサウンドの製品であると言える。高価な真空管マイクと比べても遜色のないサウンドには“納得のサウンドを達成しながらも手ごろな価格の製品にする”という開発者のプライドが感じ取れる。
歴史的なTGサウンドに加え、デュアルトーンシステムの柔軟性と取り回しの良さをも兼ねそろえたFETコンデンサーマイク。それがTG MICROPHONE TYPE Lなのだろう。この価格帯で迷ったら、ぜひ候補の一つにしていただきたい一本である。
山田ノブマサ
【Profile】集積回路の設計技師〜ビクタースタジオを経てフリーランスのエンジニアに。福山雅治、南佳孝らのミックス/マスタリングのほか、LOVE PSYCHEDELICO、moumoonなどでは演奏者としても参加。
CHANDLER LIMITED TG MICROPHONE TYPE L
149,600円
SPECIFICATIONS
▪カプセル:ラージダイアフラム ▪形式:FETコンデンサーマイク ▪指向性:カーディオイド ▪PAD:−10dB ▪出力インピーダンス:200Ω ▪電源:48Vファンタム ▪外形寸法:45(φ)×156(H)mm(実測値) ▪重量:290g(実測値) ▪付属品:スイベルマウント・マイクホルダー、専⽤ケース