Chester Beattyが使う Studio One 第1回

第1回 音の良さや純正プラグインを生かした
アナログ・レコード向けのマスタリング

筆者はChester Beatty名義でテクノ・アーティストとして活動しながら、共同経営する会社ラダ・プロダクションにて劇伴やCM音楽、インタラクティブなコンテンツの楽曲を制作しています。日本レコーディングエンジニア協会(JAREC)の会員でもあり、都内にローンチ間近のアナログ・カッティング・スタジオISC MASTERING&CUTTINGでお手伝い中。先月までのGonno君から引き継ぎ、PRESONUS Studio One(以下S1)の素晴らしさを伝えます。

音を増やしても濁りが生じず
音響測定にも活用中

“いい音”と“動作の軽さ”。S1を使う理由はたくさんありますが、あえて挙げるならこの2点。恐らく、使っている人のすべてがおっしゃっているのではないでしょうか。多くの作家さんが出入りする弊社では、AVID Pro ToolsやAPPLE Logic、ABLETON Liveなど一通りのDAWソフトをそろえていますが、一番使うのはS1です。

まずは“いい音”について。とことんクリアで原音に忠実な音がします。これは曲作りにおいても重要ですが、とりわけミックス時に違いが分かります。普通はギターやベースの音を何層にも重ねると、どんどん濁っていきます。DAWの中には、トラックを重ねることで濁りが生じ独特の低音感が出るものもありますが、S1は全く逆。音をレイヤーしていっても、はっきりと一つ一つを聴き取ることができます。次に“動作の軽さ”。筆者は出先の現場に10年も前のAPPLE MacBook Airを持参しているのですが、全く問題なし。サクッと動きます。現場では素早く仕上げないといけない場面が多いですから、軽くテキパキ動くそのさまはとても魅力的で心強いです。

このストレスフリーな“軽さ”と“いい音”のため、音質のシビアさが求められる音響測定にも使っています。通常はRATIONAL ACOUSTICS Smaartなどのソフトを使って測定するところですが、いえいえ、S1にはマスタリング・クラスのプラグインが豊富に備わっていますし、それらを活用できます。例えばTone Generatorでピンク・ノイズを鳴らし、スピーカー・システムから出力。それをEARTHWORKSのマイクで拾いS1に録音し、周波数アナライザーのSpectrum Meterで測定します。先日、東京ビッグサイトでSONYさんの立体音響技術、Sonic Surf VR(SSVR)に関する展示のお手伝いをしたときも、測定から音声の最終ミックスまでS1にて敢行。全くストレス無く完遂することができました。

▲Tone Generatorは、サイン波/ノコギリ波/矩形波/ホワイト・ノイズ/ピンク・ノイズを生成できるプラグイン。オーディオ・トラックにエフェクトとして立ち上げ、画面右上のOnをアクティブにしてLevelノブを上げていくと音が鳴ります。サイン〜矩形波は周波数を調整でき、モジュレーションをかけてスイープ音にすることも可能。音響特性の確認や調整などのために、弊社では常に立ち上がっています ▲Tone Generatorは、サイン波/ノコギリ波/矩形波/ホワイト・ノイズ/ピンク・ノイズを生成できるプラグイン。オーディオ・トラックにエフェクトとして立ち上げ、画面右上のOnをアクティブにしてLevelノブを上げていくと音が鳴ります。サイン〜矩形波は周波数を調整でき、モジュレーションをかけてスイープ音にすることも可能。音響特性の確認や調整などのために、弊社では常に立ち上がっています
▲入力した音声の周波数分布を確認するためのSpectrum Meter。画面の“Sonogram”を含め、表示方式を8種類から選択することができます ▲入力した音声の周波数分布を確認するためのSpectrum Meter。画面の“Sonogram”を含め、表示方式を8種類から選択することができます
▲画面はSegmentという表示方式。ほかにOctave、Third Octave、12th Octave、FFT、FFT Curve、Waterfallといった選択肢があり、各表示方式においてさらなる設定が行えます(グラフの表示解像度や平均周波数分布の測定時間、測定対象帯域など) ▲画面はSegmentという表示方式。ほかにOctave、Third Octave、12th Octave、FFT、FFT Curve、Waterfallといった選択肢があり、各表示方式においてさらなる設定が行えます(グラフの表示解像度や平均周波数分布の測定時間、測定対象帯域など)

サイズ調整可能なPhase Meter
Compressorでディエッシング

そんなS1ですが、マスタリングを行うときに本領を発揮します。弊社は、楽曲制作以外にもアナログ・レコード用のマスタリングを引き受けることが多くあります。ヨーロッパのカッティング・スタジオやプレス工場には、それはもういろいろな特色があり、毎回その特性に合わせたマスタリングを施すのですが、そこで非常に重要になるのがメーター類なのです。

アナログ・カッティングはすごく制約の多い作業で、例えば楽曲に逆相成分が入るとレコード(ラッカー盤)の溝を切るカッター・ヘッドが上がってしまうので、出来上がるレコードの音質は良くなりません。よって、逆相を取り除きながらマスタリングを施すのですが、これが非常に疲れるのですよ。位相メーターを凝視しながらのこの作業。弊社スタジオにはDK-AUDIOなどのハードウェア型メーターもありますが、画面が8インチと小さいため、拡大や縮小が簡単にできるS1純正のプラグイン位相メーター=Phase Meterを専ら使っています。

▲位相のチェックに用いるPhase Meter。完全なモノラル信号を入力すると中央のMという直線にピッタリと重なり、ステレオ信号においては逆相成分が多いほど左右に広がっていきます ▲位相のチェックに用いるPhase Meter。完全なモノラル信号を入力すると中央のMという直線にピッタリと重なり、ステレオ信号においては逆相成分が多いほど左右に広がっていきます

アナログ・マスタリングに関連して、もう一つ。お客さんから“低域の音圧をガッツリ上げて!”なんて男気のあるリクエストをいただいたときは、必ずチェックするのが高域のディエッシング。アナログ・レコードはその構造上、どうしてもボーカルの歯擦音(サ行の音)やハイハットの“ンッチ、ンッチ”の“チ”のところが猛烈にブーストされてしまうので、それらを取り除くディエッサー処理をしなければなりません。

キック・トリガーのサイド・チェイン・コンプをベースなどにかけ、M/Sでギリギリまでリミッティングし、マルチバンド・コンプで音量をならしたのに、仕上がったレコードの音が“小さい”……あんなにいろいろやったのになぜ?となる理由の一つが、このディエッサー処理だったりします。ヨーロッパのカッティング・エンジニアさんに送ると“Oh! ハイがじゃんじゃん出ているけど、パッツンパッツンにコンプがかかっているし、ディエッサーで追い込んでも音変わっちゃうし、EQで細かくバンドを探すのもなぁ……あ、そろそろお昼か。まあレベルを落としておこう”と、ザックリ音量を落とされたりします。名門カッティング・スタジオなどは“コンプを外したマスターを送り直してくれ!”とすぐに連絡をくれたりするのですが、向こうもお仕事、ほぼザックリ処理をします。

それを避けるためにも使用するのがS1標準装備のCompressor。ディエッシングに必要な、非常に細い周波数のポイントを簡単に見付けられるので、この操作性に慣れるともう別のモノが使えなくなるのです。低域の厚みを出すために施す処理は、実のところ高域の抑制だったりします。英国にあるカッティング・スタジオの名門THE EXCHANGEのNilz(ニーレシュ・パテル)の音が良かった!という理由の一つは、このディエッシングにあったりしました。彼に影響されてTHE EXCHANGEと同様のビンテージ・ディエッサーをそろえたりもしたのですが、Compressorがあるおかげで、ほぼ出動無しです。

▲色付け無くガッツリ効くCompressor。これをディエッサーとして使う場合、画面右下Sidechain欄のFilerスイッチをオンにし、コンプレッションが必要な周波数ポイントをLowcutノブで設定。仮にLowcutを5.31kと設定すれば、トリガー信号に5.31kHzのローカットがかかるため、それ以下の帯域がスレッショルドに引っかかりません。またListen Filerスイッチをオンにするとコンプレッションされた音だけを聴くことができ、周波数ポイントを探すのに便利 ▲色付け無くガッツリ効くCompressor。これをディエッサーとして使う場合、画面右下Sidechain欄のFilerスイッチをオンにし、コンプレッションが必要な周波数ポイントをLowcutノブで設定。仮にLowcutを5.31kと設定すれば、トリガー信号に5.31kHzのローカットがかかるため、それ以下の帯域がスレッショルドに引っかかりません。またListen Filerスイッチをオンにするとコンプレッションされた音だけを聴くことができ、周波数ポイントを探すのに便利

さてさて今回のまとめです。
①S1では見通しのよいミックスを行える
②メーターやコンプなど、マスタリング・クラスのプラグインを豊富に標準装備
③アナログ・カッティング用のマスタリングは、通常のマスタリングとアプローチが異なる

▲S1には、前のページで紹介したもの以外にも幾つかのメーターが標準装備されている。こちらはScopeというオシロスコープ・メーターで、DCオフセットの補正の確認などにも有用なツール。例えば録り音に電源ノイズなどが乗っている場合、波形が画面中央のピンクの線から上にズレてしまったりするため、それらを確認し補正します。各楽器の音が正常に録音されているかどうかをチェックするときなどに重宝しています ▲S1には、前のページで紹介したもの以外にも幾つかのメーターが標準装備されている。こちらはScopeというオシロスコープ・メーターで、DCオフセットの補正の確認などにも有用なツール。例えば録り音に電源ノイズなどが乗っている場合、波形が画面中央のピンクの線から上にズレてしまったりするため、それらを確認し補正します。各楽器の音が正常に録音されているかどうかをチェックするときなどに重宝しています

アナログ・テープ・レコーダー、デジタル・テープ・レコーダー、DAWソフトなど、音源制作に何を使用するかで音の方向性やできることが変わってきます。また、どのようなDAWソフトを選ぶかによっても結果は千差万別。メディアやアプローチの違いによって、DAWソフトを使い分ける令和の時代。S1は、手軽に楽曲制作できるというポジションにありながらも、その圧倒的な音質でマスタリング・クラスに肉薄する唯一のソフトです。

*Studio Oneの詳細は→http://www.mi7.co.jp/products/presonus/studioone/