
ホール音響とシネマの両方に対応
名古屋市公会堂は、昭和天皇のご成婚を祝し、名古屋市の記念事業として大正13年1月に建設が決まり、昭和2年4月に起工、昭和5年10月10日に開館した。大阪市中央公会堂や東京の日比谷公会堂と並び大正〜昭和初期の近代建築を代表する建物の一つで、名古屋市都市景観重要建築物に指定されている。ブラウン・タイルの外壁に迎えられ中へ歩みを進めると、エントランスもまた来し方の風情をとどむ。古くから講演会や種々の催し物に利用され、近年ではコンサートや映画試写会などにも活用されてきた、にぎわいのさまざまが刻まれている。建築構造は鉄骨/鉄筋コンクリート造で、地下1階から地上4階までを有し、1階から3階に大ホールが入っている。また、各階には会議室や和室などがあり、4階にも講演会や催し物に対応したホールや集会室を備える。


この名古屋市公会堂は、幾度も修繕を行いながら現在まで存続してきたが、建物や設備の老朽化に伴い2017年に閉館。以降2年の歳月をかけて大規模な改修を行い、2019年3月に晴れて再開館を果たした。外観は大規模な外壁修繕、また館内においてもさまざまな建築/設備の改修を行い、建物の長寿命化と設備の近代化を実現した。
大規模改修工事で名古屋市が最も注力したのは舞台音響設備の改修だった。同市は“最高水準のホール音響”をコンセプトに掲げ、講演会やコンサートなど通常イベント用の舞台音響設備(ホール音響)、映画試写会のために“デジタル・シネマ・サラウンド”を実現する5.1chシネマ設備を導入。どの席にも“良い音”を届け、試写会ではどの席でも大迫力のサウンドが体感できるようシミュレーションと詳細設計を綿密に行い、コンセプト以上の設備の導入に成功したという。設備のトータル・コーディネートはパナソニック システムソリューションズ ジャパンが担当。ヒビノプロオーディオセールス Div.とヒビノイマジニアリングとともに設備改修に臨んだ。
新しい音響設備のあらましを説明しておくと、まずはRAMSA製の新A帯ワイアレス・マイクなどの各ソースがデジタル・ミキサーに入り、そこからDanteで32イン×32アウトのマトリクスへと送られる。以降はDanteやBLU linkでパワー・アンプなどに伝送し、スピーカーを鳴らすという形だ。ホール内の音響設備用ネットワークには光ケーブルを使用し、ケーブルの劣化による音質への影響を最小限に抑えているという。

客席用のスピーカーはJBL PROFESSIONALの機種で統一。まずホール音響に関しては、1階に向けてメインのステレオ・ソースを鳴らす小型の3ウェイ・ラインアレイ・スピーカーVT4886×4とサブウーファーVT4883×1のセットが舞台左右に1組ずつスタンバイ。バルコニー(2階と3階)に向けては、舞台上方中央のプロセニアム・スピーカーとしてVT4886×9、その両側のサイド・スポットにVT4886×10とVT4883×2のセットが1組ずつ用意されている。


パナソニック システムソリューションズ ジャパンの後藤克規氏が語る。
「バルコニー用のスピーカーも、メインのステレオ・ソースを鳴らすためのものです。3階のバルコニーと各バルコニーの下に向けては、天井に2ウェイ・スピーカーのAC18/26を計30台設置しています。メインのスピーカーからやや離れた場所なので、音の明りょう度を上げる狙いですね」

レスポンスが良く素直な音のJBL VT4886
サイド・スポットのスピーカーは、PAカンパニーが機材一式を持ち込むコンサートでも活躍することがあるという。名古屋市公会堂の舞台管理担当者、野田篤宏氏はこう話す。
「ラインアレイを持ち込んでいただいても、建物の構造およびステージ・レイアウトの関係でバルコニー席をエリア・カバーできない状況が多々あります。その際にはオペレーターから相談依頼の後、持ち込み機材に加える形でサイド・スポットにてフォローします」
仮設PAに足しても有用だが、もちろん常設のホール音響だけでコンサートから講演会までさまざまな用途に対応する。
「重視したのは、やはり音質です。例えば、スピーカーにはコンサートに特化したモデルも存在するわけですが、そうしたものを導入すると講演会などには向かない場合もあります。だからオールマイティに使えて、なおかつ舞台音響に必要なクオリティが得られる機種を選びました」と後藤氏。
実際に運用している野田氏は、VT4886の音質について「レスポンスがかなり良いんです」と評価する。
「素直な音をしているので、チューニングしていてストレスを感じません。また、VT4883と組み合わせれば低域がかなり効くので、シネマにも良いと思います。私はこれまで6館(8ホール)のホール管理運営に携わってきましたが、シネマでこんなに良い音が出たのは初めてで……かなり感動的ですね」
シネマ上映時のスピーカー構成は、フロントL/Rはホール音響と兼用でVT4886×4とVT4883×1の一対。センターはVT4886×6とVT4883×2。サブウーファーはASB7128×2。サラウンドL/RはCBT 50LA-1×6の一対。なお、サラウンド音響が得られるエリアは1階中央の約500席であり、サイドL/Rとリアに4台ずつの設置となっている。


「サラウンドのエリア面積やチャンネル数は、この空間で奇麗なサラウンド音響を得るためのバランスから導き出しています。例えば、エリアを広げようとすればサイド・スピーカーをより遠くに設置する必要が出てくるため、ディレイが大きくなります。また国内の映画館を見てみると、キャパシティ500席でも大規模な方なんです。その事例からも、1階中央のブロックのみをサラウンド・エリアにするのが適正だと考えました」
音響面以外についても、シネマ・プロジェクターを導入するなどシネマ・コンプレックス以上の設備を持つという名古屋市公会堂。後藤氏が「ここまでハイエンドな設備を入れたホールはめったに無いでしょうし、それを公共施設で実現したケースもかなり珍しいと思います」と語る通り、これからも名古屋市の誇りであり続けるだろう。



